第5話
〈
「傀儡の糸を辿りはしても、切るべきではない」屍を食い漁って肥えた烏をおれに連想させる奴……黒い外套を纏うのは巨躯の肉体のエルフ……いや灰色の肌で牙が突き出ているこいつは……ファルクシアの〈オーク〉だ、金儲けに邁進するような奴らじゃあないはずだが例外はどこにでも潜んでる。「常に操り人形という奴は、反旗を翻したがっている。繰り手が神ならなおさらだ。分かるか? 神々がぶら下げた糸が千切れ、暴走する傀儡がそこいらじゅうを暴れまわっているではないか」「何かを示唆してんのか、〈烏〉さんよ? あるいはほのめかしているか」「『示唆する』と『ほのめかす』の違いはなんだ?」「婉曲的会話は好きじゃないんだ」「そうは見えないがな。仕事は終わりだ、その死骸は好きにするといい」
と言われてもあれは劇物だ。ほったらかしにしておけば……まあ誰かが阻止するか、馬鹿な迷宮守りが手を突っ込んで大騒ぎするかそんなとこだろう。
路面列車は同じ場所をぐるぐると回っている、銀関門駅を六回目に通過した際、目の前にやって来たのは不気味な仮面のエルフ、シュルーだ。座席に腰掛けることもない、こいつは長身だがひどい猫背で、へらへら笑う癖があった。故郷で違法な儀式に趣味で手を出し、殺されそうになって逃亡し朔月の騎士に収まった。向こうの士族階級が身に付けるという狼の仮面に似ていたが、朔月の鎧と同じく不自然に歪み、魔物をモチーフにしているとしか思えなかった。
「〈第三十一番〉を行使するが生け贄が必要だ、へっへっへっ、指だな」「竜の肉でも食いたい気分なんだ」「要するに死にたい気分ってとこか? ついにその呪剣の瘴気によって焼きが回ったのかよ、っふへへへ」
窓の外に三日月が見えた、昼にしちゃ明るいなと思ったら夜だった。シュルーはもちろんもういないが、針金で束ねられた数本の指が落ちている。拾おうと身をかがめて、おれは気づいた、列車は既に停止している。何やらガラクタに囲まれ、辛気臭い雰囲気だ。おれは残っていた中和剤を飲み干し、手持ちが数枚のシンダー硬貨しかないことを確認した……陪審員の買収、
「あんたが数々の問題を抱えているというのは誰の目にも明白ですが」エルズの僧侶が言った……こいつの名は確かチャールズ、どこの出だった? バカン人ではなかったはず、「問題が複数多層的に絡み合っているんだな、どうしようもないって気もしますがね」
「どんな問題かは知らないが」おれは答えた、自分の声が風呂場にいるように反響する。「あなたが解決してくれるんだろう?」
「オレは解決なんてしない、それはあんた自身がすることでオレたちはその手助けをしているに過ぎない。あんたが抱える現実とのずれを解消するには、あんたがそっちに歩み寄らなければいけないわけです」
「そっちってのはどっちだ? 東西南北上下左右……」
「呪術的な合併症と言っていい、あんたが過去にいた時間・空間をも侵している重篤な症状だよ。パストリア師とも話し合ったんだが〈第二十一番〉を試す必要があるんじゃないかって」
「あの爺さんはルー審問長に更迭されたはずだろ?」
「
「この会話前にもしなかったか……ああ、あれはあなたの分析ではどういう形になっているんだ」おれは六体あるオルキヌシア廃棄体のうち、最も腐敗が進んでいるものを指差して言った。「レポートを書いてもらえば暇なときに読むよ」
「中和剤の支給量を増やすように提言しておこう。
おれは下手人を討ったはずだが刺客がまた来た……エメリーがそいつの喉笛に噛みつきながら、野次馬に何やら叫んでいる。海は突如として塩湖になり果て、たちどころに錆び付いた船から脱した船員たちがぞろぞろと行列を作って横切る……
ハーフマークはそれほど激しいってわけじゃないが迷宮都市なので常に変動している。強く意識していれば目的地まで辿り着くことは可能だが、誰もが常に魂魄の灯りで迷宮の闇を照らせるってわけじゃない、案内人はもちろん割高、わざと迷わせるなんてのは日常茶飯事……迷宮都市でもっとも道探しがうまいのは徴税人だ。そうでなくても人々は表札を出さずにコソコソ隠れ住んでいるのだ……しかし彼らの引き連れる〈空想獣〉の嗅覚は決して市民を見失うことはないし、その触手が彼らの遁走を許すはずもない……おれの眼前でまた一人、首をへし折られた。死体にむかって徴税官は愛想笑いを浮かべ、背後に手配していた屍術師に防腐処置を行わせる、滞納分を臓物売買で埋めようというのだ、悪くするともう既に腹が傷跡だらけで、いくらか売り払ったあとだが……
おれはへらへらと笑うシュルーを残して列車を下りた。後ろから誰かが話しかけてくる……「あんたの秘密を知っているぜ、ばらされたくなきゃ――」おれは振り返ることなくそのまま駅を出る。脅迫者の悲鳴だけが響く……奴は餌だ……
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