第3話
バカン王国ではどこであっても銀行と教会と警察署と雑貨屋とヤクザの事務所の違いというものがほぼない。したがって高利貸しと殺し屋と聖職者と商人と盗賊の違いもない。このハーフマークは北の果て、フォルディアとグリモとの国境にほど近い荒れ野にあった。迷宮が隆起してできたいびつな城塞で、都市一つ分もの巨大さだ、ご多分に漏れず。辺境伯の顔をおれは見たことはない。最上部から出ることはないらしい。そのツラを見ると何か不吉なことが起こり、現実が略奪的に変容するだろうとおれは知っていたし、近衛兵ですらそう考えているらしく私邸付近は立ち入り禁止となっていた。
ギリー・ドゥは快活な感じの
〈段階魔〉は棺桶屋の前で干からびて石畳の染みとなっている。おれとエメリーは呪詛に冒された小鬼の首級を新聞紙にくるんで抱えていた。ギリーは抜身の呪剣を手にしたまま天を仰いで笑っていた。濁った陽光がおぞましさに色を添える……あの有角の悪漢の脳を変容させているのは単純な呪詛ではなく迷宮病だ、迷宮病は祓うことができない不治の病で、魔人は皆同じような人格になっていく……超越的で不遜であり、同時に万物に執着しなくなっていく……奴らの中にだけある〈大いなる調和〉を除いて……
ついぞおれたちはこの日ギリーと話をしなかった、次にそうするのが五十年後とかでも構わない。領主様の兵士が雁首揃えて行進していくが……ラッパの音が水中みたいにどろりと聞こえる……彼らは辺境伯閣下ではなく代官に仕えている、事実上……おれたちの、呪詛のせいで黒く歪み、薬品か何かで焼けただれたような鎧に比べればピカピカして美しいものを着込んでいるが……哀しいことに彼らは呪詛に対して無防備だ。三日前だって二ダースもの立派な守備兵が呪詛でマーキングされ熊蠅に貪り食われたではないか……腕っぷしでは誰もがそいつを倒すことができなかった。呪詛溜まりと化した二十数名の殉職者をおれたちは鼻歌混じりに浄化しなければいけなかった。
その手順には〈第二十一番〉が用いられたが……メカニズムはだいたい同じで複数の呪いを食わせ合う……ありふれた〈蟲毒〉という奴に近いコンセプトのものだ。これが審問官に言わせれば趣味で一族郎党を虐殺するのと同等に非人道的らしいが……肉汁のしたたる料理を食いたいものだ。そんで二分後には三日後か四日後の夜でガラテア班長とおれたちは顔を突き合わせていたが班長の碧眼は蝋燭の火の元でも本物の蒼穹よりも青く透き通っているように思え、おれは畏怖を覚えた。
「
班長の指示によりおれたちはガッルス牧場跡地へ来た……渦蟲が異常繁殖する迷宮災害によって放棄され教会側はこれを朔月騎士団の用いた呪詛の副作用と糾弾したが、それってつまりいつもの
しかしながら、そこでまたしても暗殺者が闖入し……しかも渦蟲を一掃する前に来たので現場は大混乱・大混戦。おれは怒りに任せて
「両手を上げろ、騎士ラッド」「ああ、
まっとうな殺人のやり方も心得ていないというのは、余所者の暗殺者を使ったって意味か? 足が付かないように? 被害者に対して事前の見舞金もないとは……遺族にいくらか袖の下を渡す美徳も奴は理解できないはずだ、手を下したなら捜査担当者に対して挨拶の一つもし、関係者各位に対して送り物をして、初めて殺人者としての最低限ってものだ、裁判官や陪審員を買収するとかはその後で……依頼者はケチな奴か……ただケチなだけなら別にいいが、使うべきところにカネを使わないってのは単なる不見識……
中和剤が切れた。調達にはもちろんカネがかかる。騎士団から支給されるぶんはとっくにない。おれはごまかすことを選んだ――自分の脳と魂魄を騙す。前者は簡単だが後者は……街並みが二重・三重に見え始めて、続いて目の前に布袋をかぶせられた誰かが立った。なんだって誰もが楽園にいるように楽しい顔か、拷問室にいるように苦悶の表情かのどちらかを浮かべているのだろう?
この時間帯最も危険なのは夕日から撃ち込まれる〈喊声〉だ。それで自分が凱旋していると思い込んだなら……大口に頭をまるごと捕食されて褐色の燃焼材と聖水の混合物をかぶって荼毘に付され……
だけどひどい症状はかなり減ってきている気がする……悪化しているだなんていう医者もいるけどそいつは治療と称してカタツムリを食わせようとした奴だったし……いや、シデムシだったか? 今夜は耳元に波断妖精が来て道を塞ぐほどの蛹が交通を混乱させていると教えてくれた。
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