仮面

@meronsodatoaisuwotabetai

第1話

ぼんやりと心にモヤがかかった状態で今日も家を出た。徒歩数分、いつもの駅、いつもの電車に今日も乗る。晴れているのに、晴れ過ぎて暑いくらいなのに、たくさん人がいる電車内は今日も薄暗い。微笑みの仮面たちが、私の顔ぐらいの高さに今日も浮かんでいる。仮面の裏から嫌われたくない嫌われたくないという声が聞こえてくる。こんな気持ち悪いもの壊してしまえばいいのにと今日も思う。でも、壊せないから今日も仮面は浮かんでいるんだろうな。ああ、今日も今日も今日も今日も…

「今日も何も変わらない。」

隣に立っている男性が半分引きぎみに私を見ている。やばい。声に出してしまったらしい。あきれと仮面への侮りと少しばかりの羞恥心の中、終点を告げるアナウンスが聞こえ、私は外に出た。

気持ち悪さは消えない。学校に着けば仮面がより増える。

「ねぇねぇ、一緒にトイレいこー。」

「おはよう!今何してるの?私も入れて。」

「手え暖かいねー!ずっと繋いでたいー。」

他人に依存しているような気持ち悪い会話ばかりが教室中に溢れている。自分の中に「気持ち悪い」の七文字の言葉が浮かび続ける。今日も私は侮辱を続けてしまうようだ。見渡すとぼっちの子や友達が休みの子が不安げそうにキョロキョロしている。繋がっていたいのだろう。大して仲が良くない子でも、他人でもいいから。嫌われないために繋がっていたい。だから、みんな本心を秘めて条件反射のように肯定し続けるんだ。みんな仮面を被っている。こないだ、先生が

「学校は社会の縮図だ。」

と言っていた。これからもこんな社会が続いてしまうのだろうか。そんな思考を遮るように始業のチャイムが鳴った。


キーンコーンカーンコーン


時間はよくわからぬまま進み、昼休みになった。やっと仮面たちから離れられる!飛び出すように教室を出る。途中、何か嫌な甲高い雑音が聞こえたがそんなの関係ない。

「落ち着くなあ。」

誰もいない屋上に入り、こちら側から鍵をかけておく。完璧だ。誰も入れない。一学期の初日、屋上の扉に「立ち入り禁止」の張り紙をした。おかげで本来立ち入り可能な屋上には誰も来なくなった。ここは私だけの癒しスポットだ。布を広げパクパクとお弁当を食べ始める。今日もおいしいなあなんて思いながら。いきなりポンっとある疑問が浮かんだ。「なんで仮面が見えるようになったんだっけ。」

なんか、嫌なこと考え始めちゃったな。しかし考え始めてしまったからにはもう止まらない。

キラキラと輝く暖かい日だった。

「杏奈、修学旅行の班のことなんだけど…」

美音に話しかけられた。班はリーダーとして選ばれた数人がメンバーを決める。美音はリーダーだった。だから私は、親友の美音と同じ班になるものだと思っていた。

「あのさ、本当は私と千夏と杏奈で同じ班しようって言ってたじゃん?それが人数の問題で杏奈だけあふれちゃって、ごめん!」

なぜこうなったのかすぐに分かった。去年までは私と美音の二人で一緒にいた。だが、クラス替えによって千夏がくっついてきた。まぁこれがめんどくさい。千夏は美音のことが大好きだ。しかし私のことは嫌いらしい。時々、意地悪をしてくる。美音はそれを間近で見ていた。だから、美音は嫌われて、意地悪されるかもしれないという恐怖心から私ではなく千夏を選んだんだろう。まぁ、しょうがない。美音の気持ちもよく分かる。でもさ、美音もこないだ、千夏のこと苦手って言ってたよね。確かに意地悪されるかもしれないよ?でも、なんで?いいじゃん。苦手な人に嫌われたって。私がいるじゃん。自分が意地悪されるのが、嫌われるのが怖いってだけで私のこと捨てたの? 

ガリっ

「いいよ。気にしないで。でも班一緒じゃないのは悲しいから今度代わりに遊びいこー。」

「よかったあ。ありがとお!絶対今度遊び行こうね。」

美音はそう言った後、千夏に班が一緒になったという報告をしに行った。見る限りとても笑顔だった。いや、これは…だんだん彼女の顔に仮面がつくのを私は、鉄の味を噛みしめながら見ていた。

過去から一気に現在へと意識が戻る。あの時か、仮面が見え始めたのは。まさか親友がことの元凶になってしまうなんて。あれから美音とはあまり関わらなくなってしまった。いつ何が起こるかなんて分からない。いつ裏切られるかも…ふと時計が目に入った。そろそろ昼休みが終わる。


 「え、何それ。」

帰宅早々に咥えたポテチが口から落ち、薄いオレンジ色に染まる。

「お父さんと決めたの。杏奈に塾行ってもらおうと思って~。」

「『思って~。』じゃないよ。なんでよ。成績悪くないじゃん。」

「成績はほどほどだけど、家にこもってばっかりで何もしてないじゃない~。それに友達もいな…」

「それは関係ない。」

そんなこと言われたくなくて、ナイフで切りさくがごとく遮った。

「まぁもう決めたから。来週から塾に行ってくださ~い。とりあえず、週三回の月水金ね!」

母はそんな調子でふわふわとキッチンへ消えてしまった。

性格も何もかもふわふわな母は人の話を全然聞かない。だからこれ以上反対しても塾行きは変わらないだろう。それは娘である私が一番知っている。

「しょうがない。腹をくくろう。」


塾に行く日になった。塾は夜の七時から。余裕をもって三十分前に家を出る。外は曇りのせいか夏なのに薄暗い。雑草たちはへなっている。その中をダラダラダラと歩いてゆく。あっという間に塾に着き、重いドアを開けると事務員さんに教室を案内された。突然、銃に打たれ続けられているかのように胸が痛くなった。それを抑えるかのように一呼吸おいて、中に入った。目を疑った。ギャルがいる。金髪ならまだ見たことがあるがまさかのピンク。淡い桜色のようだ。これはもうピンクギャルと言っていい。驚きを顔に出さないように努めているが果たして私はそれが出来ているだろうか。とりあえず、席に座ってみた。

「ねー新しい子だよね?」

話しかけられた。同級生との話し方を忘れ、戸惑いつつも、こんな無表情の私に声をかけてくれる親切な人も世の中にはいるのかと思う。でも、どうせ嫌われないために、繋がっていたいからなんだろうな。まだ分からないけど、どうせ、この人たちも仮面になる。そう思いつつ顔を横に向ける。そこにいたのはピンクギャルだった。

「あたしの名前、大空みおっていう!みおはひらがなね!よろしくねー。」

みお…?一瞬で嫌悪感に包まれた。なんで同じ名前なんだ?もう忘れてしまいたかったあの名前。漢字ではないから同一人物ではない。でも、もうそんな名前聞きたくなかった。この名前を聞いた刹那、私にまとわりついた嫌悪感のせいか、仮面が現れ、このピンクギャルについてしまった。どうせこの人も美音と一緒。てか、何で高校生なのにピンクなの?やばいんじゃない?変わりすぎてる。毒を吐いた。その中でも彼女は悪くない、美音とは違うとそんな言葉がしっかり脳裏の片隅にある。しかし、それ以上に嘘つき、八方美人、依存、臆病者などといった言葉がぐるぐるぐると輪廻のように回り、増殖していく。気持ちが悪い。やがて集まり、一つの言葉として現れる。

ずっと仲良くしてたのに、結局は自分の保身のために走る裏切者。

「どした?具合悪い?」

すっかり返事を忘れていた。心配してくれた。だが、嫌悪感は強く、消えない。仮面も消えない。

「霧矢杏奈です。よろしくお願いします…」

早口でそっけない返事を返した。

「いいよー。敬語じゃなくって(笑)あ、先生来た。後でまた話そうね。」

あのままだったら、私はどうなっていたのだろう。切り替えるために先生の声に耳を傾けた。

「じゃあ、漢字テストするぞ。霧矢さんはとりあえず、今日は練習って感じでやっていいからね。じゃあ五分間はじめ!」

ガリガリガリと音が響く。そしてあっという間に五分間が終わった。先生が言う解答を聞き、丸付けをしていく。「問いの五番、保証。」

「先生―。問題カタカナのところしか読んでなかったから間違えて社会保障の保障、書いちゃいました!本当はそっちの保証も書けるんです!丸にしていいですか?お願い!」

どこかの女子が頼み込む。

「んーまぁ、今回は特別いいか。今回だけな。」

「ちょーっと待ったあ!先生、今は良くても受験の時どうすんの⁉受験の時は点数もらえないよ⁉」

衝撃だった。そんなこと言ったら、私の周りでは嫌われる。あたりを見回す。ピンクギャルだった。さらなる衝撃で私の中でパリンッと何かが割れた。美音とは違う。この子は仮面がついていないのか。でも周りは仮面をつけているだろうから、きっと周りにこの子は…

「いやいやいや今回だけは許してよ。お願いだから!許してもらえないと悲しくて夜しか眠れん!」

え?

「いや、夜寝てるやん。先生、受験の時は点数もらえないよ⁉無しにしよう。なし!」

「まぁ、それもそうだな。よし、今回はなーし!」

周りから笑いが起こる。嘘でしょ。嫌われないの?

 休み時間になっても、誰かトイレついてきてよお。とか上辺だけの○○ちゃん好きだとかの気持ち悪さが聞こえない。ワイワイ話している内容を聞いても肯定だけの会話ではない。しっかり、自分の意見を皆が持っている。依存していない。一人でいる子も周りをきょろきょろせず、各々のやりたいことやり、時々とても楽しそうに周りの子と話している。決して、ぼっちではない。周りは仮面だという概念がみるみる薄くなっていく。

「杏奈ちゃんこっちおいでー。自己紹介!」

ピンクギャルに、いや、みおさんにまた声をかけられた。みおさんの仮面もみるみる薄くなる。まだ仮面がついていると判断するのは…

「はーい。」

返事をして前を向く。

まだ分からない。でも、もしかしたら。

窓から見える満面の星がキラキラと輝いていた。


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