第5話 生臭坊主と狐憑き


 悪霊から解放され再び、街へと出かける僕達。コトノ様は相変わらずご機嫌だ。


「さあ次はどこに行こうかの、楽しみじゃの」

「クレープにファッションショップに、次はどこへ行くつもりですかお姫様?」

「お姫様じゃなくて神様じゃがの」

「気になってたんですけど、コトノ様は狐憑きなんですよね? どうして神様に成れたんです?」

「教えてやろうか」


 そこに男の声が横から入る。俺は思わず振り返る。そこに居たのは袈裟を着た長髪のお坊さん(矛盾してない?)だった。


「そいつは人身御供だったのさ、祀り上げられたと言えば聞こえはいいがな、とある貴族と村長の娘との縁談を成功させるために、忌み子の狐憑きは滝壺に投げ出されたのさ」

「そんな……! それで縁結びの神様!? 無茶苦茶だ!」


 目の前の長髪のお坊さんが誰なのかも気にならなくなるほどの衝撃だった。

 お坊さんはこちらに近づくと、僕を値踏みするように観察してきた。


「あんたにこいつが御しきれるか? 良縁悪縁関係無しに呼び寄せる、いわばそいつも悪霊だ」

「……! コトノ様は悪霊なんかじゃありません!」

「ひろと……」


 お坊さんは溜め息を吐いて、やれやれと首を振る。どこからともなく錫杖しゃくじょうを取り出すとお坊さんはそれを構えて。


「どうする、お前さんに憑いてるその悪霊、俺が格安価格で祓ってやる」

「お断りします」

「どうして?」

「……僕、神様の笑顔が好きです」

「ひろと!?」


 顔を真っ赤にするコトノ様、そんな表情もするんだと安心する。超常的存在ではない、彼女は普通の女の子だ。

 だったら僕は惚れた女の子くらい全力で守りたい。そう心に誓った。


「頑固なやっちゃのう、そいつは居るだけで世界を狂わす異物じゃ」


 お坊さんの口調が変わる。雰囲気も変わる。錫杖をこちらに突きつける。


「お前さんにワシは倒せんよ、ただの坊ちゃん」

「コトノ様、逃げましょう」

「しかし、ひろと」

「逃げよう! !!」


 僕は神様を呼び捨てた。それに対してお坊さんが、へぇと声を漏らした気がした。

 僕はコトノの手を引き、駆け出す、人々を掻き分け、街から出て行く。

 どこへ向かえばいいのだろう。一心不乱に走る。

 ひたすらに走った、息が荒い、体力はあるほうだと思ったが、そうもいかないらしい。下駄を履いたコトノが上手く走れないでいた。もどかしくなって。コトノをお姫様抱っこで抱え上げた。


「ひ、ひろと!?」

「軽いなぁ、コトノは」

「ひろと……」


 走って走って走った。たどり着いた先は、海岸だった。こんな場所、

 此処はどこだろう、京都にこんな砂浜あったっけ。

 だいぶ走って来てしまったのは分かった。しかし、そこでコトノが耳を疑う言葉を放つ。


「此処は、彼岸じゃの」

「……!?」

「応ともよ、見事に引っかかってくれたな?」

「まさか誘い込んで!?」


 黙って頷くお坊さん、そいつはにやりと笑って。


「あとはそいつを、その彼岸の海に落とせばお祓い完了だ。簡単な仕事だったな」


 僕は、静かに怒っていた。生贄にされて、縁結びの神様に祀り上げられて、それで最期は悪霊として祓われる? そんなの――


「そんなの許せるわけないだろ! コトノが何をしたって言うんだ! コトノはただの女の子だ!」

「じゃあどうする。その悪神、放っておくのか? 野放しにしておくのか?」

「悪神じゃない。コトノだ。この子にはちゃんとした名前がある」

「……もういい」

「コトノ?」

「わしは今日、とっても楽しかった、もう満足じゃ。これでいい」

「なにがいいんだよ!」


 僕は激怒した。そんな事、看過出来るはずがなかった。

 まだ恋を教えられて、ないってのに。

 それなのに、これでお別れ?

 そんなの許せるか。

 

「僕は! コトノとずっと一緒に居たい!」

「ひろと……」

「あはははは! 坊ちゃん、いい男じゃねぇか! だったらよう。俺の下で修行するか!?」

「……は?」


 意味が分からなかった。

 修行? なんで?


「その子、コトノちゃんは良縁悪縁を引き寄せる。悪霊を祓う力、欲しくないか?」


 怪しい、めちゃくちゃ怪しい。

 でも、俺がもしコトノを守れるのなら。


「あんたは胡散臭いけど、本当にコトノを守れるなら、のってやるよ、その修行ってやつに!」

「良い度胸だ! じゃあ明日から修行な!」


 そうして、生臭坊主は去って行った。連絡先は交換した。

 砂浜、彼岸に残された二人。


「ありがとう、ひろと。わしのためにそこまでしてくれて」

「俺も今日、楽しかった。コトノの事、好きになった」

「堂々と言うな、はずかしい……」


 するとコトノが顔をこちらに顔を寄せて来る。


「今日の褒美じゃ、末代まで取っておけ?」


 そしてほっぺに温かさが触れる。口づけされたのだ。

 それに気づいて顔を真っ赤にする僕。


「コ、コトノ!?」

「口が良かったか? また今度の!」


 僕は期待を胸を膨らませた。

 あの生臭坊主との修行とやら頑張らないとな。

 そう思った。

 この頬の温もりは忘れない。

 縁結びの神様と共に、僕は歩む。どこまでも。

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わしも恋とやらをしてみたいのじゃっ! 亜未田久志 @abky-6102

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