第4話 悪霊とかご勘弁


 コトノ様が足を止める。なんだろう。


「ひろと。われらつけられておる」

「つけられてる? 誰に?」


 神職さんが神様を取り戻しに来たとか?

 しかし、そうではないらしい。


「悪霊を呼び寄せてしまったらしい。縁結びの神も善し悪しよな」

「悪霊!? どうするんですか!?」

「わしが祓うてくれようと言いたいとこだが、神通力が足りないかもしれないの」

「ちょっとどうしたら!?」

「祈ってくれ、ひろと。わしに信仰心を与えておくれ」

「……祈ればいいんですね。具体的にどうやって」

「手を合わせて心から念じろ、わしの勝利を」


 俺は手を合わせる。コトノ様が悪霊を祓う事をイメージを膨らませる。

 そこに現れる黒い影。あれが悪霊……

 黒い影にしか見えない。それがなおさら不気味だった。

 

「神技・狐火!」


 青い火の玉が黒い影へと放たれる。黒い影を燃やしたコトノ様は満足気に笑い。


「どうじゃ、惚れ直したか?」

「……すごいです」


 素直に賞賛した。コトノ様の炎で悪霊は霧散した。しかし、その一匹では終わらなかったらしい。

 うじゃうじゃと湧き出る黒い影。


「どうするんですかこれ!?」

「縁結びのふぇろもんが出過ぎてしまったのう」

「悪霊って縁結びたがるものなんですか!?」

「良縁、悪縁、どちらも縁よ。その全てを司るのがわしじゃ」


 ありがたいんだか、傍迷惑なんだか分からない。

 僕はコトノ様の手を引く、この場から逃げるのだ。


「どうした、おぬしどこへ行く?」

「逃げるんですよ、こんなんじゃ多勢に無勢です!」

「ふむ、それもそうか」


 そんなこんなで、街の中をコトノ様の手を引いて駆け抜ける。不思議と身体が軽い。何かに押されているかのようだ。


「どうじゃ? わしの神通力は?」

「あ、これコトノ様のおかげなんですか」


 速く走れる理由が判明する。しかし、どこへ逃げたらいいものか。そして思い当たる。

 コトノ様の居た神社だ。神社ならば結界とかあるに違いない。籠城する羽目になるかもしれないが、安全第一で行動する。悪霊が時間経過で消えてくれることを願いながら。


 神社へ駆けこむ。悪霊たちはそれ以上、近寄って来なかった。


「ここまで来れば安心ですかね?」

「少なくとも悪霊は入って来ないじゃろな」

「よかった……」

「しかしいつか祓わなければいかん」

「祓うったってあんな数……」

「祈りが足らんの」


 窮地に陥った。外には大量の悪霊。こちらには頼りない神様一人。

 境内の中は静まり返る。


「神器を使おう」

「神器?」

「本殿の中じゃ、行くぞ」

「ちょっ!? 勝手に入っていいんですか!?」


 駆け足で神社本殿の中へと入る。ちゃんと靴は脱ぐ。

 畳張りの床、障子、襖、その奥。ご神体が収められているであろう箱。


「あった。葛の葉の札じゃ、安倍晴明の母親謹製の代物じゃ」

「安倍晴明の母親……?」

「行くぞ! ひろと! これで一網打尽じゃ!」


 ――恋しくば尋ね来て見よ、和泉なる信太の森のうらみ葛の葉


「妖狐百火・大炎上!!」


 札を構え、何やら唱えたコトノ様が炎の海と化した。悪霊を消し去った。

 た、助かった……


「ふふん、どうじゃ敬え」

「葛の葉って人(?)がすごいんじゃないっすか?」

「むう、それは行ってはいけないお約束」

「……お約束」


 僕は静かに受け入れた。正直、この超常にも慣れて来てしまっていた。

 狐耳、悪霊、青い炎。

 これだけの異常を前に、僕は楽しささえ覚えていたのだった。

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