第3話 先ずは帽子を買いましょう


 先ずは帽子である。パーカーのフードで応急処置していたが、そうもいかなくなったのだ。

 なにせ此処はファッションショップ。お着物からお着替えとあらば、自然、フードも脱がなければならない。

 僕はさながらマジシャンのように店員さんや他のお客さんに見えないように、コトノ様に、似合う帽子を見繕う。さっさっさささっ。


「なんかこそばゆいの」

「我慢してください!」

「お客さん、お客さん」


 糸目猫口の店員さんが声をかけて来た。慌てて狐耳をフードで隠す。


「は、はい?」

「これこれ」


 猫エプロンの店員さんが差し出したのは狐耳ポケットの開いた帽子!? おそるおそる、その店員さんの前でコトノ様の狐耳を表に晒す、自分の身体で他の店員さんや、お客さんから見えないようにしながら。

 ぴょこぴょこと動くコトノ様の狐耳。それを見ても糸目猫口の店員さんはにこにこと笑ったままだ。

 おそるおそる、その狐耳帽子を被せて見る。狐耳をすっぽりと収める。

 ぴこーんと立った狐耳。それは見事に布地でカモフラージュされていた。


「よくお似合いですよー」

「あの、どうして」

「ふふ、猫又ってご存じ?」

「ほお、おぬしもこの世ならざるものか」

「ですです」


 なんか会話だけ聞くと厨二病っぽい……


「店員さんも神様……?」

「いやいや、しがない妖怪ですよお」

「……」


 僕が知らないだけで、この世は超常的な者が跋扈しているのかもしれない。そんな事を遠い目をしながら考えた。

 

「おお! おお! じゃすとふぃっとじゃ!」

「そりゃ良かったですね……」

「次は服じゃ!」

「まだ買うんですか……」

「うむ♪」


 ……うん、やっぱり、あの笑顔はズルい。問答無用で納得されそうになる。それほど眩しくて――

 

「これなんかどうですかあ。ワンピースですよう」

「ほうほう、わんぴーすとな。かわいいの」

「……」


 こうなると男子のやる事は無くなる。男物コーナーでも見に行こうかと思ったが。コトノ様から目を離すのも気が引けた。遠巻きに猫又と狐憑きの少女の姿を眺める。

 試着室に入って行くコトノ様。一人で着替えられるだろうか。なんて思ったりした。


「心配ですかあ?」

「うわっ、びっくりした」

「うひひ、猫又なもんでして」

(関係あるのかそれ……?)

「お客さんは神様を連れて何をしてらっしゃるのです?」


 答えに困った。まさか神様から、恋をしてみたいと頼まれたとは言いにくい。いや別に言ってもいいか。そのまま、経緯を告げる。


「ほうほう、恋ですか。いいですねえ。青春です」

「青春……?」

「どうじゃ、ひろと! 似合っておるか!?」


 ワンピース姿のコトノ様、その姿は……


「あんまり似合って無いですね」


 僕はばっさり切り捨てた。実際。そのワンピースは、コトノ様の体躯には似合っていなかった。どこか大人っぽ過ぎる印象を受けた。


「むう、次じゃ、猫又さんや、おすすめを頼むぞ」

「かしこまりました~」

 

 店員さんが用意したのはフリルのスカートだった。あれ上は?


「おぬしのくれたぱーかーがあるじゃろ?」

「えっ」


 取られるのあれ。別にいいけど。いいけど……なんか恥ずかしいな。

 試着室のカーテンが閉じられ、衣擦れの音が響く。そしてカーテンが開かれる。


「なんかスースーするの」

「スースー……?」


 ああ、着物に慣れ過ぎていたんだな。と一人納得する。

 ライムグリーンのパーカーを着込んでフリルのスカートを着たその姿はコトノ様にとても似合っていた。素直に褒める。


「とても似合ってますよ」

「ふふふ、そうじゃろう、そうじゃろう!」

「わたしのコーディネートに狂いは無かったですねえ」

(最初のワンピースはなんだったのか)


 会計を済ませる。帽子とフリルのスカートで計一万円。ブランド物ってこんなにするのかあ……なくなく貯めていたバイト代を切り崩す。さらば諭吉。クレープも奢ったし少し財布が危うい。バイト掛け持ちして溜めた旅費が減っていく。御朱印集めのための旅費が……

 ファッションショップを後にする。猫又の店員さんが見送ってくれた。現代風の衣装に身を包むコトノ様。……うーん、かわいい。あれ? 着てた和服はどうしたんだ?


「ああ、あれなら霧散したぞ。元々、風化していたのでな」

「えぇ……大丈夫なんですかそれ」

「もんだいない!」

「不安だなぁ」


 そうして二人は再び街中に繰り出したのだった。

 暗い影がひっそりとつけているのも知らずに。

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