第2話 狐耳は目立つので


 ライムグリーンのパーカーを着物の上から着込み、フードを目深に被ったコトノ様。尻尾は見えなくなっているが、狐耳は消せないらしい。そんな中、街へとくり出す僕ら。

 どうして、こんな事になったのかと言うと。

 コトノ様いわく。


「わしは縁結びの神だというのに、恋をした事が無い。ゆえによりよく人間を導くために恋を経験してみたいのじゃ!」


 とのことで、僕はその願いを聞き届ける事になった。押しに弱いのだ僕は……神様はそれほど押しに押して来た。


「ダメか? わしじゃ不満か? 何が悪い? 直そうじゃないか、言ってみるがいい!」

「いやだめとかじゃ……」

「じゃあ、おーけーじゃな!?」

「ええと……」


 なくなくであった。こんな美少女と恋の真似事だなんて羨ましいだろうって? 神様だなんて超常的存在じゃなければね……

 てなわけで社から千本鳥居をくぐって出る事になったんだけど。


「その耳と尻尾って」

「おおこれか、わしは狐憑きでの。ここに祀られた時の名残みたいなもんじゃ」

「狐憑き……? いやあの、そうじゃなくて、すごく目立つと思うんですけど」

「目立ったらいかんのか?」


 いかんでしょ。と口に出しかけた。出来れば静かにやり過ごしたい。この夢(悪夢……ではないけれど)のような出来事をさっさと終わらせるために。

 なんとなく着物の着替えは無いだろうし、せめて耳と尻尾くらいは隠して欲しかった。


「むー、尻尾くらいなら消せるかの」


 ぽんっ! と軽快な音と煙、尻尾は見事消え去った。しかし。


「……耳は」

「ちょっと神通力が足りんの。最近はめっきり信仰が減ったからの」

「えぇ……」


 どうしようかとしばらく考えて、考えて、考えた。

 それで得た答えは。


「これ着て下さい」


 自分のパーカーを脱いでコトノ様に渡す。神様は首を傾げながら。


「ふむ、何故じゃ?」

「フード……この首の後ろの部分を頭から被って下さい。そうしたら耳、隠せますから」

「ほう! 便利な服じゃの! しかしいいのか? おぬしは寒くないか?」

「まだ季節的に大丈夫ですよ」


 今は初秋くらい。まだ寒くも暑くもない。丁度いいだろう。と僕は思った。


「神様こそ暑くないですか?」


 パーカーを着込み、フードを被るコトノ様。満足気な顔で。


「もんだいない!」


 と笑った。その笑顔に僕は――

 ハッとなる。いけない、いけない。相手は神様なんだから。

 しかし、準備は整った。しかしここから恋を教えるとはどうしたらいいのか。実は僕も恋というものをした事が無い。片思いくらいならあるけれど。部活の先輩とか。

 嫌な事を思い出してしまった。


「えっと、神様は此処を離れても大丈夫なんですか?」

「むっ、さっきから思ってたんじゃが。その『神様』という呼び方はやめい。われらはこれからこいびと同士、コトノと呼び捨てるがいい」

「いや流石にそれは……」

「むー」


 神様は頬を膨らませて怒る。困ったように僕は後頭部を掻く。その後、ポンッと片手をグーにしてもう片方を受け皿にして木槌を打つように手を叩いた。


「じゃあ『コトノ様』で!」

「むぅ、仕方ないの。それで許してやる。それで此処を離れても大丈夫か。だったかの。それなら問題ない。わしの依り代はもうとっくの昔に風化して大気と共になっておる」

(……それって大丈夫なのか?)

「さぁ行くぞ! 下界にくりだそうではないか!」

「あっ、ちょっと待って!」


 急いでコトノ様の後ろを追いかける。千本鳥居、未来へと駆け出しているようだった。段々と新しい鳥居が古くなっていく、過去から未来へ風化していく。神様は関係無いように駆け出す。笑顔で。ああ、ズルいなぁ。そんな笑顔されたら。誰だって、なんだって許したくなる。どこまでも付き合いたくなる。僕は諦観と少しのドキドキを込めて千本鳥居を出た。


 そして今に至る。町に出た僕達は。まずはクレープ屋さんに向かう事にした。なんとなく、それが定番な気がしたから。……デートの経験なんてないんだよなぁ……


「これはなんじゃ!?」


 目をキラキラと輝かせるコトノ様。消したはずの尻尾をブンブン振る幻想が見えた。フードの中の耳がぴょこぴょこ動いている。ちょっと危うい。

 

「クレープですよ、スイーツですよスイーツ」

「ほお! これもすいーつか! 美味しそうじゃの! どれがいいのじゃ!?」


 メニューを眺め、どれにしようか悩んでいるコトノ様をみかねて僕は。


「苺と生クリームのやつにしましょう。王道のやつが一番おいしいです」

「わしは王じゃなく神じゃがの」

「あはは……」


 今のは、神様ギャグだろうか。反応に困る。店員さんに頼み、苺と生クリームのクレープを二つ買う。一つをコトノ様に渡す。


「ほおお、これがくれーぷ……!」

「じゃあ、あっちの公園のベンチでいただきましょうか」


 二人で近くの公園のベンチに腰掛けて、クレープにかぶり付く。うん、おいしい。生クリームをほっぺに付けたコトノ様は笑いながら。


「うまいの! さすがわしのみこんだおとこじゃ!」

「あはは、ありがとうございます?」

「素直によろこべ! うまいの!」

「ほっぺ、クリームついてますよ」

「む、そうか、取ってくれ」

「へ?」


 取ってくれ? どういう事だ? どういう意味だ? 自分で取ればいいじゃないか? いやいやいや、取ってくれって……いやいやいや。


「はーやーくー」

「は、はい……」


 僕は恐る恐る人差し指でクリームを拭い去る。この指の生クリームはどうしたらいいんだ? そんな事を考えていると。


「ぱくっ」

「うわぁ!?」


 僕の人差し指をコトノ様がくわえこんだ。ああ、神様にも体温ってあるんだとかどうでもいい事が脳裏をよぎりながら。

 顔が真っ赤になっている事をなんとなく自覚する。コトノ様は満足気にクレープを頬張る。


「うまいの! うまいの!」

「……よかったですね」

「どうしたおぬし、顔が赤いぞ」


 ああ、やっぱり! 恥ずかしい! 恥ずかしいから顔が赤くなっているのに、それがバレたのがさらに追い打ちをかけるようにはずかしさが叩き付けて来る!


「むふふ、次はどこ行くかの」

「あー……そうですね」


 次はゲーセンにでも行こうかと考えていたら、コトノ様がとある場所を指さした。そこには――


「あそこに行ってみたい!」


 ファッションショップがあったのだった。

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