わしも恋とやらをしてみたいのじゃっ!

亜未田久志

第1話 寂れた社の女神様


 深緑の中、石畳が続く、参道を進む。目の前に現れたのは石造りの荘厳な鳥居。道の真ん中は通らない。潜る時に一礼を忘れずに。

 僕の目的は此処の御朱印だった。いてもたってもいられず、一目散に授与所に向かう。本当なら、社を参拝してから行くのがマナーなのだろうけれど、此処の御朱印は、それほどまでの魅力があった。御朱印集めが趣味の自分からしても相当レアな代物。ハートの御朱印。なんか現代臭いとか西洋かぶれとか思われそうだが、これは神社建立以来から、そうなのだと言う。不思議だ。神様の啓示か、はたまた当時の神職のインスピレーションか。偶然の一致でハート型になった縁結びの神社の御朱印。貰いに行くに決まっている。

 授与所へたどり着く。


「御朱印、お願いします」

「はい、あなたにいいご縁がありますように」


 御朱印帳に押してもらう。ハート型の赤い印。それを見ていると、なんだか不思議な気分になった。社の方が気になる。正確にはその奥。社の横に小道が続いていた。


「あの、社の奥ってなにかあるんですか? 立ち入り禁止ですか?」


 自分でも何故、こんな事を聞いたのか分からない。けれど行ってみたかった。

 巫女さんは首をかしげながら。


「確か、昔の古くなった社がそのまま残されているはずですよ。立ち入り禁止ではないですが、脆くなっているので、あまり近づかないように……そういう意味だと内部は立ち入り禁止かしら」

「外から見る分にはいいんですね。ありがとうございます」


 頭を下げて、旧社へと向かう、そこには千本鳥居があった。ボロボロの。


「稲荷系……? 此処、縁結びの神様だよな」


 鳥居を潜って行く。なんだか一つ一つの鳥居を潜る度に時間を遡っている気分だった。

 過去に下りきった先、小さい寂れた社がそこにあった。そして――


「おや、人の子とは珍しい」


 狐耳だった。

 狐の尻尾だった。

 濡羽色の黒髪だった。

 赤い赤い着物だった。

 女の子、だ。

 間違いなく、そこにいたのは狐耳を頭の天辺からはやし、背中から、狐の尻尾を覗かせた女の子だった。


「……コスプレの撮影とか?」

「こすぷれとはなんじゃ? 新しいすいーつの名前か?」

「コスプレは知らないのにスイーツは知ってるの?」

「うむ、前に供物として捧げて来たものがおっての」


 ……供物? この子もしかして。


「ここの神様のコスプレ?」

「むっ、こすぷれとは偽物という意味か? ならば違うぞ。わしは本物の神じゃ」


 本物? 本物の神様がこんなところに? あ、いやいやいや、仮にも社だ。居るなら此処が正解か。……でも。


「……神様がなんで目の前に」

「それはおぬしの運が良かったからじゃろう。日頃の行いが良かったの」

「……じゃあなんかお願い事叶えてくれたり?」

「即物的じゃのう……もう少し遠慮とかないのか?」


 ……ぐうの音も出なかった。童話じゃないのだ。神様に会ったから願い事を叶えてくれるなんて都合のいい事考えてはいけない。

 すると自称神様がこちらに歩み寄る。なんだろう。


「この服はなんじゃ?」


 僕のライムグリーンのパーカーの裾を掴む。僕はたじろぎながら。


「パーカーです、パーカー」

「ぱーかーとな、下はなんじゃ」

「ジーンズです、ジーンズ」

「じーんずとな、おぬし髪の毛が茶色いの、日焼けでもしたか」

「いやこれは染めてあって……」

「ふむふむ、しておぬし、名は?」

「えっと、国崎裕人くにさきひろと


 神様は値踏みするようか目で僕を眺めると。


「ひろと、わしからのお願いじゃ、それを聞いてくれたら、わしもお前の願い事を叶えてやろう」

「神様からの、願い事?」

「そうじゃ、だめか?」


 うっ、その顔はズルい。上目遣いで見つめられたら断れない。


「いいですよ。僕に出来る事なら」

「本当か!?」


 近い近い近い。僕は思わずのけ反った。神様があまりにもこちらに近付いて来たからだ。


「では、改めて、わしの名はコトノ。ひろとよ。わしに恋を教えてくれないか?」

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