リライト

 私が要望を伝えると雅弥は何言ってんだこいつとでも言うような顔になる。私がムッとすると、雅弥が私の両頬を摘んでむいむい引っ張ってきた。拗ねてんじゃねぇよ、ってことかな。でもそんなに私の提案が気に食わなかったのだろうかと思うと何とも悲しいような残念なような悔しいような気持ちになって、自然と唇が尖ってくるのだ。仕方ないじゃないか。私は恨みがましい目線を雅弥に向ける。すると雅弥は、


「主語も説明もなさすぎて何一つわからん」


と言って再び私の頬をむにむにした。そんなの話の展開からわか……わか……そう言えば別に繋がってないし色々省いたな。確かに私が悪いのでそこは反省する。言ってないのにわからないのはそっちが悪いだなんて思うのは自分勝手な考えだ。こう言うところを直さねばと思っていたのに、なかなか修正できないものだ。


「ご、ごめん」

「ん」

「ちゃんと言う」

「ん」


 私はじっと雅弥の瞳を見つめた。ああ、近い。雅弥といてこんなにドキドキするようになるなんて思ってもみなかった。

 私の両頬をむにっていた雅弥の手が止まる。視線が絡み合ってちゃんと伝えなきゃ、と思うのに胸が苦しい。悪態だったらいくらでもつけるのに。いざ気持ちを伝えるって本当に難しいのだと言うことがわかる。


「あのね」

「うん」

「あの夜、私と雅弥は、その……しちゃったんだけれど。初めてはそうなんだけど」

「……うん」


 私は拳をぎゅっと握り込む。


「雅弥に、『雅弥のことがちゃんと好きな私』を抱いて欲しいなって……」


 それが私の要望。あの時は幻想だとしても雅弥じゃなくて篤哉くんに恋をしてて、篤哉くんだと思って抱かれた。だけど。現実に私を抱いたのは雅弥で。結果的には自分の気持ちにも気づけたしそれでよかったーーーー私は。

 でも雅弥の気持ちは?雅弥はあの時どんな気持ちで抱いてくれたのだろう。きっと『ラッキー!』とかではなかった。色々な葛藤の末に私を無碍にできなくて抱いてしまった、が正しいのだろうーーーー他の男の代わりとして。申し訳なさすぎる。私酷すぎる。だからこそ今度こそちゃんと雅弥を見て、雅弥を感じたいと思った。それを『初めて』にしたいと思った。雅弥の初めてを上書きしたかった。

 雅弥の腕が伸びてきて、私の体を包み込む。私も雅弥の背に腕を回して抱きついた。雅弥の髪が首筋をくすぐる。

 

「梨子」

「うん?」

「俺のこと好き?」

「……言ったじゃん、さっき」


 私は半目になった。結構恥ずかしいセリフを頑張って言ったのに。


「もう一回言って。聞きたい」


 肩口で雅弥が頭をぐりぐり擦り付けてくる。態度も口調も甘えてるみたいで何だか可愛い。こんなふうに私に甘える雅弥は初めてで、新鮮でキュンキュンする。うう、仕方ないなぁ!


「雅弥が好、」


 言いかけたところで雅弥は顔を上げて、私の唇を雅弥のそれで塞いできた。数度啄んでから離される。顔が燃えるように熱い。雅弥と視線が絡み合う。


「ちゃんと聞けなかったからもう一回言って」


 意地の悪い笑みを浮かべてそう言ってきた。そちらが物理的に口を塞いでおいてなんたる言種いいぐさだ。くそぅ、何なの、意地悪そうなのに幸せそうな顔して。そんなの、そんなの。お願いを聞き入れたくなってしまうじゃないか。


「好、んん」


 またしても唇を塞がれた、今度は雅弥の舌が口内に侵入してきて私の舌に絡みつく。余すことなく口内が蹂躙されて腰がガクガクしてくる。キスしてるだけなのに気持ちよくてお腹が熱くなって、秘部からトロリとしたものが溢れたのがわかった。恥ずかしい。下着に染みてしまう。

 ようやく唇が解放され力が抜けて雅弥の胸に倒れ込んだ。雅弥が私の髪を撫でる。


「大丈夫か?」

「誰のせいでこうなったと?」


 私がむすっとすると雅弥は苦笑した。


「梨子が俺を好きでいてくれてるって実感が欲しくてつい。何せ出会った頃からの初恋を拗らせに拗らせてたもんで」


 ごめん、と額に口付けが落とされる。どうしよう。何この甘々。こんな雅弥知らな……知ってた。そういえばあの夜もドロドロの蜂蜜みたいに甘い声で甘やかされてたんだった。髪を撫でる手が優しい。泣きたくなるほどに優しい。ああ、私雅弥にこんなに愛されてたんだ。

 私は背筋を少し伸ばして雅弥の唇に自分からキスをした。


「梨子?」


 雅弥が目を瞠る。自分からは濃厚なキスをしてくるくせに、私からされると軽めのキスですら動揺するとか。めちゃめちゃ真っ赤になってるし。可愛いがすぎる。


「好き、大好き。やっと本当に好きな人は雅弥だってわかったから。もう雅弥だけだよ」


 私がそう伝えると雅弥は少しだけ泣きそうな顔をして、そして笑った。


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