備えがあれば憂いなし!

 時計の針が揃って十二を指す少し前、スマホから軽快な音が鳴った。私は画面に指を滑らせ、メッセージ画面を確認する。今日連絡先を交換した野原くん……じゃなかった、三島くんからだ。内容は明日からの雅弥の大まかな予定。雅弥の予定と自分の都合を考えると、明後日の全講義終了後に突撃をかますのがよさそうだ。非常に優秀なスパイ、いや、協力者で大変助かる。

 明後日突撃しようと思うと伝えると、三島くんから追加のメッセージが入ってきた。どうやら私が行くまで雅弥を捕まえておいてくれるらしい。めちゃくちゃいい人じゃない?三島くんにお礼を打ち込むと、私はベッドに潜り込んだ。

 そしていよいよ決戦(?)の日がやってきた。この日のために睡眠をたくさん取ったし(二晩だけど)、逃げようとする雅弥を捕獲するために投げ縄の練習もしたし(一日だけど)、準備は万端だ。三島くんと細かに連絡を取っている。もちろん雅弥の動向を探るために。

 朝からものすごく緊張していた。ようやく雅弥とちゃんと話せる。あの日、雅弥に丁寧に抱かれた日からもうずっとちゃんと話せていない。まだ自分の気持ちはよくわかっていないけれど、とにかく雅弥と話したい。その一心で雅弥を探し続けてきた。

 今日受けた講義の内容はほとんど頭に入ってきていない。放課後の突撃のことですっかり気もそぞろになっているからだ。後でメグちゃんに色々教えてもらわねば。今は雅弥の方が優先なのだ。そのせいで私は教室の壁時計ばかり気にしている。ああ、後少しで全講義が終わる。そうしたら、私は。

 終業のベルが鳴った。教授が話を切り上げると同時に私は机に上に広げた、見てもいないテキストと筆記用具を急いでバッグへとしまい込む。

 ピロリ。スマホが鳴ったので画面を確認すると三島くんからだった。


『雅弥引き留めておくからはよおいで~』

『ラジャです!』


 素早く返信をすると、私は輪っかのついた縄を忍ばせたバッグを引っ掴んで教室を飛び出した。廊下を小走りで急ぐ。もっと早く走りたいけれど体がついていかない。すぐに息は上がり、苦しくなる。それでも走るのはやめない。早く、早く雅弥と話がしたいから。

 再び着信音が鳴る。小走りしつつ確認すると、教室に残っているのは三島くんと雅弥だけらしい。好都合だ。よろよろとしつつ、階段を段飛ばしで上がる。もう少しだ。階段を上がればあとはラストスパートをかけるだけ。最後の気力を振り絞り、目的地まで駆ける。そして。


「雅弥ぁ!!!」


 ガァン!

 私は教室のドアの取手に手をかけると、乱暴に開け放った。


「は……?……え?り……」


 呆然とこちらを見る雅弥の口から困惑の声が漏れる。そして後ずさる。私が入ってきた方と反対側のドアに駆け出そうとした。


「逃すかぁ!!!」


 私はバッグから素早く取り出した縄を雅弥へと投げた。何とうまいこと雅弥の捕縛に成功した。一日だけど特訓しておいてよかった。


「おっまえ、何で縄なんか持ってんだよ!」

「こんなこともあろうかと思って?」

「普通あるかぁ!」

「今あったじゃん」


 実際逃げようとしたではないか。備えあれば憂いなしである。


「俺は今日バイトが」

「ないでしょ」


 雅弥はまだ逃れようとしている。残念、逃してなるものか。


「よ、用事が」

「それもないでしょ。知ってるよ」

「何で知ってんだよ!!!!!」


 雅弥が喚いた。そんな私たちのやりとりを見て三島くんは大爆笑している。もはや苦しそうだ。


「三島くん、協力ありがとうございました」


 雅弥を縄で手繰り寄せながら、私は三島くんにお礼を述べる。


「どうしたしましてー。いやー、面白いもん見せてもらったわ。君ら二人揃うとほんと面白いわ」

「は?廣、どういうことだ?」


 私たち二人のやりとりを聞いた雅弥が眉根を寄せる。


「お前が幼馴染ちゃんから逃げてるから、幼馴染ちゃんにお前の情報流してみました~」

「はぁ!?何を勝手に!」

「ちゃんと向き合ったほうがいいと思って。そのほうがスッキリするだろ」

「……」


 三島くんのおちゃらけた口調が急に真面目なものになって、雅弥は閉口した。


「じゃあ俺、行くね~」


 再びおちゃらけた口調に戻り、三島くんは去って行く。私は小さくおじきをしてその背中を見送った。そして今、教室には私と雅弥の二人きり。三島くんがいなくなった途端、二人の間に沈黙が落ちた。

 私に捕獲された雅弥は気まずそうに目を逸らしている。


「雅弥」

「……何」

「話がしたい」

「……わかった。けど場所は変えよう」


 深い溜め息と共に了承の言葉が返ってきた。


「うん」

「だから……とりあえず縄外せ」

「やだ、逃げるもん」

「俺に生き恥晒せと!?」


 縄に繋がれていればまあ、好奇の視線には晒されるだろう。でも不安だ。


「……逃げない?」

「逃げないし、ちゃんと向き合うから」


 真剣な声音でそう言われたので、私は渋々縄を外したのだった。


 

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