ふて寝をする親友の傍らで〜廣のターン〜

 恋破れて傷心中のイケメンである俺ーーーー三島廣の親友たる谷上雅弥はやけ酒に付き合ってくれたものの、自分の恋愛についてツッコまれ投げやりになった後床に転がってふて寝してしまった。普段は堂々としているし図体もでかい割に幼馴染ちゃんに関しては小心者もいいところだ。雅弥宅の床は毛足が長めのラグが敷かれているもののそれなりに硬いし、冷たくもある。床なんぞで寝れば翌日は体にダメージも受けるだろうし風邪を引くかもしれないので、一応は肩を掴んで揺り起こそうとした。しかし一旦寝入った我が親友は起きてはくれない。仕方がないのでベッドから布団を引っ張ってきて掛けておく。何もないよりはマシだ。

 規則的な呼吸を繰り返す布団をかぶった塊を眺めながら俺は溜め息をついた。もちろん先程のやりとりについて。自分の恋愛のことはすっかり吹っ飛んでしまっている。絶対落としたい女の子だとは言っていたけれど、その子のことをよく知っているわけではなかった。講義のときにたまたま隣の席になり、落とした消しゴムを拾ってもらっただけだ。微笑みながら消しゴムを差し出されただけ、たったそれだけで俺は恋に落ちた。元来俺は惚れっぽいのだ。ちょっと優しくされるとすぐに好きになってしまう。そしてすぐに振られる、その繰り返しだ。今度こそ恋人に、と思っていたのに相手はとんだ男好きだった。

 俺は赤茶髪な上たくさんのピアスをつけているからクズ男やらチャラいやらの印象を持たれがちだが、一人の女の子を大事にしたいタイプで相手にもそれを求めたい。だから狙っていた彼女が男にだらしがない姿を見て相当ショックを受けた。俺だけにベッタベタな女の子を求めているのに、俺の周りの女子は何でこうもお股ゆるゆる系が集うのか。考えてみればこの子かわいいなとか好きだなと思った子は後からビッチだったとか八方美人だったとか、そんなのばかりだ。需要と供給が噛み合っていない。

 ビッチガールたちを前に『俺が彼女を正気に戻して見せるっ!』みたいな気概は持てないので、雅弥に泣きついているのが常だ。今日も今日とて恋に破れたブロークンハートな俺は雅弥に慰めてもらったわけなのだが、こうして自分ばかり慰めてもらっていて申し訳ないと思う。本当は雅弥だって元気がないのに。

 雅弥が元気がなくなったのは幼馴染ちゃんと絡まなくなった頃からだ。傍から見れば普通に見えるだろうけど、親友の俺にはわかる。

 雅弥は幼馴染ちゃんを見るからに好いていた。彼女を切なそうに見つめていたり、楽しそうに接していたりしてそれはもう明から様だ。

 雅弥と俺は彼女とよく鉢合わせしていた。俺たちがいたところに後から彼女がくるケースが多い。最初のうちは偶然凄いな、こいつら運命の番では?などと感じていたこともあったけれど、あれはおそらく雅弥が先回りをしていたんだと思う。用事もないのに幼馴染ちゃんの学部の方をぶらついてみたり、幼馴染ちゃんが移動するのに使う中庭で寛いでみたり、カフェスペースにしょっちゅう顔を出してみたり……軽くストーカーでは??と思ったが、さり気ない風を装うのが上手かったためか周囲にはバレていない。

 幼馴染ちゃんとエンカウントできた時は小競り合いという名のじゃれ合いが始まる。憎まれ口をたたき合うことも多いけれど、互いに愛情があることが分かるから見ていて微笑ましいばかりだった。

 しかし、ここに来て幼馴染ちゃんとのエンカウント率は急速に低下した。雅弥は住居も携帯番号も、行動時間や行動範囲さえも変えた。幾度か探りを入れてみたが誤魔化されるだけに終わった。俺に話したくないわけではないのだろうけど、今は言いたくないと言うのが正しそうだ。だから話してくれるまで待とうかと思っていたんだけど……今日幼馴染ちゃんに出会ってしまった。

 幼馴染ちゃん、確かリコちゃん。苗字は知らない。結構かわいい。でも雅弥の大事な子なので守備範囲外。雅弥曰く他に好きな男がいるらしい。正直信じがたい。今日会った感じだと、あの子は絶対雅弥の事好きだと思うんだけどな。せっかく自分の好きな人が自分のこと好きなのに気づかないとか……めちゃくちゃ勿体なくない??はぁ~~!勿体ねぇ、勿体ねぇよ!!春はすぐそこなのにさぁ!!

 俺は自分のスマホを取り出し、メッセージアプリを起ち上げてポチポチとメッセージを打ち始める。宛先は勿論リコチャンだ。送信内容は雅弥の行動予定。先程の様子から考えると今後も雅弥は彼女を避け続けるだろう。意外と頑固なところがあるからなぁ、顔に似合わず。

 時計を確認すると、針は天辺の少し前を指している。既に寝ていたら申し訳ないな、とは思いつつ送信ボタンを押すと時間を置かずに既読がつき、少し間が空いて返事が入ってきた。雅弥と接しているときとは違う少し辿々しい文章にくすりと笑いが漏れる。

 二人が無事に想いを通じ合わせることができますようにーーーーそう願いながら俺は彼女へ返信すべく再びスマホをタップするのだった。

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