思わぬ再会と、動揺

「雅弥ぁ!今日の合コンドタキャンなしだぞ!?絶対にだぞ!!廣くんからのお願いだ!!」


 講義が終わった後の教室。俺は体をくの字に曲げつつ片手を腰に、もう片方の手は顔の横で人差し指を立てかわいこぶった(?)口調で謎の決めポーズをする友人に心底ドン引きした。ちょっと友達をやめたくなった。


「今回は行くけど、次はないからな」

「わかってる!わかってます!ありがとう心の友よ」


 行くのは本当に気が進まない。長年拗らせた初恋に区切りをつける決心をしたからとはいえ、早々切り替えなどできはしない。そんな俺の気も知らず(事情を説明していないからだが)廣は腰をくねらせて喜んでいる。浮かれポンチな友人の姿を眺めていると何だかおかしくなってきて、まあこいつのためになるなら一度くらいなら我慢するかと思えてくるから不思議だ。変で女好きでふざけた言動も多いが、三島廣という男は意外に鋭くて頼り甲斐があったりする。助けられることもよくあるのでその分の恩返しはしておきたい。但し合コンは二度と御免蒙る。

 小川から好意を持たれていることには気づいていたけれど、正直微塵も興味がなかった。女子に関してのカテゴライズは梨子と親類縁者とその他しかなく、小川はその他に分類されていた。その他に分類している女子は俺自身にとってはどうでもいいけれど友人の利益になる相手とか友人の友人や彼女とか、邪険にすると角が立つので当たり障りのない対応で接する相手と言える。いつもなら女子からどんなに誘われたところで合コンには参加しないが、廣が絶対に落としたい子との合コンをセッティングする条件に俺の参加を突きつけてきたのだからなかなかに策士だ。廣に泣きつかれたら俺が断らないとわかっているのだろう。


「でもさ、いいのか?」


 不意に腰をくねらせていた廣が動きを止め、問いかけてくる。


「何が」

「幼馴染ちゃん怒んないの?お前が合コン行くってなったら」

「……怒らねぇよ。参加しろっつっといて何言ってんだ。行かなくていいなら行かねぇぞ」


 俺がそう返せば廣は慌てて俺を宥めてきた。怒ってくれたらどんなにいいか。そんなことをしてもらえたら咽び泣きながら喜ぶ自信がある。だがそんなのは幻想だとわかっているので、悲しい現実を突きつけないでもらいたい。俺が遠くを見つめていると廣が両肩を掴んで揺さぶってきた。


「昼はカラオケで夜そのまま飲みになだれ込む予定だから。講義終わったら一緒に行こうな!な!」

「はいはい。ちゃんと恋を成就してくれよ」


 俺の言葉に、廣は真剣な顔をして頷いた。

 






 講義が終わり、俺は筆記用具を片付ける。憂鬱な合コンに向かうべく隣に座る廣に声をかけようとしたが、


「おーい三島ぁ」


助教授の声が俺の声を遮った。助教授に呼ばれ廣は顔を上げる。どうやら廣は課題を出していなかったらしい。今日は用事があるので明日にでもとお願いしたが、答えはノーだった。廣は半泣きだ。大事な予定の前になんで終わらせておかないんだよ。俺は手刀で廣の頭をギコギコした。


「ウッウッ……雅弥ぁ~」

「……進捗は」

「あと一項目だけど、調べるのに時間かかるからって後回しにしてて忘れてた……」


 俺は壁時計をちらりと確認する。待ち合わせの時間までまだ時間はある。


「手伝ってやるからとっとと終わらせるぞ」

「心の友よぉおおおお!」

「黙ってやろうな?」


 腰に抱きついてくる廣を引きずりつつ図書館へ向かうと、さっさと資料を選別した。俺は既に課題を提出してしまったので写させることはできないが、どの資料のどのページを用いたのかは覚えている。廣にそれを示してやると、必死にレポートを書き始めた。俺はそれを眺めているだけだ。資料の選別さえすればもう手伝ってやれることは何もない。ここにいても仕方がない。会場の近くに確かカフェがあったはずなので時間ギリギリまでのんびりしておく旨を廣に伝え俺は図書館を後にした。

 

「まーさやくぅん!一緒に行こぉ!」


 正門まであと五十メートルというあたりでキャピついた聞き慣れた声に呼び止められる。内心ため息を吐きたくなったが、そこをグッと堪える。


「別にいいけど」

「やった~あ」

「!?」


 できるだけ突き放しすぎないように答えたら小川は俺の腕に抱きついてきた。巨乳は男子の夢なのかもしれないが、俺にとっては好きな女以外にされてドン引きするしかない。


「それは許してない」

「え~いいじゃ~ん、私とまさやくんの仲じゃ~ん」


 言外に離せと伝えるも小川は意に介さず、ますます乳圧と腕圧を強めた。腕がしっかり固定されてなかなか解けない。どんだけ強いんだ乳圧。小川を好きな野郎どもは嬉しいかもしれないが俺としては迷惑極まりない。しかも腕に頬を擦り寄せてきた。ファンデーションがつくのでやめてほしい。しかもただの同じゼミの講習者同士でしかないので仲もクソもないだろうと言いたい。遊ぶメンツにしれっと混ざっていることもあるけれど、それだけだ。廣の恋が彼女にかかっていると思うと無碍にもできないしどうしたものか。


「ーーーー雅弥!!」


 その声に弾かれた様に振り返る。そこに立っていたのは俺が避けていた人物。顔を見るのを、接するのを我慢していた相手。ちょっと泣きそうになっている様に見えるのは気のせいだろうか。


「りっ……」


 思わず名前を呼ぼうとして、グッと飲み込む。駆け寄りたいのも堪えた。諦める、そう決めたのに梨子を前にすると抑えることが難しくなる。俺は梨子から目を逸らした。


「……何か用?」


 できるだけ冷静に、感情の乗らない声で言い放つ。梨子は一瞬躊躇った様だったけれど、俺に近づいてきた。


「話したいんだけど」


 その言葉に心が冷える思いがした。避けてきたことを怒られるのは仕方がない。だけれど兄貴のモノになったという報告は聞きたくない。


「何」


 拒絶の思いが強すぎて冷たい声になってしまった。


「立ち話じゃ済まないから場所を変えて……」

「ねぇ」


 梨子の話を小川の声が遮る。


「あ、ごめんなさい。今からちょっと雅弥を」

「まさやくんは~今から私と先約があるんでぇ~幼馴染だからって邪魔しないでもらえるぅ?」


 約束があるのは間違いではない、小川と、というわけではないがメンツには含まれている。が、言い方が悪い。小川の言葉には悪意が滲んでいる。


「あ……、ご、ごめ、」


 梨子が動揺して落ち込んだのが分かる。声が一気に沈んだものになったからだ。ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる小川に苛立ちを覚える。けれど、梨子からの報告を聞きたくない気持ちはあるわけで。


「……悪いけど、小川の言う通り約束があるから」


 俺が言えば梨子は俯いた。……何でこんなに元気がない?


「そ、そっか。邪魔してごめん」


 梨子が震える声で後ずさっていく。……何か、変だ。


「……邪魔じゃない」


 邪魔なわけがない。今は諦めるために避けているだけで、もし諦めがついても大事な幼馴染であることには変わりがないのだから。梨子と真っ直ぐに向き合ってしまうと抱き締めてしまいそうなので、俺は目を逸らしつつ否定する。そして梨子を傷つける様な言動をする小川を嗜めた。あとようやく乳圧から抜け出した。梨子に声をかけてからぶぅたれる小川を連れてその場を去る。ごめんな、梨子。もうちょっと心の整理つけたら、また普通に接するから。

 合コン会場に到着すると、既にメンツは揃い踏みしていた。廣も梨子と別れてからすぐに合流してきたので小川と二人きりの時間が少なくて済んだ。一次会はカラオケだったが俺は歌わずに人が歌うのをぼんやり聴いてときどき会話する程度で、二次会は隅っこ席をキープして飲んで食って適当に会話に混ざって相槌を打ちつつ、折を見ては廣の想い人に廣のことを売り込んだ。彼女もまんざらじゃなさそうだたので廣の恋も叶いそうだと思い、小川が飲みすぎて男性陣にチヤホヤ介抱されている隙に一人で先に帰った。

 帰宅途中で廣からメッセージが届いた。


『サクラ チル』


 恋は実らなかったらしい。廣と再び合流し、ヤケ酒に付き合うことになった。







 帰宅してすぐ簡単に部屋を片付けて廣を迎え入れる。部屋に入ってくるなりメソメソと泣き始めた。飲み会の時点で雰囲気良さそうだったものがどうしてこうなったのか。事情を聞くと想い人には好きだと言ったらいい返事をもらったものの、実は廣だけでなく参加した男全員にいい顔をしていた挙句トイレ前で他の男と濃厚なベロチューをかましていたらしい。それを目にした感じに置いてその場を立ち去ったのだとか。廣は見た目に反して一途タイプなので相当なショックを受けたという。あまりにもかわいそうなのでビール缶を持っていない方の手で廣の頭をよしよしと撫でてやった。鼻をスンスンと鳴らしながら廣が潤んだ目で俺を見つめてくる。


「なぁ、雅弥ぁ」


 俺の肩に手を置き、しな垂れかかってくる廣。


「悪いけどBL展開は望んでない」

「ちゃうわいボケナス」

「いって!」


 強烈な腹パンを食らった。缶ビールを落としそうになった、危ない。慰めてあげていたのにひどいことをするものだ。否定してくれたのは心底良かったが。


「慰めてもらえるのはありがたいけど、お前は?お前の方は大丈夫なの?相談とかこないけど」

「何が」

「お前、幼馴染ちゃんのこと好きだろ」

「……」


 モロバレだったらしい。言ったことはなかったのに。俺はそっぽを向いてみた。しかし両頬を手で挟まれて再び廣の方に向かされる。カップルがするみたいなやり取りを男同士でやりたくないんだが。


「いつも俺ばっかり相談に乗ってもらうから、たまには俺も乗らせてくれよ。最近幼馴染ちゃん避けまくってるの何で?あんなに好き好きビーム出してたじゃん。見るからに大好きじゃん。気付いてないのお前と幼馴染ちゃんくらいだよ。まあ女子は『女として見られてないただの幼馴染』だと思ってる子たちもいたみたいだけど」


 そんなにバレバレなのに梨子に気づいてもらえないとか俺、悲しすぎないだろうか。色んな意味で落ち込む。そして廣は表現が古い。


「……梨子は他の男のことが好きなんだからもう如何にもなんねぇんだよ」


 不貞腐れて唇が自然と尖ってしまう。


「そっか、フラれたんだ。お前モテるのに……フラれ者同士だな、俺たち」


 憐れむように微笑む廣。


「フラれてないし、そもそも告白してない」


 俺の言葉に廣が目を剥く。


「は?告ってねぇの?じゃあどうなるかわかんねーじゃん。告れよ、ちゃんと」

「目の前で他の男好き好き言ってんのに?」

「一発逆転ホームランの可能性もあるだろ。言う前に諦めてどうすんだよ。……諦めたらそこで試合終了ですよ?」

「……」


 言葉に詰まる。言ったって結果は目に見えているのに、俺はすでに屍だと言うのにこの上更に死体蹴りされろと言うのか。視線を膝へと落とし、持っていたビール缶を見つめた。無理だ、俺はもう……。下唇をぐっと噛みしめる。


「何やってんだよ!そこは『安○先生ぇえええ!!』って抱きついてくるところだろぉおお!?」

「知らねーよ、このシリアスクラッシャーが!!!」


 シリアスな空気が廣の一言で一気に霧散した。俺は残りのビールを一気に呷るとテーブルに叩きつけるように置く。


「とにかく!もう諦めるって決めたからいいんだよ!ただの幼馴染として思えるようになるまであいつとはしばらく離れることにしたから!以上!俺は寝るっ!!」


 俺は床にゴロンと寝転がり、廣に背を向けて丸まった。ふて寝だ。


「……絶対に望みあると思うんだけどなぁ、今日の幼馴染ちゃん見た感じ」


 背後で廣が小声で何事か呟いていたようだが、俺にはよく聞き取れなかった。

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