心強い味方現る

 あれから私は雅弥を捕まえるために大学内を回った。よく雅弥と出くわした場所に足を運んだり、雅也が授業を受けていた様な気がする教室に行ったり。それでも雅弥は見つからない。バイト先に突撃をかまそうとも思ったけれど、よく考えたら私は雅弥のバイト先を知らなかった。その事実に愕然とする。雅弥の幼馴染なのに、私は雅弥のことをわかってなかったのだ。好きな食べ物や趣味くらいはわかるけれど何の授業を受けているかとかもほとんど知らない、大学生になってからは特に。知ろうとしてもいなかった。構ってほしい時だけ突撃して、自分の話と篤哉くんの話ばかりしていた。なんという自己中女なんだ私は!!!対して雅弥はどうだろう。

 雅弥は私のことをよく理解している。好きなものは勿論、考え方も行動パターンも性格も日常のことも把握されきっていたように思う。だから私は安心して雅弥に色々頼ったりわがままとか言いたい放題言ったりしていたのだ。一緒にいて心地よかったから。じゃあ、雅弥は?我慢させていたのだろうか。私といることについに嫌気が差してしまったのだろうか。

 校内を歩き回る私の足が止まる。視線が自身の足元へと落ちた。気持ちが沈んでいく。


(だめだ、勝手に落ち込むな。自分の中で色々考えたって無駄だ、当人の気持ちは当人にしかわからない。知りたいなら直接訊くしかないのだ。落ち込むのはそれからだ。)


 暗い考えを振り払うように頭を左右に振る。


「まーさやくぅん!一緒に行こぉ!」


(今、まさやって言った?)


 妙にキャピキャピ(死語)したぶりっ子声が聞こえて、顔を上げると正門に向かって歩いてく男女が目に入った。雅弥と、雅弥の周りにたまにいる女子だ。


「別にいいけど」

「やった~あ」


 キャピ子(仮名)が雅弥の腕を巨乳で挟むように抱きつく。キャピ子声がでかいし、乳もでかい。


「それは許してない」

「え~いいじゃ~ん、私とまさやくんの仲じゃ~ん」


 雅弥がキャピ子を窘めると、キャピ子は雅弥の腕に頬を寄せた。雅弥は溜息をついているけれど、キャピ子の乳と腕を振り払う様子はない。何だか胸の辺りがムカムカする……いや、ムカムカしている場合ではなかった。ようやく雅弥を見つけたのだ、ここで捕まえなくては。

 私は大きく息を吸い込むと、声を張り上げた。


「ーーーー雅弥!!」


 雅弥が弾かれたように私へと振り向き、目を瞠る。


「りっ……」


 雅弥は何か言おうとして途中で口を閉ざし、私から目を逸らした。そして一言。


「……何か用?」


 雅弥からこんな態度を取られたのは初めてだ。胸に渦巻いていたムカムカはズキズキへと変わった。私は雅弥に歩み寄る。


「話したいんだけど」

「何」


 雅弥の声が素っ気ない。でもせっかく捕まえたんだから機会は逃せない。


「立ち話じゃ済まないから場所変えて……」

「ねぇ」


 雅弥の横から声が聞こえる。キャピ子が私を見つめていた。


「あ、ごめんなさい。今からちょっと雅弥を」

「まさやくんはぁ~今から私と先約があるんで~幼馴染だからって邪魔しないでもらえるぅ?」

「あ……、ご、ごめ、」


 それは確かにそうだ、また自分の都合ばっかりだった。私が謝るとキャピ子はフフンと勝ち誇った笑みを向けてくる。私は視線を落として下唇を噛み締めた。


「……悪いけど、小川の言う通り約束があるから」


 雅弥の口からもはっきり断られる。目が熱くなってきた。だめだ、泣くな。


「そ、そっか、邪魔してごめん」


 どうにか声を絞り出し、じり、と後ずさる。


「……邪魔じゃない」


 かかった言葉は先ほどまでと違ってあたたかみを感じた。視線を上げると逸らされたままの雅弥の顔と不満げに口を歪ませるキャピ子の姿が目に入る。


「コイツは俺たちに予定があるなんて知らなかったんだから、あんまりきつい言い方しないで欲しいんだけど。あとしがみつくのやめてくんない?」

「べ、別に私きつい言い方してないよ?ホントのことしか言ってないもん~」


 乳の狭間から自身の腕を抜き取ると雅弥が言った。キャピ子はぷぅ、と両頬を膨らませる。私は今度は違った意味で泣きそうになった。結局雅弥は私に優しい。何で今までちゃんと優しさを素直に受け取ってこなかったのだろう。


「ほら小川、早く行くんだろ。……じゃあな、梨子」


 ぶぅたれるキャピ子の背中を押しながら雅弥はキャピ子と共に去っていく。結局雅弥と話ができなかった。次に捕まえるにもどうしたらいいのか。電話番号もコミュニケーションアプリも住所も何もわからないのに。おばさんやおじさんに訊いたら一発だけど心配させたくないしな………などと思いながらその背中を見送っていると、不意に後ろから肩を叩かれた。


「幼馴染ちゃんじゃん、どったの?こんなところに佇んで」


 振り返れば人懐っこい笑みを浮かべた赤茶でツンツン頭の男子が立っている。彼の耳には『お前の耳はルーズリーフか?』とでも言いたくなるレベルでリング状のピアスがたくさん連なっていた。この男子には大変見覚えがある。見覚えどころかほんの数回だけ言葉を交わしたこともある、雅弥の友達。確か……


「野原ひろしくん!!」

「そうそう妻はみさえ……て違う!!それ有名幼稚園児のとーちゃんな!?三島!三島廣です!!どうぞよろしくぅ!」


 ノリツッコミがきた。スルーしつつ人の名前を間違えるとか失礼にあたるのできちんと謝っておく。すると今度から覚えてねと笑われた。チャラっぽいけど話しやすくていい人そうだ。見た目は当てにならないこともある。


「そんで何で佇んでんの?てか最近どうしたん?雅弥と一緒にいねーじゃん。ここんとこ君らが戯れあってる姿見れなくて寂しいなって思ってたんだけど。雅弥に訊いてもはぐらかすし」

「いや、実は雅弥と話がしたいのにしばらくずっと避けられてて……さっきようやく捕まえたんだけど用事があるって言われちゃって」

「なるほどなるほど。用があるのは本当だよ俺も合流するけど。電話とかメールしてアポ取ればいいんじゃないの?」

「う、それがですね……アイツ携帯の番号変えるしいつの間にか引っ越してるしで捕まえるのが難しくて」


 話しやすさに釣られてついつい事情を話してしまう。三島くんは頷きながら耳を傾けてくれた。そして。


「よし!じゃあ俺が協力してあげるよ!」

「え」

「情報、流してあげる。捕まえるの、手伝うよ」

「い、いいんですか」

「勿論!君らが戯れあってるの、また見たいしね!」


 三島くんがにぱっと笑う。いい人すぎない?と密かに感動していたら、三島くんはポケットを探ってスマホを取り出した。


「ともだち登録しよー!」


 そう言われ、私もスマホを取り出す。無事コミュニケーションアプリのともだち登録を終えると三島くんは大きく手を振りながら去っていった。協力者も得られたことだし、今度こそ絶対に雅弥を捕まえてやるんだ。 

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