初恋の人に告白チャレンジ!

「はふぅ~」


 温かい湯船に身を沈め、一息吐く。念願のお風呂である。キュナイプのバスミルクを入れたとろみのある湯に身を委ねるのは気持ちがいい。しかしのんびりしている場合ではなかった。


「……」


 乳白色の湯で半分隠れた己の胸元に視線を落とせば、多数の鬱血痕がある……キスマークだ。風呂に入る前にも確認したが、何度見ても恥ずかしい。湯に隠されてはいるが印は胸にあるだけではない。太腿にも吸いついたり噛みついたりした痕がある。


「……アイツがっつきすぎじゃない?」


 私は自分の体を抱きしめた。雅弥が私に痕を残す様子を思い浮かべて秘部がジンジンしてきてしまう。私が好きなのは篤哉くんなのに。そうだ、篤哉くん。

 そういえばさっき寝起き、いや寝る前の篤哉くんに後で話したいと言ってしまった。よく考えたらどんな顔して何を話せばいいのか。本当だったら篤哉くんに抱かれてた(かもしれない)はずで、そしたらあそこがジンジンするのもきっと篤哉くんのことでなってるはずで、そうしたら雅弥ともケンカしなくて済んだわけで……うん、結局私が悪いな。

 何で雅弥と篤哉くん間違えるかな、全然似てないのに。おかげで好きな人に処女を捧げることは叶わなくなった。処女は人生に一度きり。そして別の人に抱かれた直後に好きな人に抱かれに行くほど、私の神経は図太くない。でも気持ちは伝えたい。ずっと好きだったのって。それはそれとして、雅弥のことはどうしよう。

 脳裏に浮かぶのは部屋を出て行く前の雅弥の顔。傷ついたような、怒っているような、そんな顔。私に手を出したアイツも悪いと思うけど、全部雅弥のせいにしたのは正直悪かったと思う。……まあ雅弥のことだし謝ったら許してくれる。

 悪態吐いたりからかってきたり意地悪されたりすることもあるけれど、雅弥は嫌いじゃない。私たちはよく喧嘩するけど、一緒にいることが多い。腹立たしいこともあるけれど、居心地がいいから。結局お互い許しあっていつも一緒にいるんだ。


「うっし」


 浴槽の縁に手をかけ、勢いよく立ち上がる。行動計画は決まった。篤哉くんに告白、後、雅弥に謝る。これである。詳しい作戦はない。ただ、後悔がないようにしよう。篤哉くんに関しては。雅弥は許してくれるから問題ない。

 私は両頬をパチンと叩くと、浴室を後にした。





 谷上家の玄関のベルを鳴らすと、おばさんが顔を出した。


「あら梨子ちゃん、おかえりなさい」

「へへ、ただいま」

「さあ、上がって」


 おばさんに促され家に上がる。リビングを覗くとおじさんがコーヒーを飲んでいるところだったので挨拶をした。コーヒーを飲むおじさん、絵になりすぎる。何をやってもスマートだ。うちのお父さんはお腹ポヨンポヨンなのに。


「篤哉くん起きた?」

「飯食ってから一旦部屋に戻るって、ついさっき上がっていったよ」


 私が訊ねるとおじさんが答えてくれる。私がお礼を言うと、微笑んでくれた。私もつられて笑顔になった。楚レから周囲に視線を巡らせる。……雅弥の姿はない。


「あ、あの、おじさん」

「ん?」

「えと、あの……雅弥は?」

「雅弥? 朝に出たっきり帰ってないみたいだよ」

「そ、そっか……」


 まだ帰っていないのか。ほっとしたような、残念なような。まずは篤哉くんと話をつけることに専念しよう。おじさんに再びお礼を言って、二階へと上がる。篤哉くんの部屋の前に立つとなんだか緊張してきた。深呼吸をしてからドアをノックする。ドアがすぐに開いて、篤哉くんが顔を出した。サラ艶黒髪が揺れる。ヒェェ、色っぽい。


「いらっしゃい、待ってたよ」


 私の姿を認めた篤哉くんの目も口も緩い弧を描いた。微笑み方がエロい!と思いつつ促されるまま部屋に入ると、まあ物がなかった。ベッドと棚と机くらいだ。大学に上がる際に大型家具以外で必要なものは向こうに持って行ってしまったようだし、仕方ない。

 机の上には私が来ると宣言していたためか、電気ケトルと茶菓子とカップ、湯で溶かせば飲めるスティック飲料が用意されている。


「何か飲む?」

「えっと」


 何が用意されているのか、スティック飲料の種類を見てみる。ブラックコーヒーとシュガーレスカフェオレと無糖の生姜紅茶だった。甘いのがない。つらい。この中だったらシュガーレスカフェオレだろうか。甘みはお菓子を貪ろう、そうしよう。お菓子はチョコレートが幾つか。うう、足りない。甘さが足りない。篤哉くんはチョコはいらないらしいので全ていただくことにした。

 それぞれの飲料をカップに入れて湯を注ぐと、篤哉くんがカフェオレ(無糖)を手渡してくれた。ベッドに腰掛けるように言われたので、おとなしく従う。


「改めて言うのもなんだけど、久しぶり。元気そうだね、梨子」

「う、うん。篤哉くんも」

「…………」

「…………」


 二言で沈黙が訪れた。ぅおおどうしよう、何話したらいいの!今気づいたんだけど篤哉くんと二人きりで話したことってほとんどないな!?いつも雅弥がいたからいざ二人で話すとなるとめちゃくちゃ緊張する。半泣きになっていると篤哉くんが突然噴き出した。何で!?


「クク……ゴメンゴメン。パニックになってる梨子がおもしろ……かわいくてつい」


 私がショックを受けていると、肩を揺らしつつ篤哉くんが謝ってきた。かっこいい。許そう。


「梨子と俺だけでちゃんと話したことってほぼないから新鮮だな。大きくなってからは初めてじゃないかな」

「そ、そうだね」


 二人きりなことを改めて自覚してドキドキする。気持ちを落ち着けるために私はカフェオレ(無糖)に口をつけ、


「雅弥と喧嘩でもした?」

「ブフーーーーーーッ!!!」


盛大に噴いた。初恋の人の目の前で、消火ホースから放たれる水の如くカフェオレ(無糖)を噴き出した。


「ゲホゲホゲホッ」

「あーあー、大丈夫か?」

 

 私が噎せて呼吸困難に陥っている間、篤哉くんがティッシュで顔やら手やら床やらを拭ってくれる。


「ご、ごめんね……」

「いいよいいよ、服が汚れなくてよかった。……はは、何だか昔を思い出すなぁ」


 咳が止まったので謝ると、篤哉くんは昔を懐かしむように笑った。昔は雅弥も私も篤哉くんによく世話を焼いてもらったものだ。私的には物凄くいたたまれない。


「な、なんでそう思ったの?」

「梨子が一人で俺のところに来る時って大概そうだったから。違った?」

「違……」


 ……わない。確かにほとんどない二人きりの会話の時の話題は『まーくんとケンカしたよぉ、どぉしよう~ウワァァン!』だった。そして今回もまあ喧嘩ではないが近しいことにはなっているので否定はできない。私が頭を抱えていると、篤哉くんは再び笑い出した。


「お前たちは本当に相変わらずだなぁ。心配しなくても雅弥がまた折れるさ」

「心配なんかしてないよ!」


 そうだ、きっとまた雅弥は許してくれるし心配なんて、あまりしてない。それに今日篤哉くんと話したいのはそのことじゃない。


「あのね」


 ピロ。


「あ、ちょっとごめん」


 私が告白をしようとしたところで着信音が鳴った。篤哉くんが机に置いていたスマホを手に取り、画面を確認する。そして何やら画面に打ち込み出した。途中で長めの着信音が鳴り出す。


「もしもし」

『ーーーーーーーーーー!』

「あー、ごめんごめん」


 篤哉くんが通話を始めた。受話音量が少し大きいので相手の声が漏れ聞こえてくる。何を言っているかはわからないが、女性の声だ。


『ーーーーーーーーーー?』

「ああ、うん、そう」

『ーーーーーーーーー?』

「え?はいはい、じゃあ切るな」


 篤哉くんが画面を操作して通話を終わらせた。相手はきっと……


「ごめんごめん、急に電話始めちゃって」

「ううん、大丈夫。……彼女さん?」

「ああ、声でかいから聞こえちゃったよな? うん、そう。元気いっぱいだろ。俺がこっちに来てる間はアイツ女友達の家で女子会してるって言ってたんだけどね。早く帰ってこいってさ。まあ明日まで帰らないけど」

「そ、そっかぁ……?」


 あ、あれぇ?意外にドライだな?篤哉くんならもっとこう、『寂しいなら飛んで帰ってやらねば!』くらいの反応するのかと思ってたんだけどな。

 少し間が空く。そして話題に困った私はつい訊いてしまった。


「え、えと、彼女さんってどんな人なの?」

「ああ、アイツ?アイツは……」


 篤哉くんがいろいろ語りだす。何故私はこの話題を振ってしまったのか。おかげで私は篤哉くんに告白するタイミングを完全に逸してしまったのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る