―42― もう遅い

 レベルを1で固定する『縛りプレイ』をしている性質上、防御力が低いため一撃でも受けると致命傷になってしまう。

 だから、〈繰糸の指輪〉を使った高い機動力を用いて、敵の攻撃をひたすら避け続けながら、隙を見つけ次第攻撃をするという戦法を使っていた。

 だが、〈呪いの腕輪〉を外した今、俺のレベルは今もなお上がり続けている。

 防御力が高い今なら、どんな攻撃も恐れる必要がない。

 端的に言って、今の俺は最強だ。

 

「それ以上、フィーニャに触れるな」


 まずは、フィーニャの救出。

 だから、フィーニャの元へとゆっくりと歩く。


「させるかっ!」

「コロスッ!」


 左右から、二人の暗殺者が息を合わせるように同時に襲いかかってくる。

 それを俺は両手で弾き飛ばす。

 そして、フィーニャを地面に押さえつけている男の腕を掴み、反対側に曲げる。


「うがぁ!」


 うめき声をあげている男の顔を蹴り上げて、昏倒させる。


「あるじー! すまぬっ、わらわが捕まったばかりに」

「俺のほうこそ悪いな。怖い思いをさせた」


 今度こそ、フィーニャを奪われないように、片手で抱える。


「それで、暗殺ギルドだっけ? 誰の依頼で、俺たちを襲うんだ?」


 振り向きがちにそう問いただす。

 すると、皆がビクッと体を震わせた。


「怯むなっ! 全員で攻撃しろ!」


 リーダーらしき人物がそう命じる。

 すると、仮面の集団が短剣を手に一斉に襲いかかってくる。


「なにも怖くないな」


 今の俺なら、こいつらを全員倒せることが容易に想像できる。

 結果がわかっている戦いってのはこんなにもつまらないんだな。

 だが、手を抜くつもりはない。

 なにせ、今の俺はとてもブチ切れてる。





「なんなのだ……こいつは?」


 暗殺ギルドの一人がそう吐露した。

 次々と同胞がつぶされていく現状を目のあたりにしていたからだ。

 まず、ユレンの動きがとてもついていけるものではなかった。

 糸のようなものを使った立体的な動き。

 戦っている場所が路地裏であるせいだ。糸で建物の壁にへばりついたりすることで、立体的な動きを可能としていた。

 この動きをされると、誰の手にも負えない。


「がはっ」


 また、同胞の一人がやられた。

 見ると、その隣に短剣を握ったユレンが。

 ユレンがこっちを見る。

 目があった。

 次は自分の番だ。


「うわぁああああああ!!!」


 一目散に背を向けて逃げようとする。

 こいつには勝てない。

 そう本能が告げていたのだ。

 だから、恥も外聞も捨てて逃げることにした。


「おい、逃げるなよ」


 そう聞こえたと思ったら、体が引っ張られる。

 見ると、ユレンが出したであろう糸が体に付着していた。

 この糸のせいで、前に進めない。

 だから、糸を斬らないと。そう思い、短剣を取り出すが、そのときは、ユレンが目の前にいた。


「がはっ」


 殴られた途端、壁まで体が吹き飛ばされ昏倒させられる。


「くそっ、こんな化物を相手にするなんて聞いてねぇぞ!」


 暗殺ギルド一人が叫び声をあげていた。

 こんなことなら参加するんじゃなかった、と後悔するが今更もう遅い。

 気がつけば、近くにユレンが立っていた。


「お、俺はただ依頼されただけで、本当は殺すつもりはなかったんだ! だから、許してくれッ!」


 恐怖のあまり言葉が震える。

 涙と鼻水のせいで顔はぐちゃぐちゃだ。恥も外聞もない。

 それでも、生きたい一心で命乞いをする。


「あっそう」


 無情にもユレンはそう言葉を吐き捨てると、男を殴っては昏倒させた。


「くそっ、なにがどうなってやがる……!?」


 暗殺ギルドのリーダーは言葉を吐き捨てる。

 ターゲットがこれほど強いなんて、完全に想定外だ。こんなことなら、依頼を請けなかったらよかったが、そんなことを今更思っても仕方がない。


「うそだ、うそだ、うそだ、うそだ……ッ!」


 同胞の一人が言葉を繰り返しながら、歯をカチカチと鳴らしていた。

 なにかに恐怖している様子だ。


「一体、どうした?」


 リーダーは同胞にそう尋ねる。


「〈鑑定〉したんです……」


 すると、同胞は肩を震わせながら答えた。

 ユレンを〈鑑定〉したんであろうことは、すぐに察知する。


「それで、どうだったんだ……?」

「な、なんと、あいつのレベルが――」


 最後まで言葉を聞くことができなかった。

 というのも、突然目の前に現れたユレンがそいつを殴り飛ばしたから。


「あんたが、リーダーか?」


 ふと、話しかけられる。


「……それは答えられないな」


 と、強気に発言するが内心は恐ろしいという感情で占められていた。


「あぁ、そう」


 と、ユレンは無関心を装ったかのような返事をする。

 なにを考えているのかわからない、それがこうして話してみて抱いた感想だった。


「まぁ、でもさ、お前は他のやつらよりは少しはやるんだろ?」


 短剣をこちらに向けながらユレンはそう呟いた。


「さぁ、どうだろうね?」


 とぼけたフリをする。

 とはいえ、とぼけても意味がないことはわかっていた。恐らく、〈鑑定〉でもして自分のレベルを見られたのだろう。


「まぁ、いい。少しは俺のことを楽しませてくれよ」


 そう言って、ユレンはニタリと笑った。その笑みが、あまりにも恐ろしくて体が震えた。

 周りを見る。

 どうやら、自分以外の同胞はすべてやられてしまったらしい。


「くそっ」


 そう言葉を吐き捨てながら、暗殺ギルドのリーダーは短剣を握る。

 最悪、相討ちでもいい。

 なんとしてでも、相手に傷を負わせてやる。


「〈ディスピア・スラー〉」


 間髪入れずに自分の中で最強のスキルを発動させる。

〈ディスピア・スラー〉の効果。それは、一瞬、自身の気配を消して、相手が見失っているうちに殺すというもの。

 このスキルで、今までどんな強敵の冒険者も闇に葬ってきた。


(よしっ、自分の様子に気がついていない……っ!)


 ユレンはそっぽを向いており、自分に気がついていない様子。

 確実に、殺せる。そう思い、短剣を振るった。


「あぁ、そこにいたのか」


 それは男にとって絶望の声だった。

 ユレンはこっちを向いて、今にも殴りかかろうとしていた。


(なんで……? 確かに、自分は急所を確実に切り裂いたのに、平気な顔をしていられるんだ)


 そして、一つの可能性に思い至る。


(まさか、それほどのレベル差があるというのか……?)


 圧倒的なレベル差があれば、急所を攻撃しても相手にダメージがいかないのも納得できる。

 だから、リーダーはとっさに〈鑑定〉した。


「なん、だと……!?」


 ユレンのレベルを知って、思わずそう言葉を漏らす。

 それほど、ユレンのレベルは圧倒的だった。


 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


〈ユレン・メルカデル〉


 ジョブ:錬金術師

 レベル:1036


 △△△△△△△△△△△△△△△


 自分のレベルを倍にしても届かない。

 これは、最初から勝てるはずがない戦いだったのだ。

 こんな化物がいるなら、依頼を請けなければよかった。

 それを今更悟っても、もう遅いわけだが。


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