―39― 依頼

「どういうことだっ! イマノル!?」


 決闘終了後。

 書斎にて、イマノルの父親でありユレンの父親でもあるエルンストは怒鳴り声をあげていた。


「兄さんは強かった。だから仕方がない」

「仕方がないで済むか! あいつを追放した俺のメンツはどうなる!?」


 優秀な息子を追放したとなれば、自分の慧眼が疑われる。

 そうなれば、今後、貴族界で舐められるに違いない。


「そんなこと僕には関係ないだろ。それじゃあ、特訓に行ってくる」


 イマノルはユレンに負けてから、より一層特訓に励むようになっていた。それは、いいことだ。

 問題はユレン。

 すでに、市井では自分が優秀なユレンを追い出したという噂が広まりつつある。あれだけ、大々的に決闘をしたのだ。当然の結果ではあった。

 しかし、まさか錬金術師のユレンが強いとは予想外だった。


「なにか裏があるはずだ……」


 自分に言い聞かせるように言葉を吐く。


「なにかがおかしい。絶対に、なにか秘密があるはずだ」


 決闘場にて、ユレンが圧倒的な強さでイマノルに勝ったのをこの目で見たはずなのに、その現実が受け入れられないでいた。


「そうだ、ユレンは不正をしたに決まっている。なにか不正をしたのだ。そうじゃなきゃ、おかしい」


 どんな不正をしたら、あんな結果をもたらすことができるのかエルンストは見当もつかなかったが、それでもユレンは不正したに違いないと思い込んだ。


「よしっ、こうなったら、この俺がユレンの不正を暴いてやる」


 そう決めたエルンストは使用人を呼んだ。


「暗殺者ギルドに依頼しろ」

「ご主人様、一体なにをなさるおつもりですか?」

「ユレンを拉致したうえで、幽閉して拷問してやる。そして、どんな不正をしたのか暴いてやるのだ!」

「なるほど、ですが、暗殺者ギルドは非合法な存在。依頼するとなると、依頼料がとんでもないことになりますが……」

「かまわん! ユレンを捕らえるためなら、いくらでも金を使っていい!」

「そういうことでしたら……」


 使用人は頷くと、部屋を出て行った。





「エルンスト様、お初にお目にかかります」

「お前が暗殺ギルドの者か」

「ええ、いかにも」


 書斎にはエルンストともう一人の男がいた。

 その男は黒いローブを身にまとい怪しい仮面を顔につけている。


「私たちは仕事の性質上、むやみに人前にて顔を晒すわけにはいきません。ですので、失礼を承知の上で仮面を外さないことをご容赦ください」

「あぁ、もちろんわかっておる」


 暗殺を生業にした者たちが所属する暗殺ギルド。

 もちろん暗殺ギルドは非合法な存在だが、しかし、彼らはひっそりと実在している。世間にはバレないように標的を音もなく殺す。

 それが暗殺ギルドの役目。


「それで、ご依頼をお聞きしても?」

「俺の息子、ユレンを拉致してきてほしい」

「拉致ですか……」


 そう呟いて仮面の男は考えるそぶりをする。


「難しいのか?」

「そうですね。ユレン様はそこそこお強い方だと伺っていますので、そういった方を拉致するのは骨が折れる」

「まさかできないと申すのか!」

「いえ、そうではありません。ただ、一つだけ了承していただきたいのです」

「なにを了承すればいい」

「我々はユレン様を拉致するために、少々手荒な方法を使うつもりです」

「ふんっ、拉致するためなら、ユレンに怪我をさせるぐらい構わん」

「いえいえ、怪我で済むならいいのですが、間違えて殺してしまう可能性もあるわけです」

「殺すだと?」

「ええ、もちろん我々はユレン様を殺さずに拉致するよう最善を尽くすつもりですが、我々は暗殺ギルド。殺すのが専門なわけですから、万が一殺してしまう可能性があるわけでして……」

「なにが言いたい」


 仮面の男の要領を得ない話にいらついたエルンストが結論を急かす。


「一言、了承をいただきたいのです。万が一ユレン殿を殺してしまっても不問にするというね」


 エルンストはユレンを憎んでいるが、殺したいほどかというと、そうでもない。

 とはいえ、了承しないことには暗殺ギルドは動かないようだし、仕方がない。了承する他ないだろう。


「最優先はユレンの拉致。もし、その途中で、誤ってユレンを殺した場合、依頼料を減額する。これでいいか?」

「ええ、もちろんですとも! これで安心して、ユレン様を襲うことができます。それでは――」


 次の瞬間には、仮面の男はこの場から消え失せていた。

 そのことに驚くが、暗殺者ならこのぐらいできてもおかしくないのだろう。


「ユレン、待っていろよ」


 エルンストはほくそ笑む。

 これからのことを考えると楽しみだ。


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