―37― 多分キレると思う

「兄さん」

「なんだ?」


 試合開始直後、イマノルが話しかけてくる。

 だから、それに俺も応えた。


「この勝負、僕は一撃で兄さんを倒すつもりでいる」

「そうか、それは楽しみだ」

「そうやって、笑ってられるのも今だけだよ!」


 そう言って、イマノルは構える。

 一体なにが飛び出してくるか本当に楽しみだ。


「〈身体能力強化〉〈攻撃力上昇〉〈脚力強化〉」


 と、イマノルがスキルを唱える。

 あぁ、これはきっととてつもなく強い一撃がやってくるにちがいない。

 だから俺は、〈繰糸の指輪〉を二つ、右手と左手にはめて、さらには、鋼竜の短剣を二本取り出し、両手に構える。

 いつもなら、ナイフだけ使う『縛りプレイ』と、利き手を使わない『縛りプレイ』をしているが、今日は特別に解禁だ。  

 相手が強い以上、いつもよりは本気を出そう。

 そうでないと、満足に戦えないに違いない。


「〈クロスインパクト〉ッッ!!」


 イマノルが唱えた瞬間、全身から目映い光が放たれた。

〈クロスインパクト〉、知っている。

 剣聖だけが手に入れることができるスキルで、一時的に自身の肉体を強化した上で、相手を切り刻む一撃を放つスキルだ。

 スキルを発動させたイマノルは俺へと、一直線に突撃した。

 この攻撃をまともに受けてはいけない。そう危機を察知した。


 だから、〈繰糸の指輪〉で真後ろに糸をだして、後方に高速移動をする。

 手投げ爆弾を放り投げた上で。


「うっ」


 唐突な爆発により、イマノルは一瞬怯む。

 その隙を逃さない。

 今度は〈繰糸の指輪〉で糸を前方にだし、イマノルに急接近しつつ、二本の短剣で攻撃。


「ガハッ」


 攻撃を受けたイマノルは壁へ吹き飛ばされた。

 とはいえ、相手は剣聖だ。油断してはいけない。

 弓矢にアイテムを切り替えて、すぐさま弓を引いて矢を放つ。

 矢に気がついたイマノルはなんとか剣で防ごうとするが、隙間を狙って矢が命中する。

 とはいえ、矢の攻撃力は低いため、大したダメージを負わせることはできない。まぁ、毒ダメージを除いたらの話だが。


「うわぁああああああ、なんだこれ!?」


 矢をうけた箇所が紫色に変色したイマノルはその場で、発狂する。

 この俺を誘っているのか……?

 戦いの最中に動転するなんて、攻撃してくれ、と言っているようなものだ。あえて、油断したフリをして、こちらの攻撃を誘っているに違いない。

 同じ戦法を子鬼ノ王ゴブリン・キングが以前していたことを思い出す。

 どこに罠がある?

 と、慎重に観察するが、見当たらない。

 いや、俺らしくないな。

 罠があるなら、あえてハマってみよう。それで、ピンチに陥ったなら、そのとき必死に考えてピンチを脱すればいいじゃないか。

 方針を決めた俺は、すかさず〈繰糸の指輪〉を使って、イマノルの元へと駆け寄る。


「うわぁあああ! 来るな、来るな、来るなぁあああ!!」


 迫ってくる俺に対し、イマノルが慌てて叫んだ。

 これも油断したフリだな。

 いいねぇ、俺はそういう戦術、嫌いじゃないよ。

 これは、よほどとっておきな一撃があるに違いない。

 だから、俺は急所を狙って、短剣を振るう。

 さぁ、いつ、俺にお前のとっておきを見せてくれるんだ!?

 そう思いながら、徐々に短剣がイマノルへと近づいてゆく。

 あれ――? 流石に、遅くないか?

 もう、ここまで短剣は迫っているんだぞ。この短剣を受けたら、流石に致命傷になるから、なにか手立ては必要なんだが?

 もしかして、演技ではない――?

 その可能性に思い至ったときには、短剣はあと数ミリでイマノルの体を貫こうとしている。

 流石に、この体勢から短剣を当てるのをやめることはできない。

 いや、一つだけ方法がある。

 刹那、〈繰糸の指輪〉を使って、真後ろに糸を粘着させることで、腕に急ブレーキをかける。

 寸前のところで、短剣の刃はイマノルに刺さることはなかった。


「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」


 よほど怖い目にあったとでもいいたげに、イマノルは荒い呼吸をしていた。


「おい……イマノル様、弱くねーか」

「いや、あの錬金術師が強すぎるんだろ」

「そりゃ、あれだけできれば、数々のモンスターを倒せるよな」


 観客たちも異変に気がついたようで、さっきまでの評価を一転させていた。


「ひ、卑怯だぞ!」


 ふと、イマノルが大声をだす。


「いろんな武器を使って卑怯だ! それじゃ、僕が勝てるわけがないだろ!」

「はぁ……」


 なんていうか、イマノルの主張に呆れてなにも言えないでいた。


「まぁ、確かに、あの錬金術師、いろんな手を使っていたけどよ」

「でも、決闘なんだから、それが当たり前じゃね?」

「錬金術師なんだから、いろんな道具を使うのは当たり前だよな」


 観客たちもイマノルの意見に同意できないようで、困惑していた。

 一部、イマノルを擁護する声もあったが、それらの声は少数だったため打ち消されていく。


「ふざんけんなっ! 正々堂々と戦えば、僕が負けることはないんだよ!」


 対して、イマノルはまだ文句を口にしている。


「そうか、俺が悪かった……」


 ぽつり、と俺は思ったことを口にする。

 そう、俺が悪かったのだ。

 相手が剣聖だから、期待していた俺が悪かったのだ。

 剣聖相手にも、ちゃんと『縛りプレイ』をする必要があったんだ。


「わかった、お前の言い分を認めよう。俺は卑怯だった」

「そ、その通りだ! 兄さんは卑怯だ!」

「それで、どうすれば、お前の思う正々堂々な戦いができる?」

「その、おかしな移動をする糸みたいなやつは禁止だ!」

「わかった、受け入れよう」


〈繰糸の指輪〉を外して、〈アイテムボックス〉に収納する。


「あと、この毒を治せ! そして、毒を使うのは禁止だ」

「わかった、受け入れよう」


 そう言って、〈解毒剤〉をイマノルに手渡す。

 

「弓矢と爆弾を使うのも禁止だ。あんなの卑怯者が使う武器だ!」

「わかった、弓矢と爆弾も使わない」


 ということは、短剣のみを使って戦う必要があるな。


「それと、卑怯な手を使ったお詫びだ。回復薬を使って、万全な状態になってくれ」

「当たり前だ。さっきまでの戦いはなかったことにすべきだからな」


 そう言って、イマノルに上級回復薬を手渡す。

 それからイマノルが元の調子に回復するまで、俺は待っていた。


「ふぅ、これで、やっと正々堂々と兄さんと戦える」


 調子が戻ったイマノルはそう言って、決闘場の中央に来た。


「なぁ、イマノル」

「なに?」

「これだけ譲歩してやったんだ。もちろん、俺に勝てるんだよなぁ?」

「当たり前だろ。剣聖の僕が、錬金術師の兄さんに負けるはずがない」

「その言葉を聞けて安心したよ」


 それだけ豪語するってことは、信じていいのだろう。

 俺は『縛りプレイ』が好きだ。

 なぜなら、常に自分は相手より弱い状況だから。

 その緊迫感がたまらなく好物だ。

 さぁ、今度はどうやって生き延びようか。


「ちゃんと、俺を楽しませてくれよ」


 念を押すようにイマノルにそう言う。


「ふんっ、兄さんを絶望に変えてやる」


 よしっ、その意気だ。

 だから、次こそは俺を楽しませろ。

 もし、その期待に応えられないなら、多分俺は、キレると思う。


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