―36― 試合開始

 決闘当日。

 非常に盛況だったらしく、観客席は満席とのことだった。


「よう、ユレン。お前なら、勝てると信じてるぞ」


 決闘場の控え室にいると、ジョナスがやってきては俺のことを激励してくれる。


「期待に応えられるようがんばります」


 と、俺は礼儀正しくお礼を言った。


「そうだ、来ているのは俺だけではないんだ。他の者たちも来ている」


 後ろを見ると、たくさんの冒険者たちがいた。

 確か、どの冒険者も一緒にダンジョンを潜った者たちだ。


「お前なら、余裕で勝てる!」

「がんばってね!」

「貴族なんてぶちのめしてしまえ」


 と、皆が口々に激励してくれる。

 それに一通りお礼を言うと、皆控え室から出て行った。


「それじゃあ、存分に楽しんでくるんじゃなぁ」


 控え室に唯一残っていたフィーニャがそう口にする。


「あぁ、楽しんでくる」

「ふっ、どうやらあまり緊張はしていないみたいだな」

「緊張はしているさ。緊張も含めて楽しんでいるんだよ」

「なるほど、そういうことか」


 フィーニャは苦笑していた。


「それじゃ、行ってくる」


 そう言って、控え室を出た。


「おっ、あいつがレベル1のくせしてズルをしている冒険者だぜ」


 と、観客の誰かがそう言ったのが聞こえる。


「おい、ズルしやがって、許せねぇよなぁ」

「キャー、あの方が剣聖のイマノル様よー!」

「イマノル様、かっこいいーっ!」

「剣聖様、あんな屑野郎倒しちゃってー!」

「イマノル様ー! あんなやつ成敗してください!」


 どうやら観客たちの声を聞く限り、ほとんどの冒険者が俺がズルをして功績をあげていると思っている様子だ。

 この様子を見る限り、父さんが行なった宣伝は無事広まっているようだ。

 まぁ、俺は非戦闘系のジョブの錬金術師でレベルは1。

 実際に、俺の戦いを見た一部の人じゃないと、俺の功績が本当だと信じることができないのは仕方がないことかもしれない。

 なので、ほとんどの観客がイマノルが勝つと思っている。


「やぁ、兄さん。久しぶりだね」


 決闘場の中央にいくと、イマノルがすでに待っていた。

 その手には、剣聖らしく立派な装飾が施された大剣が握られている。


「あぁ、久しぶりだな」

「今日のこと、結構楽しみにしてたんだ」

「それは奇遇だな。俺も今日が楽しみだった」

「ふっ、そうやって、笑ってられるのも今のうちだよ。僕は、兄さんに屈辱的な敗北を味わわせるために来たんだから」

「そうか、それは楽しみだ」


 いいねぇ、相手が強ければ強いほど、俺は興奮する。実に楽しみだ。


「ちっ、僕はさ、兄さんのこと昔から嫌いだったんだよ」


 と、イマノルが不快なことを思い出すかのような表情をしていた。


「そうか。それは悪いことをしたな」


 嫌われるなにかをした覚えがないが、そういうことなら謝っておこう。


「勉学でも武術でも、いっつもいっつも兄さんは僕より優秀な成績を出してさ! そのせいで、何度苦汁を飲まされたことか」


 イマノルは鬼気迫る声でそういい放つ。


「だが、それも今日で終わりだ。この決闘で、僕のほうが兄さんよりもずっと優秀だってことを証明してみせる!」


 なるほど、どうやら俺の弟は相当の覚悟をもって、この場に挑んできたらしい。

 それが、とても嬉しい。

 決闘というのは、双方にやる気がないと成り立たない。だからこそ、イマノルがこれほどのやる気をもって、俺の前に立ってくれたことを心から感謝しないとな。


「ありがとう、イマノル」


 だから、俺はお礼を言った。


「なんで、お礼を言うの? 精神攻撃のつもりなら、無駄だよ兄さん」

「いや、俺は心からお前に感謝しているんだ。俺のことを恨んでくれてありがとう! だから、全力で俺のことを殺しにこい!」

「言われなくても、こっちはそのつもりだ!」

「いいね、いいね、その意気だ、イマノル。さぁ、最高な決闘になるようお互いがんばろうや!」

「意味わかんねぇ」


 イマノルがそう言うや否や、お互い押し黙る。

 それを見た審判が、二人とも準備完了とみなしたようで、合図を送った。


「試合、開始!」


 この瞬間より、俺とイマノルによる決闘が始まった。


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