#06 永遠と楽器屋(追想) ―Must◯ng―
――中学を卒業して、高校の入学式までのお休みのとある日。今から約一年前のこと。恐る恐る入った『ギターガレージ』。
「いらっしゃいませー」
「あのー……ギターの弦が欲しいんですけど……」
「はいはい、ゲージ……太さはどれがいいのかな?」
「えっと、このギターと同じで、できれば張り替えもお願いしたいんですけど(めんどいんで)」
「いいですよ。じゃあちょっとギター、預かりますね」
そう言って店の奥に戻る店長。待っている間、私は店内のギターを見て回る。
(うわーこのギター25万円とかするんだ……)
私のお小遣いじゃ絶対買えないギターやベースたち。ぶつかって倒したりしたらヤバいんじゃないかって思って、すぐに入口の近くに戻ってじっと待つ。
すると奥から店長と長髪のお兄さんが神妙な顔つきで出てくる。張り替え、もう終わったのかな? さすがお店の人。仕事早い。
「えっと、これは君のギター?」
「え? は、はい、私のですけど」
「随分といいギターだよね?」
ん? いいギター? 確かにオレンジ色で可愛いし、赤のラインがおしゃれだし、小さいから弾きやすいよ。
「はい、凄く弾きやすくて好きです。可愛いですし」
「これ、自分で買ったの?」
「いえ、パパ……いや、父からもらったんです」
「あーなるほど。このギターはね「店長ここからは僕が」」
「は、はぁ……」
フミヤさんの第一印象はその風貌から、実はそんなに良くはなかった(フミヤさんゴメン)けど、その静かでスローかつ丁寧な口調に、私は否応なしに引き込まれていく。
「これはですね、フェ◯ダーのムス◯ング、っていうアメリカのギターなんです」
「はい、それは父に聞いたことがあります」
「このギターって、綺麗ですけど、恐らくですが1969年製なんですよ」
「そんなに古いんですか? 確かにちょっと傷とかありますけど……」
1969年? 私産まれてないじゃん。なんならママだって産まれてないよ。
「しかもです。この色。これはコンペティションオレンジって言って、当時一番生産数が少ない色なんです」
「そうなんですね」
「さっき貴方が仰った通り、多少の傷はありますが、それ以上に
「なるほど……」
と返したものの、正直ちっともわかっていない私。どうやらそれがバレたみたいで、
「もしこのギター、
と聞かれて、改めて私はぐるっと店内の高そうなギターと自分のギターを見比べながら、なんとなく予想してみる。
(私のがいくら古いギターだとしても小さいから、子供用ギターだろうし……よし)
「えっと……15万くらい……ですか?」
「いいえ。税込このくらいです」
と、フミヤさんがおっきな電卓をパパンと弾き、私に向けた。
(っ! ろ、63万……!)
このギターは私が最初にパパからもらったもので、それは嬉しかった覚えがある。何しろ最初にもらったものだから愛着もあるし、色も綺麗でちっこいから、丁寧に可愛がるように弾いてきたギター。よかったよ、丁寧に扱ってて。というかパパなんで教えてくれなかったのさ。
「こんなにいいムス◯ングは本当に久しぶりです。で、お願いなんですが、このギター、弾いてみてくれませんか?」
「は、はぁ……」
そう答えるや否や、私は半ば無理やり防音室に案内されて、さあどうぞと促された。店長はもうニコニコで、その一方フミヤさんは表情を変えずに私を凝視。
人前で弾くのって恥ずかしいよ。でもここまで来ちゃったら弾くしかないか。とりあえず、いつもの手癖のフレーズやカッティングなんかを織り交ぜて弾き始めた。
「……いい音ですね。うん、わかりました」
「え? わかった……ですか?」
「はいわかりました。貴方の弾き方なら、むしろ今の弦より一段階太い弦がいいかもしれませんね。そのぶんほんの少しだけ弦高を下げてみましょう。ちょっと待っててください」
そう言ってフミヤさんはそそくさと作業場へ戻って行った。ポツンと防音室に残された私と店長。お互いに顔を合わせて苦笑い。
「ごめんねお客さん……あ、僕はここの店長で寺田、といいます」
「えっと、
「永遠さん。いい名前ですね。ちなみに永遠さんはおいくつですか?」
「15歳……もうすぐ高一です」
「15歳!? あ、ごめんね。随分と大人びて見えたから。でも15歳かぁ。とんでもなく上手いですよギター。やはりお父さんに習ったのかな?」
私の周りにギターを弾く子はいないから、どうにも比較ができないんだけど、そんな驚くことなのかな。
「いえ、教則本と教則DVD(という名のパパ製の私だけのオリジナルDVD)だけです」
「そりゃすごいなー! 独学でそれだけ弾けるんだから大したもんだよ」
そのあとも、いつから弾いていたのかとか、他にもギターは持ってるのかとか、なんか根掘り葉掘り聞かれたんだけど、店長の気さくな感じに、ついつい色々答えちゃった。
するとフミヤさんが私のギターを持ってきて、
「とりあえずこれで弾いてみてもらえませんか? 同じフレーズで」
「は、はい、わかりました……」
と、渡されたギターのネックを握りフレットを押さえると、いつもと違う感じがした。なんか少し硬いけど、押さえやすいかも。
フミヤさんに言われるまま、さっき弾いたフレーズをもう一度弾いてみた。
(! あれ? なんかすごく弾きやすくなってるんですけど!?)
まるで私のために作られたギターなんじゃないの? って思うくらいにスルスルとフレーズが紡がれる。あまりの気持ちよさに、ついつい余計に弾いちゃった。
「す、すごい弾きやすいです! えっと……」
「あ、僕は
「リペアマン……?」
「要するにギターを修理したり、お客さんの要望に合わせて調整したりする人、ですね」
「そうそう。こいつは見た目はこうだけど、腕はいいんだよ。永遠ちゃん、こいつにこのギター、少し預けてみてもらえないかな?」
「それはいいんですけど……私学生なのであまりお小遣いないんです……」
「なるほど。ではこうしましょう。正直に言いますね。このギター、僕はものすごく気に入りました。なので、もっといい音にしたいんです。これはあくまで僕の我儘なので値段は……そうですね、これならどうですか?」
パパンと電卓を弾き、フミヤさんに差し出されたそれを見ると、3,000と表示されていた。3,000円なら私のお小遣いでもどうにかなるかも。でも、これって安いのか高いのかまったくわからないから、「お願いします」とだけ告げて3,000円を手渡した。
「ちょうどリペアも落ち着いてますし、そうですね……来週の土曜日にはできると思いますがどうですか?」
気づけば私のギターはおじさんお兄さんに拉致されていた。
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