#05 永遠と楽器屋 ―#612◯/1958―

「ねぇ。ほんとに『動かない人』見に行くつもり?」

「もちろん行くさー。だって面白そうでしょ?」


 カレーを思う存分(特にツナが)堪能した私たちは今、二人でお風呂に入っている。もう小さい頃から一緒に入ってるから、お互いになんの遠慮もなく、「一緒に入る?」など確認せずとも呼吸をするかのように自然に。

 うちのお風呂はツナ曰く割と広いらしいけど、さすがにこの年では湯船までは一緒じゃないから、私が体を洗えばツナは湯船でのんびり、そしてその逆もまた然り。というかツナ、湯船の淵に『置きパイ』しないで。私置けないんだから。悲しくなるでしょ。


「確かに興味がないわけじゃないけど。わざわざ見に行くまでは考えなかったよ」

「ま、見に行くくらいなら大丈夫だって。あ、私そろそろ髪の毛洗いたい」

「うん、了解」


 ここで湯船から上がるツナの小さいくせにグラマーな体型にため息を吐きながら、交代でザブンと湯船にインする。なんでここまで差が付いたかなぁ。


 私も自分で言うのはなんだけど、スタイルは悪くないと思うんです。ただ、ママに似たのか『スレンダー』な体型なので、胸は正直ツナほどはない。ツナに言わせれば『胸が大きいと服選びに苦労する』らしく、こっちこそ永遠とわの体型が羨ましいといつもボヤく。まぁ、『隣の芝生は青く見える』ってやつなんだろうね。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 パジャマに着替えた私たちは、私の部屋で思い思いの時を過ごす。本を読んだりくだらない話で盛り上がったり。ちなみに私の部屋は、『倉庫』とは違って楽器に関係するものは全く置いてなくて、その代わりに画材やPCや学校の教材、あとは枕元にクマのぬいぐるみが一つと、趣味で集めてるものを収めたガラスのディスプレイラック、といった普通のJKの部屋そのもの……と、私は思ってるんだけど、JKの部屋にはダブルのライダージャケットなんか掛かってないといつもツナに言われる。そうは言うけど、このジャケット気に入ってるしカッコイイと思うんだけど。だってワンスターだよ、ワンスター。


「いやいやそういうことじゃないんだって。カッコイイのは百歩譲って認めるけどさ、JKとしてどうなの? って話。そもそもそのクマのぬいぐるみだってバンド関連じゃん。デッドベアっていうんだっけ?」

「いいじゃない別に。ツナ以外はコーちゃんくらいしかうちには来ないんだから。クマだって可愛いし」

「そのクマが可愛いのは同意」


 コーちゃんっていうのは、私たちと同級生の男子で、ツナの長年の彼氏でもあり、フルネームは茶渡さわたり広大こうだい。私がツナたちの通う小学校に三年生で転校した時に、最初にできた唯一の男子の友達で、以来ずっと妙にウマが合って今に至っている。ちなみにその頃からすでに二人は付き合っていて(超マセガキ)、でも、そんな二人の中にいるのがとても心地よくて、「永遠がいないとつまんない」っていつも言ってくれる大事な友達。

 中学にあがってから、コーちゃんはドラムを習い始め、今じゃ近隣ではたぶん一番うまい高校二年生なんじゃないかな。体も結構でかく筋肉質、そのせいかそのドラムスタイルはいわゆるパワーヒッターで、自称『◯◯市のチ◯ド・スミス』と豪語している。その割には意外と頭も良い。私と同じ高校に合格して、一人不合格なツナを二人して慰めたこともある。


「ってか、広大にバンド誘われてるんだよね? どうするの?」

「うーん、正式に入っちゃうと自分の時間が取れないじゃない? だから、いままで通りあくまでヘルプでなら、って言ってるんだけどね」

「そっか。そうだよね、バンドに入っちゃうと私も永遠と遊べる時間が減っちゃうから今が丁度いいのかもね。でもなぁー、また二人のバンド観たいなー」


 ツナとコーちゃんには言ってないんだけど、バンドのメンバーの中に苦手な子がいるんだよね。それが『正式なメンバーになること』を断っている理由でもある。別に隠してるわけじゃないけど、わざわざ二人に言うつもりはないし、言うとかえって自分が辛くなる。正直思い出したくない。そして向こうはたぶん覚えてない。


 そろそろ時間も日を跨ぎそうな頃、私たちはそれぞれの寝床、私はベッド、その横に敷いた布団(もちろんお客様用じゃなくツナ専用)にツナがもぞもぞと潜り込み、灯りを消して、おやすみの声を掛け合って眠りについた。


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 次の日の朝。


 玄関先でツナを見送ってから、簡単な朝食を食べておでかけの準備を始める。


 バックパックにいつものようにスケッチブックと色鉛筆、水筒と汗拭きタオルなんかを詰め込む。

 このバックパックは、高校の入学祝いにママに無理言って買ってもらったお気に入り。私の通う蔦ノ原つたのはら高校は、私立のわりには自由な校風で、通学鞄も自由。だから高校はリュックで登校したい、そんな妙な憧れでネットで色々探した末に見つけた『ミステリー◯ンチ アーバンアサルト24』。 ツナに見せたら、山登り? とか言われちゃったけど。なんでこれにしたかって言うと、丈夫そうでカッコいいっていうのと、この商品、偶然にもカラーバリエーションに『アイヴィー』があったんだよね。綺麗な色だったんだけど、さすがにそこまではやりすぎかと思って、無難な黒にしたってわけ。

 で、これにさらにニクワ◯クスで防水加工。これもネットで探した。だってティッシュペーパーも防水にできるんだよ? 凄くない? しないけど。


 そして昨日届いたギターケースを慎重に折りたたみカートに括り付けた。本当はこの雨の多い時期に楽器は持ち出したくないんだけど、後回しにするとめんどくなるな、って思って今日決行する。

 今日は一人で出かけるのもあって、ごく普通の細身のデニム。帽子はいつものキャスケットを目深に被り、上着はパパがカムデン・ロックで見つけて送ってくれた長袖の拘束衣モチーフの白いガーゼシャツ。これ、小さめとはいえメンズだから、私が着ると意図せず『萌え袖』になる。でも生地が生地だけに存外涼しい。足元はそれと一緒に送ってきたドクター◯ーチンの8ホールブーツ。とまぁ、要は趣味全開のコーデです。っと、カラコン入れるのも忘れないよ。


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 電車に揺られて20分ほどの目的地。ふっと一息ついて、地下に降りる狭い階段をゆっくり慎重に降りる。ケース落としたら大変だしね。

 『ギターガレージ』と貼られたガラスのドアを開けると、そこはマニアには垂涎モノらしいギターやベースが所狭しと吊るされていたりスタンドに立てかけてある。

 らしい、というのは私にはイマイチその価値というのがわからないから。あくまでギターは私の趣味のひとつでしかないから、それが高かろうが安かろうが『弾きやすくてカッコよくていい音(自分基準の)』がすればなんだっていい。

 と、これを言うといつもここの店長に怒られるんだけど。だって仕方ないよ、ギターって買ったことないんだもん。


「おー永遠とわちゃんいらっしゃい。お? それが新しいギター?」

「こんにちは店長。はい、昨日届いたんです。フミヤさんいます?」

「おう、奥で作業してるからちょっと待ってな。おーいジミヘン。永遠ちゃん来たぞー」


 そう大きな声で店長がカウンター奥の作業スペースに声をかけると、のそのそと黒髪長髪の色白お兄さんが眠たげな目をしてかったるそうに出てくる。

 この人はこの店のギターの修理・調整業務を一手に担う多治見たじみふみさん。見た目はわかりやすいほどの音楽好きといった格好なんだけど、ちゃんと小綺麗を心がけているせいか、いやな印象はない。話してみるとすごく紳士的で、私ごときのJKのギターも、きっちり弾きやすく調整してくれる。

 ちなみにその名前をもじって、店長からは『ジミヘン』と呼ばれているけど、フミヤさんは右利きで、しかもベーシストで色白だからちっともジミヘンじゃないんだけどね。


「神代さんいらっしゃい。あ、これが新しいギター……#612◯かな?」

「すご。ケースだけでわかるんですか?」

「#612◯は何度も見てますから。しかもこれ当時のオリジナルケースですよ」

「そうなんですか。よくわかりませんけど」

「ほんと神代さんはギターのこと知りませんよね」


 うん、だってこのギターがグレ◯チの#612◯って昨日知ったばかりだしね。カッコイイからいいんです。やれやれといった表情を浮かべながらケースを開けるフミヤさんと、それを後ろからニヨニヨして見てる店長。すいませんねギターのこと知らなくて。


「うわ……。1958年じゃないですかこれ」

「そんなに古いんですかこれ?」

「そうですよ。しかもここまで状態のいい#612◯は久しぶりに見ましたよ」

「永遠ちゃんこれウチで買い取ろう「だめです店長」」


 これも毎度のことで、私がギターを持ってくるたびに店長は私のギターを買い取りたがるんだよね。で、それをすぐに止めるフミヤさん。この二人の掛け合いが見たくて『ギターガレージ』に通ってるといってもいいくらい。もちろんお店の雰囲気とか、フミヤさんの腕の良さっていうのが一番だけど。

 そもそもこの店を知ったのはほんとに偶然。最初にパパからもらったギターの弦、替えたいなと思いながらたまたまこの店を見つけて入って、ついでに張り替えも頼んじゃえとギターケースを渡した時からこの二人は何かと可愛がってくれる。今でもその時のことを思い出すたび、面白くて笑っちゃうんだ。



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このあたりから永遠の趣味全開になっていきます(たぶん)

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