泣くとて、憎むとて

 無事に帝への挨拶が終わり学舎の新学期が始まった。新たな時間割を組んで忙しい日々が戻ってきても、コウロゼンは常にどこか上の空だった。ショウザンをはじめとする友人たちが心配してきたが、彼らに遠征のことは言えなかった。そんなある日、高等学舎の三学年が合同で、授業ごとに研究したことを発表する会が開かれた。コウロゼンは国政の授業の研究班に入ったが、もちろんクジャクアオも同じだった。第二学年とコウロゼンたち第一学年の生徒が研究成果を全員の前で発表し、それを第三学年の生徒たちが評価するというものだった。壇上にいる他の研究班を見ながら、評価する第三学年の生徒がクジャクアオにならないようにと祈っていた。コウロゼンが中等学舎生だったときに、クジャクアオは二度も最優秀研究賞を受賞している。彼にとって、姉の存在はこの上ないプレッシャーだった。

「国政の研究班は壇上にどうぞ。」

自分たちが呼ばれたのに気づき、壇上に向かう。公正を期すために、評価する第三学年の生徒の名が入っているくじ引きの箱に片手を突っ込む。深呼吸してから、紙を開く。そこには自分と同じ苗字が書かれていた。愕然とし、その場で体調不良を訴え帰宅することも考えたが、自分の研究成果に自信を持ちたかった。コウロゼンの発表の番となり、評価する生徒がクジャクアオだとわかると会場はざわめきに包まれた。足が震えそうだった。

「私が研究したのは、我が国と他国の貿易の‥」

自分の声が他人のもののように感じ、汗が噴き出してきた。クジャクアオは感情のない顔で発表を聞き、足を組んで座りこちらを見ていた。何度も噛みながらも発表を終えると、静かに姉の評価を待った。先生の助けも借りながら、書き上げた研究をこき下ろすことはできないだろう。

「良い研究だ。」

思わず目を見張った。

「見出しの文字など、みみずのようで実に滑稽だ。これは演出か?」

動けなかった。動けない自分をほかの生徒が見ている。

「研究課題の選定はそなたが行ったのか?」

「はい」

自分でも情けない声が漏れる。

「抽象的すぎる。なにに焦点を当てて研究したのか全くわからぬ。大体貿易の研究など腐るほど既出の論文がある。それにこの情報の図も数値も間違っている。昨年度の経済成長率の単位が違う。国政の授業でなにを勉強したのだ。ご長男、来年度は励むよう。」

あまりの悔しさと怒りから、耳鳴りがした。その日帰宅したコウロゼンは、食事もとらず部屋で声を押し殺して泣いた。一年をかけて完成させた研究をあざ笑われたこと、大勢の前で恥をかかせられたことに、思わず熱い涙が溢れた。そして半年後の遠征への恐怖で押し潰されそうになった。

 研究発表の次の日から、学舎のどこへ行ってもほかの生徒にくすくすと笑われているような気がした。友人たちは気にするなと言うが、コウロゼンは参っていた。姉への憎しみで体がはじけそうだった。

 優秀であることに腹が立った。周りから尊敬されているのに腹が立った。容姿が優れていることに腹が立った。父に信頼されていることに腹が立った。姉のすべてが憎かった。

 そんな時に事件は起きた。遠征へ行く予定の国から手紙が届いた日である。宛先は、クジャクアオとコウロゼンの姉弟だった。手紙の宛先を見た仕えは、長子であるクジャクアオにそれを渡した。呪術師のかけた呪いが封じられているとも知らずに。ギンススタケが激怒しても、アワフジが嘆き悲しんでも、国内最高の医者にかかっても、クジャクアオが声を出せるようにはならなかった。コウロゼンは、一歩間違えば自分が呪われていたかもしれないと思い震え、そしてわずかに姉に同情した。しかし、学校で絶大な人気を誇るクジャクアオの悲報を聞きつけた生徒たちが、一斉に手話の授業をとり始めたのを見てその同情も薄らいだ。身内のコウロゼンも当然同じ授業をとらねばならず、クジャクアオの信者たちと同じ教室で授業を受けるのは苦痛だった。大体話せなくなったのは姉ではないか。それに、これはこの間の天罰かもしれない。口が裂けても言えないが、コウロゼンは密かにそんなことも考えていた。

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