憂うとて、決めるとて

 屋敷に戻り、雪の日に一人で友人の家に行ったことに小言を言う仕えの者をあしらいながら、新年の挨拶のためにギンススタケの部屋へと向かう。戸を叩こうとすると、警備の近衛兵から、ギンススタケは席を外している、と告げられた。どこへいるかはわからないという。コウロゼンは礼を言うと、先にアワフジに挨拶をしに行くことに決めた。アワフジの部屋は屋敷の入り組んだところにあって、不思議な雰囲気がある。名を告げてから中へ入ると、ベニキキョウが飛び出してきた。

「お兄さま!新年おめでとう!」

腰に抱きついてきた妹に微笑み、おめでとうというと、奥にいる母親に頭を下げた。

「母上、あけましておめでとうございます。」

おめでとうと返すアワフジの声は、心なしか元気がないように聞こえた。

「どうかされたのですか、お元気がないようにお見受けしますが。」

「心配は無用じゃ。」

どうみても「心配は無用」ではなさそうな母親に後ろ髪をひかれながらも、コウロゼンは部屋を後にした。さて、ギンススタケはどこに行ったものか。家族に新年の挨拶をしないわけにはいかない。もちろんクジャクアオを除いてだが。ギンススタケへの挨拶のことは一旦頭の隅に押しやり、食事をすることにした。まだ昼過ぎだったためか、あまり人はおらず朝食をとっていなかったコウロゼンは新年ならではの豪華な品々を口にした。すると扉から父親の側近である、大臣が食堂に入ってくるのが見えた。彼女は中流階級の出だが、能力を評価され上り詰めた者の一人だった。コウロゼンが彼女の名を呼ぼうとすると、なにやら深刻そうな顔をしてほかの家来と話し込んでしまった。なにかあったのだろうか。そう考えている間もなく、身を翻して食堂から出て行きそうだったので、慌てて追いかける。

「父上がどこか知りませんか?」

新年の挨拶の後に尋ねると、

「ギンススタケ様は立て込んでいて、中々お屋敷にお戻りになられないのです。」

と告げられた。

「父上は、新年初日だというのに出かけてらっしゃるのですか?さすがに明日までには帰ってらっしゃいますよね?陛下への挨拶の日ですよ!」

続けざまに言うと、煩わしそうに今晩までには帰ってくるという答えだった。そして思い出したかのように、ギンススタケからの伝言を伝えられた。

「今日中に明日着ていく服を選んでおくように、あと雪の中一人で出かけるのはよせ、ということです。」

昨夜友人宅へ行ったことの、情報のまわりの速さに舌を巻いていると、大臣はあっという間に階段を下りて地下へ消えてしまった。食堂での彼女の深刻そうな態度を思い出し、少し気がかりだったが、まずは自室へ戻り、父の言う通り翌日着る服を選ぶことにした。今年もまたあれをやるのか、とコウロゼンは憂鬱になった。年が明けて2日目に、この家は帝のもとに挨拶へ行くのだった。実質この国での最高権力者は、家長であるギンススタケなのだが、帝のもとへ行くというのは古くからの伝統であった。なぜ憂鬱かと言えば、ひどく退屈で長いからである。長々と祝辞を述べ、国の発展を願う祈祷、さらにはお祓いをしなければならないのだ。幼いころに比べれば耐えられるようにはなったが、高等教育を受けている今でさえ考えただけで憂鬱になる。妹のベニキキョウは毎年儀の途中で癇癪を起こし、侍女に連れ出されている。それを見るたびに自分も、妹と同じことをすれば、この地獄から抜け出せるのではないかという馬鹿らしい案が頭をかすめるのだが、もちろん実行したことはない。

「はぁ」

ため息をついて、洋服箪笥を開け服を選び始める。去年と同じでいいかと思い、衣紋掛けから深い緑色の丈の長い服をとって、鏡の前で体にあててみると全く大きさの合わないことに気付いた。昨年のこの時期に比べだいぶ身長が伸びたのだろう。服飾係を呼びだして、裾だしを頼むとコウロゼンは寝床に仰向けになった。精巧に星座の描かれた天井を見つめていると段々眠気が襲ってきた。昼下がりの睡魔に、意識を手放した。

 戸の叩かれる音で覚醒したコウロゼンは、慌ててさもずっと起きていたかのように気丈な声で要件を尋ねた。

「ギンススタケ様がお呼びです。」

急いで寝ぐせを押さえつけると、近道である屋外にある廊下を通る。なんともう日が沈んでいるではないか。鳥の声を聴きながら、コウロゼンは自分がどれほど寝てしまったのかと悔やんだ。息が白い。廊下を抜けて、ギンススタケの書斎の前に立つと、

「コウロゼン」

と後ろから声がかけられた。

「父上!今までどこに!あ、あけましておめでとうございます。」

挨拶を返した父親は疲弊して見えた。その姿には、今朝の元気のない母の姿が重なった。裏庭を歩きながら話そう、というギンススタケの提案で二人は外にでた。寒さが体を蝕んだが、コウロゼンは何を話されるのだろうという好奇心と不安で、チラチラとギンススタケの横顔を伺っていた。

「半年後の遠征のことについて話したい。この間二人に作戦を提案してもらったが、少し雲行きが怪しい。」

「雲行き、ですか。それは我々が解決できるものなのですか?」

「おそらく、厳しいだろう」

心臓がドクンと跳ねるのを感じた。

「何が起きているのですか?もしかして相手の国は、我々の眼を欺いて他国と同盟を組んでいたとか?」

ギンススタケの顔に苦悩が浮かんだ。

「いや、この遠征に関する大きな問題は二つある。」

「二つも‥」

「そうだ、まず我が国の問題だが、軍の中に寝返った者がいる。我々の侵略の為の遠征の情報がもう漏れていたのだ。」

「誰ですか!誰が寝返ったのですか!」

「残念ながら特定できないが、指揮官の中にいるらしい。相手国から莫大な報酬を受け取ったのだろう。」

軍の指揮を執る指揮官全員に嫌疑がかかるとなれば、彼らを解雇し、指揮官が不在の状態で出陣しなければならない。

「もう一つは、相手国の攻撃法だ。どうやらあの国は呪術師を大量に雇ったらしい。」

「呪術?うわさに聞いたことはありますが、実在するのですか?大きな戦いに使うことなどできるのですか?」

「そうらしい。侵略する以上多少の抵抗は予想していたが、まさか呪術とは‥すまない私の責任だ。」

「呪術だなんて誰も想像できやしませぬ。我々は遠征を中止するべきですよね。」

「いや、それが‥」

ギンススタケが口ごもる。

「どちらにしろあの国は我々を攻撃してくるようだ。」

殴られたような衝撃を受けた。呪術を操るような国と戦わなければならないなんて。悔しいが、優秀な姉の見解を仰がずにはいられなかった。

「クジャクアオ殿はなんと?」

「私は反対なのだが、お前とクジャクアオの二人で軍を率い、指揮官となって遠征に行くべきだと考えているようだ。」

彼ら姉弟は、今まで戦略を練ったり、遠征に見学のような形でついて行ったことはあるが実際に軍の指揮官を務めたことはなかった。ギンススタケの表情が曇る。

「子供たちを戦いに送り出すことなどしたくはない‥」

コウロゼンも、怖いという感情が心を占めてしまった。まさかこんなに早く国のために命を危険にさらす日が来るとは思っていなかった。しかし、コウロゼンたちが安全なところにいる間も軍の最前線では兵士が命を賭して戦っているのだ。

「父上」

二人の目が合う。

「行きます。私は行きたいです。」

彼の目に浮かぶ決意を見たのか、ギンススタケはゆっくりうなずいた。今日は冷える。

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