ある悪魔のいつも
重い瞼を上げるといつもの景色が目に映る。ゆっくりと体を起こし欠伸を一つするとすぅと頭が冴えていくのを感じる。ベッドから降り普段の服装に装いを変える。そして俺は魔回廊を開いてある場所へ向かった。
魔回廊を抜けるとそこは壁一面が本で埋め尽くされた洋館のようなところにでる。ここは悪魔の館。名前がそのまんまなのは名付けた奴が適当につけたのか、よくわからないが俺たちは悪魔の館のことを『館』と呼んでいる。そしてこの館では人間の悪魔召喚に関する悪魔側の諸々の手続きができる。
まず悪魔召喚というのは人間が悪魔を専用の魔法陣を使って呼び、対価を支払い願いを叶える儀式だ。悪魔は対価を目的に人間の願いを叶える。対価さえ払えばどんな願いでも悪魔は叶えられる。しかしその対価を過剰に求める悪魔も少なくない。もともと悪魔というのは自己中心的で己のためだけに存在する。しかし毎回過剰に求めすぎると人間から召喚されることが少なくなってしまう。特段生命にかかわる害はないものの、娯楽が減ってしまうのは事実である。そのためこの悪魔の館で対価などを多少管理することでバランスを保っている。
また、館では悪魔召喚をしようとしている人間の情報を集めている。そのため館には多くの悪魔が集まる。俺もその悪魔のうちの一体なのだが、それほど頻繁に来ているわけではなくやりたいときにやっている。中には毎日のように来ているやつもいるが、よく飽きないなと感心する。
俺が今日きた理由は、面白そうな人間の情報がないかの偵察だ。館の集めた情報にはその人間の願い、対価に払えるもの、略歴、どんな悪魔を望むかなどがありそれをみて俺たちは召喚に応じる。たまに面白い願いや対価があるためそれを目当てに召喚されることも多々ある。所詮暇つぶしなのだからこんな感じの理由でいいのだ。俺は館の壁から一冊の本を取り出し近くにあった一人掛けのソファに座ってパラパラと眺める。ここに人間の情報が書かれており随時追加される。ちなみに無数の本がここにはあるが、中身はすべて同じである。
「あ、リアンさん。なにか面白そうなのありました?」
少しの間読んでいると少年の悪魔に声をかけられた。彼はハル。さっき話題に出た毎日のように館に来ている悪魔だ。
「ハル。いや、今んとこねぇな。そっちはなんかあったか?」
ハルは悪魔の中では温厚な方で人間の研究をしている。そのため館によく来ているのだと前に言っていた。俺とハルは気が合うのでこうしてたまに会っては近状報告や出会った面白い出来事について話している。
「ええ。面白そうな人間がいまして、2人ほど見つけたので片方どうですか?」
「ほー。どんな奴だ?」
俺が興味を示すとハルは俺の向かいにある椅子に座り、持っていた本を確認し始める。
「まず一人目はアメリカの心理学者です。でもこっちの人はリアンさんにとってはあまり面白くないかもしれません。」
確かに俺は興味ないな。でもハルにとっては人間の研究にとても役だつ人間だろう。
「もう一人はニホンの学生です。こっちの人間もすごく面白そうなんですけど、やっぱり俺心理学者のほう行きたいんですよね。」
眉間にしわを寄せ悩む姿は少し前に日本でみた変なものを食っていた子犬のようだった。
「だろうな。じゃ、学生の方は俺がやってもいいか?学生が、しかも日本の学生なんて珍しいからな。」
俺がそう答えるとハルはうれしそうな顔をし俺の持っていた本のページを開く。そして俺に渡す。そこにはハルの言う学生の情報が載っている。
「ええ、もちろん!学生の名前はトーヤ。トウキョウの学生だそうです。詳しいことはページを見てください。では、俺は心理学者の願いを叶えて人間の情報を貰ってきますので、また!」
彼は悪魔に似合わぬ清々しい笑みを俺に向けて浮かべながら走っていった。その瞳にはどろりとした黒いものが見えた気がしたがハルも悪魔なので好きなものを得られる嬉しさが瞳に出たのだろう。彼の姿が見えなくなると俺はハルの開いたページを読み始める。
名前:笠鬼 十夜(カサギ トウヤ) S-
年齢:21歳
性別:男
願い:論文を書くための素材提供
(悪魔に関する論文を書くための資料)
対価:要相談
略歴:--小学校に入学。ここで悪魔について興味を……
:
なるほど、これは面白そうだ。すべて読むのは楽しみが若干そがれてしまう気がして俺はいつも全部は読まないようにしている。しかし、論文とやらはそんなに重要なものなのか、俺にはわからんがハルが人間の研究をするようにこいつは悪魔について研究しているのだろう。随分と強い願いみたいだが、そんなに論文というものは大事なのか。あぁ、俺がこの男の願いの強さがわかった理由は名前の横の評価だ。これはF-からS+まであり願いの強さを表している。S+に近いほど願いが強く、人間の本能による願いが多い。逆にF-は悪魔を本当に呼ぶ気はないが見てみたい、など軽い好奇心による願いが多い。下のランクの願いは本当に呼び出されるかもわからないものが多く、悪魔たちにそれほど興味を示されることはない。一方で高いランクのものは高確率で呼び出され対価もいいものであることが多い。それと今言っている通り、悪魔が人間の情報を頼りにその召喚に応じようとしても実際に人間が召喚の儀式を行わなくては呼び出されることはない。
そういうわけでこの男の願いはS-。つまり割と高いランクなのだ。こんな願いで高ランクとは見るだけでも楽しそうな男だと予想がつく。
俺はこの情報を手に席を立ち、さっきハルが消えていった方へ歩き始める。そして大きな扉の前へ着くと持っていた本を扉の横にある台座に男のページを開いたまま置く。すると扉がひとりでに開き、中に魔回廊が続いていた。俺は完全に扉が開いたのを確認すると魔回廊へと足を進める。
少しして魔回廊を抜けると目の前に小部屋が広がる。ゆったりとしたソファと小さめのテーブル、本棚、モニターがあるだけのシンプルな部屋だ。ここは悪魔が召喚を待てる部屋で、本では調べ物をすることができる。人間が召喚の準備を始めるとモニターに人間の姿が映りこちらも準備ができる、というところだ。
俺は本棚から本を取り出しソファに腰かけ、情報を集める。この本は持ち出し可能なので使えそうなページの目星をつけつつぱらぱらとページをめくっていく。しばらくそうしていると、パチンとモニターがつく音がし映像が映し出される。そこに映っていたのは温厚そうな黒髪黒目の童顔な男で、鬼気迫る顔で魔法陣を描いている。そして陣を書き終わると呪文を唱え始めた。すると俺の身体が黒い光に包まれはじめ、やがて俺の視界を奪った。
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