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曰く、この久持川蓮華という美しい女性は、都心の大学で文学部の助教をしているという。
まだ大学院を出て間もないと言うから、多めに見積もっても三十路前後の筈である。若手で美人な上に優秀ときたら、もう非の打ち所がない。
「十九って言ったら私の教え子と同じ年頃じゃない?偉いわねえ、一人で頑張ってるのね」
「えへへ……」
私の方はというと、もうすっかり陥落であった。それはそうだ。こんな花の美貌が近くにいて話しかけてくれて、おまけに褒めてくれるとはどんな楽園であろうか。同性だろうと鼻の下が五メートルは伸びる。
作業部屋の片隅に設けた休憩スペース、向かいあわせの一人用ソファの片方へ腰掛けた蓮華さんは、私が淹れたハーブティーを優雅な所作で啜っていた。美女は何をしていても様になる。
「カモミールね。いい趣味だわ」
ニコ、とこちらに微笑みかけるかんばせは花より艶やかできらきらしている。
だからこそ、やはり信じられないのだ。
この人の首に死神の鎌がかかっているとは、到底。
こんなに鮮やかで、生き生きと輝いているのに?
「蓮華さんはどうして……遺影を絵にしようと思ったんですか」
遺影画家である私にそう尋ねられたのが意外だったのか、蓮華さんはやや瞠目して、カップをソーサーに置いた。
ほっそりした指を頬に添え、それからすこし考えをまとめるようにうぅんと唸る。
「まぁ色々あるけれどね……やっぱり、写真だと生々しいと思ったの」
「生々しい?」
思わず聞き返すと、彼女はそう、と頷いた。
「例えば私の遺影を写真にするとしたらどんな写真になると思う?多分、大学院の卒業のときの写真よ。もしくはほら、今話題の終活……だっけ。そういう感じで撮ってもらうんだと思うの。」
ふむ、と頷き返す。確かにそうだ。遺影というのは大抵、思い出の写真や少し改まった場面で撮ったものを使うのが一般的である。
「でもやっぱり違うのよ。」
蓮華さんが言うにはこうだ。
生前の元気だった頃の写真は、遺影とすることを前提として撮られていない。
だから、そんな写真を用いたら明るかった思い出も暗く沈んでしまいそうなのだという。思い出の明るさと死の対比が色濃く残るから、生々しいのだと。
逆に、遺影とすることを前提としていたなら……終わりを見据えた覚悟があるから、その生々しさは少しでも薄れるだろうと。
「それにね、写真じゃいけないの。ありのまま写った自分を祭壇に飾るなんて野暮ったいこと、したくないのよ。もっと鮮やかに、こう在りたいっていう理想を反映したいわけ。家族にも友人にも、自分で演出した美しい終わりを遺したいし。」
そこまで聞いて、私はどこか腑に落ちた。
末期のがんだというなら、普通は床に伏せっているのだろうに。彼女は毅然と背筋を伸ばして、辛口のブラックのスーツを着こなして一等綺麗な自分でいる。
見た目だけでない。蓮華さんの美しさは、まさに刹那の生を謳歌する、人間のそれであった。
あまりに眩しく、哀しく、うつくしい。
終わりがあるからこそ、何物にも代え難い輝きを放つ。
短い命だからと諦めて死に向かっているわけじゃない。終わりすら見事に演出してみせようという、見事なまでの生への歓びだった。
彼女の儚いほど華やかな面立ちは、短い玉の緒の揺るがぬ証明。
しかし同時に、咲き誇るように、燃えるように今を生きる、久持川蓮華そのものの証明でもあった。
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