越えるべき壁

「たった0.02mm 合成ゴムの隔たりを その日君は嫌がった」



そんな流行歌があったっけな。




はんじょうはいつもいろんな壁を、いともたやすく超えてくる。




初対面の時もそうだ。

それはイベントだった。僕は大人数の控室の片隅に座っていた。

少し変わった性格の僕を誰も相手してくれなかった。

部屋の片隅で萎れた朝顔のように一人で飯を食ってた僕に

同い年だからって君は僕にさまざまな話題をふってきた。

人見知りの僕はうまく話せなかった。今でも何を話したか覚えていない。

覚えているのは、たじろぐ僕を見て君は屈託のない笑顔を浮かべていたことぐらいだ。




初めてのデートの時も。

僕は君を喜ばせようと、陰でこそこそ1か月前から人気の高級レストランを予約した。

でも、僕の手違いで予約ができていなくて、近くのファミリーレストランで食事したよな。

落ち込む僕に君は「おにやとならどんな飯でもおいしいよ 一緒にいるだけでいいし。」

照れる様子もなく僕の目をしっかりと見つめてきた。

君に恥じらいというものはないんだろうか。




僕が熱を出して寝込んだ時もそうだ。

「おにやのためなら俺料理できるぞ!」と意気込んで、おかゆを作ってリンゴを切ってくれたっけ。

おかゆはビシャビシャでリンゴも皮も切りすぎていてほとんど食べる部分がなかったけど、

「俺頑張って作れたよ、おにや!」と意気揚々と寝ている僕のところへ来て、食欲がない僕の口に無理やりおかゆをねじこんできたよな。

「おいしいよ」と僕が一言いうと、嬉しそうに微笑んでた。君はその日から料理にはまったよな。

看病の帰り際にいつもの別れのキスをせまる君に「風邪をひいてるからできないよ」という僕の口を無理やり口でふさいできたっけな。

君のまっすぐな愛情表現に僕はいつも戸惑うよ。




恥ずかしくて臆病な僕、まっすぐ気持ちを伝えるはんじょう。

僕ははんじょうに気持ちを伝えられているのだろうか。




いつもの実況部屋で、いつものように愛を確かめあう僕ら。

パソコンモニターの下に手を伸ばすと、その日初めてはんじょうが0.02mmを嫌がった。




怖いのは子供ができることでも病気をうつすことでもない。

君の愛をまっすぐうけとめられる勇気がないだけなんだ。




どんな壁も悠々と飛び越えて気持ちを伝えてくるはんじょう。

いつも一歩引いて理性で考えてしまい、臆する僕。




はんじょうの言葉の意味を一瞬頭で考えたが、目の前にいたはんじょうのありのままの姿に、

生まれて初めて理性が野生を超えた。




僕はその日初めて壁を越えた。

そう0.02mmという壁を。

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