顎は一人だけで、イイ!

「おにや、uu〇m所属おめでとう。」

「まあまあ、特段騒ぎ立てるほどの事でもないとは思いますが。ただ今まで僕がやってきたことが認められた、それだけの話で。」

「ここは素直に受け取っとけよ」

「そうだよ。今日はじゅんきが主役だよ。さあさあ、乾杯の音頭を!」

「で あ れ ば。えー、本日は2人とも、お集まりいただき、TY。この記念すべき日に、GG Guys。」


おにやがuu〇mに加入した。ずっとはんじょうに誘われてはいたものの、なかなか乗り気になれなかったおにや。最近、同じくuu〇m所属のよしなまと仲良くなったことで、背中を押されたらしい。アイコンの件で少しもたついたところはあったが、ようやく決着がつき、正式に加入が決まった。

そして今日は、おにやuu〇m加入記念と冠し、よしなまの家に集まったのだった。


「とはいえまあ、事務所に入ったからって、何か変わるわけじゃないけどな」

「いやいやお前、今までは同い歳だから別に気にしてなかったけど、事務所に入ったからには俺が先輩だから敬語使えよ」

「それを言うなら俺の方が先輩だよはんじょう、お前も俺に敬語使えよ!」


先輩風を吹かせるはんじょうによしなまから鋭いツッコミが入る。普段はおにやを取り合っていがみ合っている2人だが、本人らの意に反して息はぴったりだった。同い歳、同じゲーム実況を生業としている者同士だ、なんだかんだ言っても波長は合うらしい。そしてそれはおにやにとっても同じであった。


机の上には豪勢な食事が並んでいる。

「知り合いに船を出してもらって朝から漁に出てたんだ。生が苦手なおにやでも、これだけ新鮮なら食べられると思うよ」

「ほーお……それはなかなか興味深いな」

魚に詳しい知り合いというと彼より一回りほど上の講釈ワキガ先輩だろうか。船まで持っているとは、流石である。最近、はんじょうへのアプローチが過激になってきていると噂だが、真相は定かではない。

「クジラの刺身だって、珍しいよな。すごい美味いらしいよ。でもどうしても無理なら、"よく焼き"にするから言ってね。焼くだけでも美味いらしいし、それなら俺でも出来るから!」


なかなか独創的な料理をすると評判のよしなまが言う。腕に不安は残るが、その気遣いはありがたい。

「俺もずっと刺身食べれなかったんだけど、最近ようやく克服できてさ。刺身に合う日本酒も教えてもらったから、後で開けようぜ」

そう言って如何にも上質そうな桐箱を取り出すはんじょう。いつもは酒を飲まないはんじょうだが、今日は珍しく乗り気のようで、知り合いの酒カスたこ女に聞いたオススメを持ち込んだようだ。

祝われる本人より祝う2人の方が浮かれているような、そんな不思議な空気の中、おにやを祝う会は始まった。



「ん?なんか外が騒がしいな」


所狭しと並んでいたごちそうたちもあとわずかとなった頃、回り始めたアルコールの心地良い浮遊感に身を任せていると、遠くからサイレンが聞こえてきた。そのけたたましい音はだんだんと近付いてきたと思ったら、どうやら家のすぐ近くで止まったようだ。


「迎えが来たよはんじょう」

「やべえ、心当たりがありすぎてどれがバレたのか分かんねぇや、あれか?あー、あっちかも」

「はんじょうが言うと冗談に聞こえねえから怖ぇわ」


そんなやり取りを笑いあっていると、会話を断ち切るように玄関のチャイムが鳴り響く。


「あれ?さっき頼んだアップルパイは……もう来たしな」

「他なんか頼んだっけ?」

「間違えたのかな」

「まさか本当にお迎え来たんじゃね?」

「ふざけんな、俺は犯罪はやってねぇよ」

「で あ れ ば リア凸か?」

「あはは、それこそまさかだろ。はーい、今出まーす」


笑いながら対応に向かう部屋の主、よしなま。そして開けた扉の先に立っていたのは──


「ここは野澤さんのお宅で間違いありませんか?」

「え…」

「今、お友達が来ていらっしゃる?」

「あ、はい、それが何か……というか、どちら様でしょうか……?」



来客に対応に行ったよしなまがなかなか帰って来ない上、何やら玄関が騒がしい。不思議に思って2人で見に行ってみると──


「よしなまー?誰か来たのかー?」

「あ…」

「お友達の方々ですね。申し遅れました。私、こう言う者です。」


警察手帳を持ったガタイの良い男性が立っていた。紛れもなく、本物だ。まだ奥には数名の顔も見える。

驚いて顔を見合わせる3人。すっかり酔いは覚めていた。一体よしなまに何の用というのだろう。それもこんな時間に。すると──


「はんじょう殿、貴方に逮捕状が出ています」

「え、俺ぇ!?」


「貴方が条例で禁じられている希少種のクジラの捕獲を試みていると、シ〇シェパードから通報がありました。」


「え?ま、まあ確かに、クジラを捕まえには行きました。でも、シロナガスは駄目だけどアゴナガスなら大丈夫って、布団ちゃんがー」

「布団ちゃん…?」

「あ、すみません。えっと、僕の先輩で……」

「お巡りさん、すみません。僕、この前騒音で隣人に怒られたばっかで。もう夜中だし、場所を移してもらってもいいですか?」

はんじょうの話を遮るようによしなまが畳み掛ける。


「そうですね。では、詳しい話を伺いたいので、署までご同行願えますか?」

「だってさ、はんじょう。多分、こういうのは素直に行った方がいいよ」

「…え…よしなま…?だって、お前も…」


「悪いじゅんき、俺もすぐ後を追うからさ。とりあえずはんじょうに付き添ってやってくれないか?」

「あ、ああ…、分かった…」

「では、行きましょうか。」


連れられるはんじょうを呆然と見つめるおにやも、警察官に背中を押され、パトカーに乗り込む。そんな2人を見送り、姿が見えなくなると、家の主は踵を返し部屋に戻った。


ようやく静寂が訪れたよしなまの部屋。かと思いきやまた響き渡る音、今度はもっと近く、よしなまの携帯からだ。


「もしもし。…はい、全て上手くいきました。貴方の協力のおかげです。ありがとうございました、総大将。」


漏れ聞こえる音から、電話の相手は満足したようだと伺える。こちらも呼応するように満足そうに少し口元を緩めると、手短に済ませて電話を切った。

そして──


「悪く思わないでくれよ、はんじょう。お前のことは嫌いじゃない。でも──」


「じゅんきに顎は、2人も要らねえんだ。」


そう言うと、彼の顎のように鋭利な刃物を懐に忍ばせ、慣れ親しんだ空間を後にするのだった。


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