第5話 キクロープス
僕たちを光が包み込んだかと思えば、気が付いたら目の前にはキクロープスがいた。黄色の髪を僕の様に伸ばし、首には錆びたロザリオ。爛々と目を輝かせ、うっとりとした顔で僕の事を見ていた。
光の魔術師 キクロープス。現状光を扱う魔術師としては最高で、そして僕の友人を殺した最低な奴だ。
「サナトラ様、お久しぶりでございます」
「出来れば君には会いたくなかったけどね」
「それでも私に会ってくれる……何と懐の深い事!」
「君から現れたんだよね? そうだよね?」
くるくると回りながら笑顔を浮かべるこいつは、紛れもない狂人だ。過去におかしくなっちゃった奴らは見てきたけど、こいつが一番壊れてる。
憎き仇敵を僕が睨み付けていると、キクロープスは笑みを浮かべたまま、僕の背後を見た。
「……やっぱりここで殺しちゃいましょうか」
ぞわりと彼女から殺気が溢れる。怖い程に真顔になったキクロープスから魔素が溢れ出た。
彼女が扱う魔術は光の素。僕が世界を照らす光になる様にと開発したものだが、今こうして弟子の人生を閉ざす為に使われている。
「……弟子を殺すというのならば、その前に僕が君を殺そう」
「あぁ、いけませんわ、嘘ばっかり。サナトラ様には『不殺の誓い』があるでしょう?」
「そうだとも。僕には他者の命は奪えない。それが例え君であってもね」
キクロープスの体が輝き始めた。
魔素を練る。憎い奴だが僕には命は奪えない。だから、抵抗出来ない状況にするしかない。
僕の足元から影が溢れ出る。闇の魔術師と一緒に作った魔術。光が世界を照らすのならば、闇はそれを閉ざすためのもの。片方が暴走すればもう片方が収める。こうして大昔にかけた保険が今になって役に立ってよかったと思う。
光の魔術が闇の魔術に弱く、闇の魔術が光の魔術に弱い。こんなのは子供にだって分かることだ。
キクロープスが足元の溢れる影を見て嫌な顔を浮かべた。無理もない、光の対極にある影を増やすのは光。キクロープスが魔術を使えば使う程、僕の闇の魔術も強くなるのだ。
キクロープスから光が消えていく。魔術の行使をやめたのか、光が徐々に失われていく。
それに伴って僕の闇の魔術も弱くなっていくが、これは作戦通り。
キクロープスは光の魔術においては残念ながら一級品であるが、他の素を持たない。従って、適性がある光の魔術が使えなければ、キクロープスはただの人間に等しい。
水の魔術で作った鞭でキクロープスを縛る。無力化出来れば今はそれで良い。
「水の素:水牢」
「……流石ですわね、サナトラ様」
「褒めても何も出ないぞ」
「今日こそはサナトラ様の弟子を殺して、あなたを一人にしようと思ったのですが……」
「というかそれおかしいだろ。何で弟子を殺して一人にしようとする? 仮に僕を愛しているのであれば、僕が嫌がることはするべきではないと思うんだが」
「仮にじゃありませんわ! 私は本当に……」
「だって君、僕の事好きじゃないだろう? 呪いにもかかっていない様だし」
劇を演じるかの様にヨヨヨと涙を流すキクロープスだったが、僕がそう言うと直ぐに顔を仏頂面に戻した。つくづく気味の悪い奴だ。
僕の呪いは僕を少し意識していると発動する愛の呪い。そこに良感情かどうかは関係ない。僕を意識したかどうかによる。どんなに嫌悪していたとしても、僕の顔を見れば忽ちそいつは僕の事を好きになる呪い。この呪いの厄介な所は、僕がやれと言ったら喜んでやってしまう事。それが例え自死だとしてもだ。
だが、キクロープスからは全くその感情がない。というか効いているのであれば、僕がやめろと言った時点でやめている筈。
「話を戻そうか、キクロープス。僕の事を意識していないとして、何故弟子を殺そうとする。というかキクロープス、君は僕の中の何を見ている」
「質問だらけですわね、サナトラ様。そんなに急いでも良い事ありませんわよ?」
「……それなら話はゆっくり聞こうか。生憎僕には時間がいっぱいあるしね」
水牢の強度を高める。キクロープスが逃げ出さない様にし、僕は眠っている弟子を抱えようと後ろを向いた。
その時だった。
背後から水牢の弾ける音。振り返ると。大きく腕を振り被ったキクロープスの姿が見えた。
常時張っている魔術防壁が僕を守る。だが、小さいヒビが入ると、キクロープスの爪が防壁に突き刺さった。血管の浮かんだ手が徐々に僕の防壁を壊していく。
防壁が崩された所で、慌ててバックステップで距離を取り、キクロープスと対峙する。
僕の魔術防壁が破られた? 破られるだけならまだしも、彼女は腕力で破壊した。
「『魔術はその素を使えるものでないと、見ただけでは判断出来ない』。幼い頃に私に教えてくれたのはあなただったじゃありませんか、サナトラ様」
「火の魔術!?」
「私がどうしてあの時光を収めたのか」
洞窟の地面が抉れ、器用に抱える弟子だけを貫こうと石の棘が迫る。
何処からか現れた水の塊が、壁になって行手を阻む。
光源がある事によって発生した影が、僕の足を縛り上げた。
迂闊だった。光を収めたのは、光があれば闇の魔術が強くなるから。それだけだと思っていた。
「しかし、随分と危ない魔術を私に使うんですね。でも、サナトラ様からの贈り物だったら、全身で受け止めたい気持ちもあったりなんかして……」
最悪の事実が僕に迫る。確認する為に、僕は恐る恐る口を開いた。
「キクロープス……まさか第五の素全て使えるのか!?」
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