第4話 呪い
突如として弟子に迫る閃光。
完全に不意を突かれた。だが、ここは僕がフォローしよう。あれは受けてはまずい類いのやつだ。エマでは受け切れない程の。
弟子の前に飛び出し、閃光を逸らす為に手を前に。そして強固な防壁を手に築き、受け流す事にした。勿論受け止める選択肢もあったが、僕には強いという事しか分からない。つまり受けても問題ない者であるかどうかは僕には分からないのだ。
触れただけで発動する呪いのようなものであれば、仮に受け止められたとしても、受け止めた時点で相手の思う壺。魔術防壁であっても呪いは防げない。呪いとはそういうものなのだ。
だからこそ受け流そうとした僕は間違っていない筈だった。
突如かくんと、防壁を避けるかの様に曲がる閃光。受け流せるであろうという慢心が、僕に次の選択肢を選ばせなかった。
逸らせなかった閃光が、僕の頭に突き刺さる。背後から弟子の悲鳴に似た声が聞こえた様な気がした。
「当たった! 当たったよ!!!」
洞窟内に僕と弟子のではない声が響いた。幼子の声だ。嬉しそうな声色を滲ませて、手を叩いて喜んでいる。
当たった閃光は致命傷にはならなかったものの、少々不味いことになった。真っ黒い闇の様な顔の一部が剥がれたのだ。
ん? もしかしてあれが僕の本当の顔だと思ったかい? そんなわけないじゃないか。僕だってれっきとした人間さ。顔ぐらいあるよ。
「ねぇねぇ、あなたがサナトラ様でいいの?」
視線を向けると、黄色の髪をした少女がこちらを見ていた。どうやら僕の正体も知っている様で。生憎だが僕の知り合いにこんな奴はいない。
「し、師匠なの?」
背後から恐る恐るエマが話しかけてくる。そういえばエマには見せた事が無かった。
僕の顔の一部。真っ黒い闇の上方を崩した閃光は、僕の髪の毛を露わにしていた。地面に届く程の金色の髪の束。洞窟内でも輝く程の光を放つ髪がエマには見えていたであろう。
久しぶりに出したけど随分伸びたなぁ……というか弟子をどうしようか。
僕が顔隠しているのには勿論理由がある。なんなら今、僕の髪を見たエマは少なからず影響を受けている筈だ。
「はぁ……はぁ……何これ……?」
ガクッと崩れ落ち、肩で息をする弟子。一方の黄色の少女は何ともなさそうだ。僕の呪いも対策済みか。だいぶ犯人が絞れたね。
顔が紅潮し、ガクガクと肩を震わせる。もう僕が見ている事にすら気が付いていない様だね。
ならさっさと寝かせようか。まだ全然間に合うしね。
「おやすみ、エマ」
指を弾くと、ぷつんと糸が切れた様に崩れ落ちた。そして聞こえてくる可愛らしい寝息。よしよし、僕の魔術の腕もまだ落ちてないな。
「ねぇ、何してるの?」
数多の閃光が降り注ぐ。閃光自体に仕込みがない事が分かった僕は、魔術防壁で防いだ。金属音に似た不快な音が響き渡るが、僕と弟子に傷一つない。
それを不満に思ったのか、頬を膨れさせた黄色の少女。
「むー、当たらない……」
「ねぇ、君は何なんだい?」
「私? 私はキャリル! サナトラ様にくっ付くネズミを殺す為に来たの!」
「ネズミねぇ……」
ちらりと弟子を見る。行使する魔術の種類、そして弟子を『ネズミ』と言う。間違いない、犯人は光の魔術師だ。
光の素を用いた魔術を使う者は多々いるが、こんな過激派は一人しか知らない。僕を愛するあまり、僕が一人でいる事を望んだ奴。一番厄介なあいつ。
「君はキクロープスの何番目の弟子かい?」
「私は372番目の弟子だよ、サナトラ様!」
キクロープスは僕に自分の弟子を送り、そして僕の弟子 エマを殺す為に魔術を教える。エマはまだ17の歳だと言うのに、もう372回も送られてきたのか。
今までは僕がこっそり追い返していたが、旅先でも来るとは思わなかった。というか位置バレてない? 僕に追跡型の魔術でも使ってるのか? そんな痕跡全くないんだけどな。
「そうかそうか、そういえばキクロープスは呪いを防ぐ魔術でも作ったのかい?」
「うん! キクロープス様はね、大大大好きなサナトラ様のために必死に作ったんだよ! サナトラ様を愛する者が他に現れない様にね」
見事に狂ってるね。僕にはその思想が理解出来ないや。
まぁ、呪いを防ぐ魔術を作り出したのは素晴らしい発明だ。用途がおかしいけど。
それじゃあ僕もちょっと実験してみようか。呪いを防ぐ魔術を外したらどうなるか。
「闇の素:
「サナトラ様?」
「これは僕の友達に作って貰った魔術でね。古い本には、中身が特定の人物にしか読めない様に鍵が掛かっている本がある。そんな本を僕はどうしても読みたくてね。魔術による鍵を外してもらう魔術を作って貰ったんだ」
少女の様子がおかしくなる。先程のエマの様に顔が紅潮し、体を震わせて譫言を述べ始めた。
「あれ、あれれ私にはキクロープス様がいてでもサナトラ様も大好き嫌だそれじゃあ私キクロープス様に殺されちゃうでもサナトラ様大好き!!!!!」
ありとあらゆる生き物に愛されるという僕の呪い。どんなに嫌悪されていたとしても、顔を少しでも見てしまったら発動する最悪の呪い。
僕はこれを解く為に魔術を作り上げたんだ。
好きを連呼するキクロープスの弟子。だが、その様子に変化が現れ始める。
突如懐からナイフを取り出し、そしてその喉ものに突き出した。
即死だった。静かに倒れていき、ぴくりと動かなくなったキクロープスの弟子。流れ出る鮮血が洞窟の床を汚していく。
「……土の素:再生」
僕がそう唱えると、刺して抉れた筈の傷痕が塞がっていく。自然に通ずる土の素を応用した使い方だが、上手くいってよかった。
キクロープスは全くもって許す気はないが、この弟子の子には罪はない。ナイフを突き刺したのもキクロープスの魔術の所為だ。
再生しただけでは意識は戻らなかったのか、ぴくりとも動かない少女。とりあえず洞窟から出よう。どっかで寝かせれば傷は塞がっているから起きる筈だ。
そして少女の体に手を伸ばした時だった。
「あぁ、サナトラ様……そんなに顔を近付けてはいけませんわ」
少女の声色が変わり、あたりを眩い光が包み込んだ。
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