第3.5話 実力
ぱちん。そんな音と共に、エマの意識は覚醒した。
きょろきょろと辺りを見渡し、そしてあの匂いのありかを探した。だが、一向に見つからない。
「師匠?」
間違いない。あの師匠がここにいたはず。だが、人影どころか痕跡すら見つからず、きっとバッグに付いていた匂いだろうと考えた。因みにであるが、犬の生まれ変わりなどではない。彼女はれっきとした人間である。
どうして寝ていたのか。少しずつ思い出そうとして唸っていると、突如として道の奥から唸り声が響いた。それと同時に地面が大きく揺れる。
「な、なんですか……?」
思わず敬語になってしまう。
その声に答えるかの様に、唸り声の主はその姿を暗闇から現した。
人の二倍ほどの大きさの体躯。牛の様な角を持ち、ギラギラと暗闇に輝く赤の瞳。
そして極め付けはその筋骨隆々の体から生える四本の腕であった。二本で腕を組み、もう二本で己の筋肉をアピールしている。
彼女は知識の奥底から該当する魔物を探すが、これが一向に見つからない。おかしい、だとしたらこの大陸にはいない魔物なのだろうか。
「って、考えてる場合じゃないかも!」
唸り声と共に振われた拳を、飛んで回避する。轟音と共に地面に突き刺さった腕が、その破壊力を物語っていた。
直ぐに赤の素:強化を発動。両手両足に赤のオーラが纏われる。
魔術補助用の杖は使っていないので、若干不安定であるが、致し方ない。手数を減らして勝てる程の敵ではないと、エマは判断していた。
「っとっと、結構早いし力強いね!」
一瞬の隙を突いた突進に、身を捩る事で紙一重で回避。そしてそのまま体を捻った反動で、拳を突き刺した。
魔物の体が大きく凹む。地面を魔物が殴った轟音とは比べ物にならない音が、シェルク洞窟を揺らした。
ぐらぐらと揺れる洞窟に合わせて揺れる魔物の体。顔には怒りと恐怖が同時に浮かび、弱者ではないと認識した少女の姿を探す。
そう、魔物は今目の前にいたはずの少女の姿を探した。目の前で拳を振るった筈なのに、既にエマの姿はそこにはなかった。
あったのは異常な力で踏み込んだであろう足跡のみ。その足跡の角度から少女の居場所を考え、
「遅いッ!」
その背後から圧倒的な暴力が魔物を襲った。
激しい痛みと共に、体の中の空気が漏れる。血に似た魔物の体液が吐き出され、見るからに満身創痍であった。
もう先程の自信満々な瞳も、圧倒的な力を誇示する四本の腕の姿などない。ただ地に這いつくばり、顔には恐怖を浮かべながら怯える魔物が一匹いるだけである。
だが、少女の足は止まらない。その華奢に見える足が、地面を抉るほどの脚力を持った足が、一歩一歩魔物に迫る。
戦う前は、ただ寝ている姿はか弱く華奢な少女に見えた筈なのに。一体何故こんなことになっているのか。何故自分が満身創痍でいるのかが、魔物には理解出来なかった。
これが魔術の真髄。才能なき者にも才能を。通常ではあり得ない常識を覆す為に生まれたもの。
それを幾分なく発揮したエマの魔術が、通常であればありえないクラスの魔物を追い詰めていた。
そして無言のまま迫り、魔物にとどめを刺そうとした所で。
突如として迫る一筋の閃光がエマを襲った。
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