第3話 シェルク洞窟にて








 シェルク洞窟は通称『冒険者の小銭稼ぎ』の異名で知られている。出てくる魔物も強くない上、街からそれほど遠くない為、仮に大怪我をしたとしてもすぐに治療出来る。

 そしてそんな洞窟の最深部に黄草と呼ばれる植物が生えている。

 黄草は文字通り、他と比べてより一層黄色が目立つ植物である。根から葉の頂点まで真っ黄色。そして非常に体に良く、薬の材料として扱われる。


「黄草ねぇ……随分と出回らなくなったもんだね」


 そう呟きながら、僕はシェルク洞窟へと急いでいた。

 光の素:反射を用いて体を移動させる。光を飛ばした位置に自分を反射させる事で、瞬間移動を可能にする術だけど、まぁ詳しい事は後でも良いだろう。

 黄草は昔はかなり市場などに出回った。理由なんて簡単さ、シェルク洞窟の中でも最も高値で売れるから。冒険者の行動原理なんて、お金一択だ。

 だが、あまりにも冒険者が殺到した結果、黄草が生えるよりも取るペースが上回ってしまい、冒険者達が稼げなくなってしまった。そうなればより稼げる所に行くのが冒険者達であり、そうして黄草は市場に出回らなくなった。

 また、黄草を守る魔物がそこそこ強いのも問題だろう。

 シェルク洞窟は初心者の鍛錬の場所として適していると言われているが、黄草を守る魔物だけは話が別だ。

 洞窟内で眩い光を放つ魔物。『光源』と呼ばれる魔物がいる。


「僕の弟子なら楽勝だと思うけど」


 というか楽勝でないと困る。ぶっちゃけ『光源』なんて初心者には厳しいけど、熟練の冒険者には余裕なレベルだ。

 これから弟子が行く場所にはあんな奴よりも強い魔物がずっといる。はっきり言って弟子のレベルを測る材料にもならない……はず。

 え、大丈夫だよね? いざ行ってみてボロボロにやられてたら、流石の僕も泣くぞ弟子ぃ……。


「ま、やられたらやられたでなんとかするか」


 そうこう言っている間に、どうやら着いたようだ。

 かなり入り口の広い洞窟で、僕三倍分ぐらいの高さがある。僕の背が低いって話はしないでくれよ? 

 洞窟に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が僕に肌をなぞった。こんなに冷えるんだったらもっと着込むべきだった。ローブだけじゃ寒いね。

 光の素:光源を用いて辺りを照らす。小さい魔物がいるが、当然寄ってこない。体から魔素を垂れ流しにしていれば、その大きさによっては大体の魔物は寄り付かない。

 最深部まで暇なので、ここら辺で魔術について少し語ろう。

 魔術とは、体内の魔素を用いて使う術一般の事を言う。魔素ってのは魔術を使うためのエネルギーで、特殊な植物を食べたりする事で蓄えられる。勿論眠ったりする事で回復もする。

 魔術は大きく五つに分けられて、火の素、水の素、土の素、光の素、闇の素といった感じに分かれる。其々に細かい役割があるのだが、これを語るとなるとかなり長い講義になっちゃうから、今回は省くね。

 そして魔術師には適正というものがある。あの人は火の素しか使えません! この人は光の素しか使えません! みたいな感じで。

 弟子? 弟子は逸材さ。僕と同じ第五の素全てを扱える稀有な人物さ。どうやって彼女を見つけたかは……まぁ彼女自身から聞いてみてよ。


「……そろそろな筈なんだけどな」


 シェルク洞窟はそんな大迷宮と並ぶ程深い訳ではない。なのに一向に最深部に辿り着かない。というかなんだろう、引き伸ばしされている感覚に近い。

 ……恐らくだけど何かしらの術がかけられている可能性が高いね。僕が気付けないって事は魔術じゃない。魔術の祖が魔術に気付けないって馬鹿な話、流石に無いからね。

 となると魔物の仕業か。うーん、どこでかけられたんだろうか。

 いや、この洞窟全体にかかっているのか。そして入った瞬間には術中っと……何でこんな事をしたのか。


「……弟子は大丈夫だろうか」


 ほんの少しの不安が僕を襲う。こうして僕の目無しで遠出をするというのは実は初めての経験だ。ましてや魔物がいる場所なんて、一般的には危ない場所と呼ばれている為、普通の人は寄らない。

 そんな場所に弟子一人。ましてやシェルク洞窟自体が術にかけられた状態というイレギュラー。流石の僕でも心配になる。苦労して育てた弟子だ、こんな所でやられる様な育て方はしていないけど。

 魔術を同時に扱うのは疲れるからやってなかったけど、急いだ方がいいかもしれない。光源に加えて反射も扱いながら、最深部へと急ぐ。術が『引き伸ばし』ではなく『永遠』を付与するものであれば、また対策しないと行けないけど、ループしている感じはない。遠くてもスピードを上げれば辿り着く筈だ。シェルク洞窟は一本道だしね。


「ん……?」


 反射を使ってすぐの事。洞窟内の雰囲気が変わり、間も無く最深部といった所に着いた時、僕の目は横たわる何かを目撃した。

 洞窟の壁に大きなバックを寄り掛からせ、その当の本人はぴくりと動くこともなく倒れている。

 恐る恐る近づいて見ると、それは紛れもなく僕の弟子だった。

 渡したローブに宝石の様な赤い髪をした少女。うつ伏せになっているが、こんな髪を持つ子は世界で彼女しかいない。

 罠の可能性もあるかも知れない。ゆっくりと手を伸ばし、彼女の顔を見る為に体を動かした。


「ししょー……うへへ、ししょー」


「……何でこんな所で寝ているんだい僕の弟子ぃ……」


 すやすやと気持ち良さそうに眠る弟子。やっぱり育て方を間違ったかも知れない。くそう……僕だってまだ寝てないのに。

 思わずため息が出る。僕の心配を返して欲しい。が、同時に無事で良かったと安堵の気持ちが広がる。むむむ、これが親の気持ちということか? 


「外傷もないし……よかったよかった」


 刹那、洞窟全体が大きく揺れた。そして大きな叫び声。間違いない、この洞窟に術をかけた張本人だろう。

 寝ている彼女には申し訳ないけど、すぐに起きてもらおう。さぁ、僕の弟子。修行の時間だよ。

 眠りから解放する術が、弟子の頭の上で弾けた。





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