第2話 ユースティア




「やっと着いた……」


 弟子を追いかける事数刻。朝発った弟子を追いかけて、現在は既に夕方。登っていたはずの日は沈みかけ、ちらほらと店を畳む露天の姿が見られた。

 やっとのことでユースティアに着いた僕は、とりあえず休憩をしようと近くの喫茶店に入った。お洒落な喫茶店だが、生憎と今の僕にゆっくりとする余裕はない。


「……もうちょっと運動するべきかなぁ」


 久しぶりに外へ出て感じた疲労感。間違いなく運動不足のせいだろう。お使いを弟子に任せていたバチが当たったのだ。くそぅ……自業自得だから文句も言えない。

 店員に甘いミルクを頼んだ僕は、届くまで弟子を謁見の術で見ることにした。

 謁見の術は水の素を利用した魔術だ。水を硝子の様に透き通らせて、遠くの人を映し出す術。難しい術だが、扱える様になっといて損はない。因みに弟子は『使うぐらいなら自分の足で見に行きます!』と言っていた。


「育て方、間違ったかなぁ」


 何度目になるか分からないため息を吐きながら、僕は目の前に浮かぶ水の球を覗いた。

 映るのは走る弟子。木々を片手で掴みながら、自身の体を飛ばしている。

 確かに移動方法としては、火の素を用いた身体強化は有効的だと言える。だが、僕は移動するのにそんな方法は教えてない。


「いつから猿になったんだい僕の弟子ぃ……」


 ぺちゃんとテーブルに突っ伏してしまう僕はきっと悪くないはずだ。

 運ばれてきたミルクを受け取り、驚く店員に感謝を述べた。

 そのまま観察を続けていると、弟子の動きが止まった。というかもしかしてユースティアから先に既に向かってるのか? いやいや、弟子とは言え流石にそれは……ないと言い切れないのが悲しい。やっぱり僕に弟子を育てるなんて向いてなかったのかもしれない。

 立ち止まった弟子は、そのままきょろきょろと辺りを見渡すと、そのまま洞窟へと入っていた。


「洞窟……ねぇ」


 ユースティアから次の街 サグラまで洞窟を通るルートはないはずだ。勿論僕が渡した地図にはそんな事は書いていないし、新たな道を開拓出来るほど器用な子でもない。むむむ、なんか嫌な予感がするぞ。

 だがまぁ、僕がする事なんて特にない。一先ずサグラに住む土の魔術師に会うまでにこの手紙を渡せればいいのだ。

 今日はユースティアでゆっくりしよう、そうしよう。僕はもう疲れたんだ。


「あ、ありがとうございましたー」


 おどおどしながら接客をする店員に手を振りながら、僕は喫茶店を出た。

 おどおどしていたのは恐らく僕に顔が無いこと。そして僕が魔術師であると分かったからだ。

 魔術師に見掛けなど関係ない。戦士とかであれば筋骨隆々な者は、見ただけで強いと分かるし、その逆もまた見ただけで判別できる。

 だが、魔術は別だ。体内に眠る第五の素の量によって強さが決まる。通常の人では見ただけでは分からないから、無害に見える人物でも注意しなければならないのだ。因みに見ただけで魔術師かどうかは分からないが、謁見の術を使っていた所が見られたから、店員にも僕が魔術師である事がバレたのだと思う。まぁ、別にいいけどね。


「そんなつもりで作ったんじゃないんだけどね〜」


 さて、とりあえずゆっくりする為に、宿でも探そう。ユースティアは大きな街だから、夕暮れでも宿は見つかる筈だ。

 こんな怪しい奴を泊めてくれるかどうかは分からないが、最悪野宿しよう。うん、最悪だな本当に。

 そんな呑気に歩きながら考えていると、ふと視線を感じた。珍しい風貌をしているから特に気にしていなかったけど、この視線は興味というよりかは不安の感情だ。それは僕に対して不安を感じているのでは無く、自分の中の不安を人に押し付けている感覚に近い。

 その視線の方向へ向くと、小さな少女がいた。おどおどとする表情に、服の端をきゅっと掴む姿。うん、間違いない。彼女がこの視線の持ち主だ。


「どうしたんだい?」


「ひゃっ! あっ……すみません」


 うーん、やっぱり面と向かって驚かれると悲しいね。まぁこれには事情があるから仕方ない。

 それでも謝ってくれたことからきっと優しい子なのだろう。別に気にしてないと告げると、怒られると思ったのか直ぐに安堵の表情へ変わった。


「あっ、あの!」


 意を決した様に僕に顔を向けた少女は、涙目になりながら僕に言葉を紡いだ。


「お姉ちゃんを助けて下さい!」


「お姉ちゃん? 病気かなんかかい?」


 ぷるぷると首を横に振った少女。うーん、病気じゃないのか。となると、これは僕じゃ無くて弟子の得意分野かもしれないね。

 でもまぁ、助けを求める人がいるのなら、それに応えるのが魔術師の役目さ。


「そうじゃなくて、帰ってこないんです!」


「帰ってこない?」


「はい……」


 そう言い、少女は語り始めた。

 母親が病気である事。

 治すためにはシェルク洞窟の奥にある黄草が必要である事。

 困っていたら偶々出会った『お姉ちゃん』が取りに行ってくれると言ってくれた事。


「でももう随分と帰ってこないんです。もしかしたらなんかあったのかって思って……」


「そうかそうか、心配だったね」


「心配で、怖くなっちゃって……」


「よし、分かった。僕が助けに行こう」


 胸を張って任せなさいと言うと、涙を浮かべた顔を上げ、僕の顔を見た。そしてそのまま再び泣きそうになる少女。

 安心したのか涙を拭いながら、僕に頭を下げてくる。よく出来た子だ。育ちが良いのだろう。


「それで、その『お姉ちゃん』の特徴を聞いていいかい?」


「はいえっと……」


 頭の中で思い浮かべているのか、ぽやーっと空を見ながら少女は口を開いた。


「杖を持ってて……」


「うんうん」


「大きなカバンを背負ってて」


「うんうん……ん?」


「赤髪でローブを着てました!」


「うん……あー、そっか」


 間違いない。僕の弟子だ。洞窟へと向かったのは、彼女の頼みを聞いたからか。うんうん、早く帰ってくるんじゃなかったのかい? 


「それで、笑顔が素敵でした!」


「……成る程ね。よし、それじゃあ良い子で待っててくれるかい?」


「はい!」


「うん、良い返事だ」


 くしゃくしゃと頭を撫でると、少女が笑顔に戻った。

 よし、それじゃあ早速向かおうかな。シェルク洞窟はここから然程遠くはないし、今日中には帰ってこれる筈。

 全く、あの馬鹿弟子は心配かけさせて……でもまぁ笑顔を忘れていなかったのは及第点か。


 暗くなる空を眺めながら、僕はシェルク洞窟へと向かった。






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