第1.5話 エマ=リンクルシェイド




 巨大なバッグを背負った少女が森を翔ける。

 片手には魔術補助用の杖を持ち、もう一方の手で枝を掴んで体を前に飛ばす。側から見れば猿の様だが、真似事だけではこの様な速度は出ない。

 手から溢れる赤い煙の様な物。魔術:火の素を利用した身体能力を向上させる魔術だ。

 それをものの見事に駆使し、少女は先を急ぐ。全てはご褒美の為に。


「うーん、お師匠の顔ってどんなんだろ?」


 最愛の師匠。魔術の祖であり、世界最高の魔術師であるサナトラ。少女より背は高く、全身をローブで包んでいる。顔の部分は闇の様に深い黒色で覆われおり、声も男女の区別すら付かないほど曖昧なため、見当すら付かない師匠の顔。

 だが、少女はどうしても見たかった。己を助けてくれた一人の人物。恩人の顔も見れぬまま死ぬなど、少女の信条が許さなかった。


「……でも、顔見たいって言ったら困ってたなぁ」


 渋る様な表情に、見せたくないのかと思えば、次の瞬間にはあっさりと承諾したサナトラ。では何故そんな表情を見せたのか。

 実は不細工であった? そんなの少女は気にしない。

 実はあれが本当の顔とか? それはそれで構わない。

 木々に飛び移りながら考えるが、全く思い付かなかった。


「まぁ、お師匠の友達に聞けば分かるよね!」


 そう呑気に考えた少女は、近くの街 ユースティアへと急ぐ。

 あくまでも中継地点に過ぎないのだが、今日はそこで買い物をしつつ、休みを取る予定であるからだ。余談ではあるが、彼女の出発地点、サナトラの工房からユースティアまでは馬車で3日程かかる。彼女が如何に可笑しい速度で走っているかが分かるだろう。

 すれ違う魔物達も、ただその目で追えぬ速度の少女に首を垂れるのみである。触れればきっと間違いなく消されるのは自分達の方であると、本能がそう訴えているから。


「えっと、ユースティアからサグラまでは……結構遠いなぁ」


 地図を見ながらそうぼやく少女。

 旅の目的である五人の魔術師。土の素のエキスパートである魔術師が住むサグラまではかなり距離がある。

 大体馬車で7日ほどかかり、道中には強力な魔物が住み着くため、予定よりも時間がかかる。


「それでも3日ぐらいで着くよね!」


 顔に笑顔を弾けさせた少女は、木々が折れない様に力を込めながら、森の中を飛んでいく。


 彼女の名はエマ=リンクルシェイド。笑顔を掲げる正義の魔術師見習いである。

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