お疲れ魔術師は休みたい

玄武 水滉

第1話 忘れ物






「ほらほら、泣かないの。僕の弟子でしょ?」


「だってぇ……!」


 泣きじゃくる我が弟子を見て、思わずため息が出る。

 今日は待ちに待った出発の日。弟子が魔術師として大成する為、各地の高名な魔術師の元へ向かう旅の始まりの日。

 以前から行く様に言っていたが、まさか一人で行くとは思っていなかったらしく、今こうして涙を流しながら僕に着いてくる様に言っている。


「師匠も来るんじゃないんですかぁ……」


「僕が一緒に来たら修行にならないでしょ。というか大方僕に任せてサボる気なのが透けてるよ」


「うぐっ……!」


 なんで分かったんだといった顔をしているが、何年君の師匠をしてきたと思っているんだ。

 いい加減あきらめる様に言うと、弟子は目元に溜まった涙を袖で拭った。そして意を決した様に口を開いた。


「早めに帰ってきます!!!」


「ちゃんと修行してきなさい……僕の書いた手紙があれば、きっと力になってくれるんだから。目的を忘れちゃいけないよ?」


「分かってます! その代わりに、旅から戻ってきたらご褒美下さい!」


「ご褒美?」


 ご褒美か。うーん、何をあげれば良いんだか。一級品の杖でもあげるか? いや、それとも特別なペンダントでも……。

 そう思った矢先、弟子は言い難そうにしながらも、その口を開いた。


「し、師匠のお顔を見せてもらえないでしょうか……?」


「僕の顔?」


 僕の顔を見せて欲しいとは珍しい。

 現状、僕の顔は誰の目から見ても真っ黒な穴に見えているはずだ。どの角度から光を当てても晴れる事のない黒。手を伸ばせば飲み込まれてしまう様な。

 どうしてこんな顔なのかについては深い深い理由があるのだが、まぁそれは置いといて。弟子がどうして僕の顔を見たいと言ったのか。


「師匠は笑顔が大事というのに、私には笑顔を見せてくれません……私は師匠の笑顔が見たいです!」


 もっと仲良くなりたいんです! と意を決した様な目で見られては弱い。確かに弟子に笑顔は大切だと言ってきたが、ここにきてそれを逆手に取られるとは思わなかった。というか取られるって考えに至らなかったのが僕の落ち度だ。

 そんな見るものでは無いのだが、旅のご褒美としてと言われてしまっては致し方無い。


「分かった……旅から帰ってきたら、僕は満面の笑みで君をお出迎えしよう。これでどうだい?」


「ありがとうございます! じゃあ行ってきますね、師匠!」


「あぁ、いってらっしゃ……ってもういないか」


 本当に早く帰ってくる気なのか、手を振って見送ろうとしたら既にそこに姿はなかった。相変わらず足だけは速い弟子だ。


 さてさて、やっとゆっくり出来る。

 確かに弟子を旅に出したのは、弟子自身の修行のためという目的もあるが、それはあくまでも理由の内の半分。もう半分は少し休みたかったのである。

 弟子を育てるという経験は初めてだったが、非常に大変なのだと初めて分かった。少女一人でこれなのだから、世の中の母親達には頭が上がらない。

 それでも何とか旅に出しても問題ないぐらいまで、何とか教えられたのは褒めて欲しい。これで漸くゆっくり出来るだろう。

 何せ旅は五人の魔術師に教えを乞うまでは終わらない。かなりの時間がかかるはずだ。

 その間に街巡りをしてスイーツを食べて、良い景色を見ながら眠るのだ。久しぶりの僕へのご褒美だ。

 早速出発しよう、本当にすぐ帰ってくるかもしれないからね。そう思い、荷物をまとめ始めた所で、僕は気が付いた。いや、気が付いてしまった。


「あ、あぁ……!」


 思わず頭を抱えてしまった僕は悪くない。

 テーブルの上。僕の名前が書かれた手紙。間違いない、今回の旅で最も重要な僕の手紙だ。これがなければ弟子は僕の弟子だと判別出来ない、つまりは魔術師に教えてもらえない。

 慌てて謁見の術を使って弟子の位置を確認する。目の前に浮かんだ水に弟子の翔ける姿が見える。

 やばい、気がついていない上に、もう近くの町まで着こうとしている。流石僕の弟子、足だけは速い。

 感心している場合じゃない。手紙を掴んだ僕は、ローブ姿のまま家を飛び出した。


 目指すはここから北西の街 ユースティア。既に着いているであろう僕の馬鹿弟子に手紙を渡す為、僕は魔術を使って先を急いだ。





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