第25話

野球帽の男は居達さんを見ながら声をかけた。                  「おい、助けが必要かい?」       居達さんは黙っている。そして何とかハクが押さえている腕を振り払って自由になろうとしている。だからこの声に耳を貸さない。気付かない様だ。             この野球帽の青年は又繰り返したが、居達さんは彼を見ないので、アンジェリンに聞いた。                  「彼の名前は?」            「イダテ! ミスター イダテだよ!!」 それで彼は言った。           「ヘイ、イダテ!あんた、手伝いが必要か?」                 自分を中々見ないでもがいている居達さんへ更に大声で聞いた。           「イダテ!おい、イダテ?お前、助けが必要か?なら助けてやるぞ?どうなんだ?!」 居達さんはやっと青年を見た。どうしようかと悩んでいる。一人では振り払う事ができないが、自分よりも若い大学生に手伝ってハクから引き離してもらうなんてかっこ悪いからか?それとも、無関係のこの大学の生徒を巻き込みたくないのか、巻き込んだらまずい事になるからか?もしハクが怪我でもさせたら大変だからか?             結果居達さんは大丈夫だと返事をした。だが顔は引きつっていた。明らかに言葉とは裏腹だ。だから野球帽の青年は、不審そうに又聞いたがハッキリと同じ答えが返ってきた。 アンジェリンは直ぐ側にいるアーレンと共に心配しながら様子を見ていたが、思い余って居達さんへ叫んだ。           「居達さん!助けてもらいなよ?!その子、助けてくれるって言ってるんだから!ねー、アーレンだって助けてくれるし!!」   居達さんは黙ってアンジェリンの顔を見つめる。何も返事をしない。         ハクは面白そうな顔をしながら居達さんを押さえ付けているし、彼の親二人も知らんぶりしている。               野球帽の青年は居達さんの態度に、じゃあ良いのか?!、と思いながら席について又食事の続きをしだした。           アンジェリンは困ってしまった。アーレンもどうしようかと悩んでいる様だ。     そうしていると、居達さんがいきなり身体を捻った。捻ってハクの押さえ付けていた腕を振り解いた。              ハクが驚いて又掴みかかろうとしたが、居達さんは手をバタバタしながらハクの手を拒む。                  するとハクはいきなり足を使って思い切り 蹴ろうとした。居達さんは何とか避けたが、それでも頭を少し蹴られて床に膝まづいた。                  ああ!!駄目だ、どうしよう?!     「立てー、居達さん!!立つんだよ〜!!」アンジェリンは必死で何度も声を上げた。 居達さんはふらふらしながらも何とか立った。ハクが又調子に乗りながら、顔を目掛けて蹴りを入れた。            居達さんは急いで後ろに下がって当たらない様にした。そしそのまま振り上げたハクの足に両腕でガバッとしがみつくと、前に走り出た。                  ハクの顔が驚いて歪む。         居達さんは片足を両腕でしっかりと押さえ付けながら前に走り、その足を押し飛ばした。                  ハクはバランスを崩して後ろに倒れた。ハクの両親が慌てて、心配そうに息子を見下ろした。                  居達さんは倒れたハクへ急いで駆け寄り、後ろから羽交い締めにした。首を真横に向けながら、動いたら首が圧し折れる様な勢いだ。                  アンジェリンもアーレンも唖然としてこの光景を見ていた。             居達さんは悲痛な真っ赤な顔をしていて、ハクも苦しそうにしながら押さえ付けられていた。                  するとハクの父親がやっとハクの元に近寄り、腕を掴んで立たせようとした。    すると居達さんも反対側の腕を掴んで、二人がかりでハクを起こした。           ハクは立ち上がると、悔しそうに泣きじゃくっていた。               「こんな奴に、こんな奴に負けるなんて!この俺がこんな奴に負けるなんて!!」

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