第20話

ハクは、その日の朝岡と居達さんとのやり取りを全て知った。何故なら皆がその話で持ち切りになったからだ。          ハクやその手下共二人に言わなくても、注意をしていても、それは全員がではない。生徒達の中にはどうしても不注意な者や愚かな者もいたから、この姑息なハイエナ共はそうした者達が話すのを盗み聞きしたのだ。   そしてハクは怒り狂った!!なんとしても アンジェリンに報復をしないと気が済まなかった。                 この男は居達さんに他の生徒達の前で自分の気持を細かく分析されたのと、アンジェリンが褒められたり、戦国武将の血が入っているだろうと言われた事が悔しくてたまらなかったのだ。                それでそれから何日かすると、寮の前に  やって来た。手下二人を連れて。そしてアンジェリンが夕飯を食べてカフェテリアから一人で戻ると、いきなり近くへぬっと現れたのだ。きりきりした怒り顔をしながら!!  彼女は凄く驚いた。慌てて部屋に入ろうとしたが、部屋に行けない様に手下の五味川と加須山二人が左右から挟み撃ちにした。   距離はあったが二人はニヤニヤしながらゆっくりと近付いて来た。          「アンジェリン、何ビビってるのー?」、 「俺達と一緒に行こうよ〜?」        そう言って薄ら笑いを浮かべながら、歩を 縮める。                 前からはハクもやって来る。       アンジェリンは捕まったら何処かへ連れ去られて何かされるのが分かった。寮に住まないこの三人が、夕方のそんな時間にわざわざ来る訳がない。              たまたま自分とかち合った訳ではない。待っていたのだ!しかも自分の部屋が何処なのかも確認してから、その部屋の近くにいたのだ。そしてその部屋に入れない様に三角形の形になり、自分を取り囲んて挟み撃ちにしたのだから。               作り話ではない。最もこの様な修羅場になり、無事に何とか切り抜けた事は過去に幾つかあった。               高校の時には、高校内で男子教員から数回 追い詰められたが、助けもあり、運良く切り抜けた。今の時代からしたら、終戦後すぐではなくてそこから十何年して生まれたアンジェリンのこうした経験に、読者は信じられないかもしれないが?                 とにかく駄目元でアンジェリンは走った。 何もしなくても捕まるなら、まだした方が良いに決まっている。万が一で上手く逃げられるかもしれない。只、希望は薄かった。もし腕かどこかを掴まれたらもう絶対に無理だ。何せ腕力では絶対に勝てない。       そしてこうした男達は皆それを強く認識しているから、それを最大の武器として非常に喜ぶ。それを恥とは思わずむしろ利点として得意になり、してやったりとするのだから。 アンジェリンは走った。立っている場所には大学生達の車が何台も停めてある。(勿論 ハク達の車もあるだろうが。)だからその車の間を上手くすり抜けたりして逃げた。   左右からは手下二人も走って来る。ハクも前から足早に歩いて来ながら怒鳴る。    「はよ捕まえろ!逃がすな?!」     アンジェリンの顔は不安と恐怖で口元がへの字になり、目はおどおどした目付きで必死に3人からの逃げ場を探す。         寮の階段を駆け上がり、2階や3階へ行って友達の大学生の部屋を叩けば何とかなるだろうか?!それか誰かにぶつかり、そうしたら助けてくれるかもしれない?!      その時、一階の寮の部屋のドアが開いて、 日本人の男子生徒の一人が出て来た。アン ジェリンと同じクラスの寛也だ。広島出身の通称ヒロシマさんだ。彼は22歳で、短期で割と直ぐにカッとなる性格だが、悪い青年では無かった。                この彼がアンジェリンがハク達に取り囲まれながら追い詰められてるのを見た。彼は驚愕した。居達さんが言った様に、まさか本当に来るとは?!              「おい、何やってんだお前等?!」    寛也が怒鳴った。そしてハクの方に歩いて行った。                 ハクは邪魔が入ったとばかりに嫌そうな顔をして寛也を睨み付けた。        「何や、お前か!」           「アンジェリンに何してんだよ?!アンジェリン、早く部屋に行け!!早く!!」   寛也がハクとアンジェリンに同時に怒鳴った。                  「邪魔するな、このボケ?!」      ハクが寛也に真っ赤な顔で向き直った。  アンジェリンは急いで部屋の方に向きを変えた。五味川と加須山は寛也が現れたので困り顔で立ち尽くしたからだ。そのすきにアン ジェリンは急いで部屋の方向に走った。  「はよ追え!何してるんや?!はよ捕まえろ!」                 ハクが焦って二人に命令した。二人がハッとして直ぐに猟犬の様にアンジェリンに集中して追いかけた。            「アンジェリン、早くしろー!!」    寛也が又大声を出した。アンジェリンはハクの手下二人を切り離して部屋のドアに辿り着き、ジーパンのポケットから鍵を出すと必死で鍵穴に差し込んだ。          ドアが開いた。アンジェリンは中に飛び込んだ。急いで中から鍵をかける。      ドアの横の大きな窓のブラインドの隙間を指で上げて広げると、まだドキドキしながら アンジェリンは外の様子を覗いた。    するとドアの前には手下二人が困りながら立っているのが見える。          「ヒロシマ、何邪魔してるんや?!」   ハクの物凄い怒声が聞こえる。      「何がだ?!お前、自分が何してるのか分かってるのかよ?!」           「お前のせいで、もう少しで捕まえられたのに!全部お前のせいや!!」       寛也の驚き、呆れた顔が見える。     「馬鹿か、お前?!」          「お前に関係ないのに、何邪魔してんねん?!あの女,好きなんか?あんなやつが好きなんか?!」             「好きじゃねーよ!」          「嘘つくな?!なら何でかばうんや?あんなののどこがええんや?!」        「俺はあいつとはクラスメイトだ。だから関係あるんだよ!!」           「俺はお前なんか前から気に入らなかったんや!いつもそうやって偉そうにしおって、前から嫌いやったんや!!丁度ええ、可愛がったるわ!かかってこいや?!」      寛也か焦っているのが分かる。相手は見るからにチンピラだ。そして散々喧嘩をしてきて慣れているのだろう。凄く自信がある態度だ。五味川と加須山も諦めてアンジェリンの部屋の前から離れて、ハクの近くに来ていた。                  アンジェリンは部屋の中から窓にしがみついて、心配しながら見ていた。       寛也は負けん気が強い青年だった。だが、 ハク相手なら戦ってもやられるのではないのか?                  周りに大学生達の姿はない。皆普通は食事が終わると部屋に引きこもる。       側を通っても、分からない言葉の日本語で言い争っている男達になど興味を示さずに、素通りして部屋に行ってしまう。      「どうした、来ないんか?俺がそんなに恐いんか?」                ハクが挑発した。            「何だとー?!」            ハクは嬉しそうだ。手下二人も期待しながら様子を近くで見守る。          

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