第19話

聖子はその日の夜、付き合っている彼氏の部屋でこの出来事を話した。        彼女は寮に部屋を割り当てられていたが、そこには住んでいなかった。        彼女は、同じ日本人留学生だが自分達とは違い、この大学に通う学生とすぐに付き合い始めていた。               彼は大学の外にアパートを借りていたので、そこに彼女はすぐに転がり込んだ。そしてこの事を居達さんは知らなかったし、誰も面倒臭いからいちいち彼には知らせなかった。 狭い寮の部屋よりも広いし、大して気が合わないルームメイトの娘といるよりも余程良いからと、聖子は喜んで直ぐに彼と同棲したのだ。                  だからその日、夕飯を取りながらその日起きた出来事を彼氏の尚昭に話した。(自分が 居達さんから言われた事柄だけは、完全に伏せてだが。)               尚昭は顔は不味いが頭の良い、金持ちの家の息子だった。海外の大学に通い、一応は苦労をしていたので世間を多少は知っていた。 彼は聞きながら非常に驚いた。そして自分の意見を言った。             「それ多分、その男の考えじゃないな。そのドリーってヤツの考えた事だよ。」   「ドリーの?」             「男が普通、振られた相手に又そんな事をしないよ。そんなカッコ悪い事できないからな。だからドリーが考えたんだよ。ディズニーランドに一緒に行って遊びながら仲良くして、付き合う様にもっていくなんて、いかにも女の考えそうな事だよ。だからきっとしつこく持ちかけられて、その気になったんだろうな。」                「じゃあドリーの考えだったんだぁ?!」「ドリーはそうすりゃ、その男を上手く使えると思ったんだよ。居達さんの言った通りだよ。」                「やっぱりそうなんだ?!」       「だけど恐いな。普通ならそんな事考えないよ。あの寮からあの食堂までどんなに早く歩いたって、必ず10分はかかるぞ。それなのにその間ずっとアンジェリンを騙して、二人でディズニーランドに行くふりをしてたんだろう?そして喉が乾いたからって言って、無理矢理に食堂に連れて行って、そこにそいつが待ち構えていたんだからな。すげー恐いよ。普通なら歩いている間に、相手に悪いだとかって罪悪感を感じて止めるよ。なのに全然そんな素振りも見せずに、平気でそんな事をやったんだろう?」          「確かにね〜。」            「だからドリーって物凄く恐い女だよ。普通なら絶対にそんな事を自分のルームメイトにしないからな。それにそいつも凄い情けない奴だよ。25歳にもなってて、元警察官が!そんなまだ18の、高校を出たばかりの女の言いなりになって上手く使われるんだから!」                 「そうかもね。」            「なぁ、そいつどんな顔だよ?」    「顔?」                「どんな顔してるんだよ?」       「どんなって…。う〜ん、一応カッコいいかも?」                 「ほらな?やっぱりそうだよ。」     「やっぱりって?」           「そいつはアンジェリンに食堂で付き合ってくれって言ったんだろ?だけど断られた。そいつは驚いたんだよ。そんな筈ないってな!自分となら必ず付き合うと思ったんだよ。まさか断られるなんて丸っきり思ってなかったんだ。凄く自信があったから、だからこれから食事をしようと思ってる相手に言ったんだよ。それで、良いって言うに決まってるからそうしたら同じ席に座って色々話をしようとしてたんだよ。それで、二人でいつ会うかを決めようとしてたんだ。じゃなきゃ席に着いたら直ぐに会う約束をしてから、そのまま帰ろうとしてたんだよ。」         「ふーん、そうなの?」         「ああ。なのに断られたからそれが信じられなくて、だから理由を追求したんだよ。言うまで腕を掴んで離さなかったんだよ。だから仕方なく、売春はできないって言ったんだろう?どっかそういう店に行ってくれって。断られて、しかもそんな理由を言われて、そいつのプライドはズタズタになったんだよ!!そんな事信じられねー、あり得ないってな。だから腹が立って、腕を力ずくで握ってしばらく離さなかった。そいつからしたらそんな事絶対にあり得ないし、あっちゃいけないんだから。自分程の良い男がそんな事を思われて、言われて、そんな振られ方をするなんてな!!」                尚昭はそう言いながら馬鹿にした様に笑った。                  「きっとそいつは今まで振られた事なんてないんだろ?いつも自分から振ってたんだよ。でなきゃ駄目になるとしてももっと他の理由があって駄目になったんだよ。引っ越すだとか何かで。」              「だからそんなに怒った訳か!!」    「だから自分の中じゃあ、そんな事は絶対に許せない。認める訳にいかないんだよ。だからそうやってアンジェリンに執着したんだよ。もう好きだとかそんな事よりも、そんな事を自分にした女を許せない。好きにさせたいし従わせたい。そんな見栄とかプライドだよ。大体好きだなんて言っても、男は只見た目から入るだけなんだから。それで付き合って、そうしながら段々もっと好きになるんだから。なのに付き合ってもいない女を幾ら好きだなんて言っても、そこまでの気持ちなんて無いんだからな!だからそいつはどうしてもアンジェリンを自分と付き合わせて、自分に夢中にさせたかったんだよ。そうしたらもう過去の事なんて帳消しになるからな!売春相手にしたいと思われて断られた事が。結局は自分を好きになって付き合うんだから。そうだろう?だから、ドリーのそんなつまらない誘いに乗って出て来たんだよ。早く何とかアンジェリンと付き合って、自分を好きにさせたいから。」             「なるほどね〜。でも、朝岡さんも凄いね?」                 「そいつは元おまわりだろ?だから余計にそうして執着するんだよ。普通なら幾らプライドが傷付いたってそこまでしないで諦めるよ。男は女なんて手っ取り早く、簡単に付き合える相手の方が良いに決まってるんだから。その方が楽だからな。そんな面倒臭い事をしてまで付き合おうなんて思わないで、駄目なら諦めて違う女を探すよ。だけど、警察なんかにいたんだからな!あんな仕事を、普通は選ばないから。」          「そうなの?」             「あんな物になるなんて危険だし、その部署によっちゃいつ何があるかなんて分からないんだから。色々と訓練だって受けなきゃならないし、しつこく細かい事を調べたり追っかけ回したりするんだから。普通ならそんな面倒な事をしたくないよ。安全で楽な仕事がしたいよ。休みだって中々取れないし、変に厳しくて保守的だし。だからそいつみたいに物事に執着する様な、それが好きだしやりたい奴がなるんだよ。だからそうしてアンジェリンに執着して、又断られたら又暴力を振るうんだろう。本当ならどっちが悪いかなんて明らかだろ?アンジェリンにしがみついて車に引きずって行ったドリーだろ?なのに何で アンジェリンに飛びかかって押し倒すんだよ?無理に謝らせようとしたんだよ?そいつは今度こそ大丈夫だと思ったのかもしれないな。なのに又嫌がられて帰られそうになったから、又プライドが傷付けらて頭に来て、だからそうやってアンジェリンを攻撃したんだよ。だけど本当に馬鹿だよな!!そんな事してて、もし誰かに見られたら、止めに入られたらどうしたんだよ?!他の学生に。そいつともし喧嘩なんかしたら、必ず警察を呼ばれて連れて行かれたぞ?食堂の奴だってもし呼んでいたらどうしたんだよ?!自分の方が悪いんだからな。アンジェリンを無理矢理に連れ去ろうとしてたのは自分とドリーなんだから。なのにそんな事も考えないで、いつまでもアンジェリンを押さえ付けてたんだろう?!最低だな。そんな事をしたらもう絶対にその女に相手にされないのに!!だから、警察に入る奴なんてそうした単細胞が多いんだよ。しかも普段は正義を振りかざしといて、自分の都合に寄っちゃあ悪い方が良くなって良い方が悪くなって、良い方に味方しないで逆に攻撃するんだから。それでそんな事をするんだからな!」          聖子は真剣に聞いていた。        「良いか、聖子?お前はこれから絶対にその3人に近付くな。分かったな?」     「何で?!」              「そいつ等は危険だぞ。」        「危険?!」              「凄く危険だよ。」           「危険って何が?アンジェリンも?」   「あいつだってそうだよ!良いか、俺はあいつを最初見た時に直ぐに分かったんだよ。こっちに来てから、色んな人間を見てるからな。あいつには、鬱積した心の闇があるんだよ。」                 「鬱積した心の闇?!」         「俺には直ぐに分かったよ。他の奴等には分からなくても。あいつは日本で虐められたり、ジロジロ見られたりして嫌な思いを沢山してきたんだろう?それが積もり積もっているんだよ。だから付き合おうなんて言われたって相手が日本人なら、自分を売春相手にしたいだけだと思う。そう思って疑わない。それを当たり前に思う。そんな事を思うなんて普通ならあり得ないが、あいつにはそれが普通なんだよ。だからああしていつも何かビクビクしてる様な、自信が無い顔付きをしてるんだよ。大人しいからじゃない。それだけ じゃないんだよ。あいつの育った環境や周りの人間がそうさせたんだよ。だから居達さんも言ったんだろう?可愛い、綺麗だなんて チヤホヤされてたばかりじゃなくて、普通と変わった立場なら、幾らでも色んな事がある。酷い事なんて幾らでもあったしあってもおかしくないって。だから、あいつは恐いんだよ。」                「何でそれが恐いの?」         「ああした鬱積した人間には心の闇があるから、いつも幸せじゃないんだ。だからああした人間は、何かあればとんでもない事をするんだよ。犯罪者に多いんだよ。アメリカには、親が麻薬やアルコール中毒だとかで暴力を振るわれたりして虐待されたり放って置かれたり、じゃなきゃ性的虐待を受けたりとかの子供がうんと多いんだよ。それでそいつらが大人になると、今度は自分達が同じ事をやったり、何か他の事件を起こしたりするんだ。そうした奴等が凄く犯罪者に多いんだよ。だから、あいつもハーフでうんと嫌な思いを受けてきた。だからあいつももし何かあれば同じになる!しかもあいつは居達さんに何度も言ったんだろう?今度もし又そいつが何かしたら、殺してやるって。何度もそう叫んだんだろう?」            「でも、私だってそんな事をされたらやっぱり同じ事を言ったかもだよ。だって頭に来るじゃないの?そんな暴力を何度も振るわれて。」                 「そうだよ、誰でもそれ位は言うよ。殺してやりたいとか殺してやるなんて。」    「じゃあ何が問題なの?」        「問題は、もし又そいつがあいつにしつこくしたら、又何か変な事をしたらあいつは今迄の事があるから絶対に許さないって事だよ。そして今迄我慢していた分、徹底的にやる。必死で歯向かうんだよ。周りにある物を武器代わりにして。そうしたらそいつも又すげー腹が立って徹底的にやり返す。相手は男で、警察にいた奴だ。だから、結局どっちかが大怪我をするか死ぬまで争う事になるんだよ。だから、居達さんもそれがよく分かってるんだよ。そして、それが物凄く恐いんだ。だからどんな事をしてでもその二人をくっつけたくなんかない。万が一付き合ったとしてももし揉めれば、その二人なら必ずそんな事になるだろうからな。だから、居達さんはそいつにアンジェリンと同じクラスになれ、上に上がれって言ったんだよ。同じ立ち位置に立てば何とかなるかもってな。でなきゃスパッと諦めろと。だってそんな事、絶対に無理だからな。1つならまだしも2つも上のクラスに上がるなんてまず無理だよ。子供の時に、漢字の読み書きができなくて1学年下がって日本の公立の小学校に入れられてから同じにできる様になった方が、まだ楽だよ。それならまだできても、成人してから英語を2つも上のクラスになって、しかもTOEFLを受けるレベルになるなんて事はまず不可能だから。」  「そうなの?」             「当たり前だろう?だから、居達さんはうんと恐れてるんだよ。その二人を絶対くっつけない様にして。でないととんでもない事になって、自分の首が危ないからな。もし本当に殺人事件にでもなってみろよ?そんなのがもし分かれば、次どこに行くんだよ?雇ってもらえるかよ?」             「そうかぁ!」             「だからわざとアンジェリンの事も色々と話して教えたんだよ。警察なら、必ずそうした問題がある人間の事も習うからな。だから、あいつが面倒臭い人間だ、そうした複雑な環境で育ったって事もわざと教えたんだよ。それをハッキリと知ったら、もしかしたら諦めるかもしれないと思って。」       「なんだ、そうかぁ!道理で、おかしいと思ったんだよね。あんまり詳しくアンジェリンの事を話したから。」          「だけど聖子、恐いのはアンジェリンとその男よりもドリーだぞ?一番恐いのはドリーだよ。そいつが恐らく一番始末に負えない。そいつは、何か自分がしたい事があればどんな事をしてでもそれを得ようとする奴だよ。手段を選ばない。どんな汚い手を使っても何とも思わない。何でもする。自分がしたい事なら、それが自分には正しいからだよ。それには何の疑いも無いし、絶対に変わらない。凄くわがままに育てられてきたんだよ。例え厳しかったとしても、それでも自分の気持の思うままに生きる様に躾けられたんだ。だから、どんな方法ででも、絶対に自分には何も変な事が起きない様に注意しながらそれを達成する。いけないだとか恥ずかしいだとか、そんな気持は微塵もない。動物が餌を狩る時と同じだよ。だから、もしドリーが又アンジェリンを連れ出そうとかしていてお前がそれを見て止めたら、そいつはどんな手を下してでもお前を阻止する。その時が駄目なら違う時を狙って、どんな酷いとんでもない方法を考え出してでも、もう邪魔できない様に何かする筈だ。どんな凄い事をしてでも達成しようとするよ。お前が片輪になろうが死のうがそんなの関係無い。自分の目的さえ叶えば何とも思わないし、仕方無いと思ってケロッとしてるよ。だから絶対にその女に近付くんじゃない!!そいつは頭がおかしい。おかしいけど普通に生活をしてるんだから。そいつには特に近付くな。他の二人にもだ。そしてもしドリーがアンジェリンに何かしているのを見ても、絶対に見て見ないふりをしろよ。でないとお前が酷い目に会うぞ?!」   「わ、分かった。だけど、ドリーや朝岡さんは同じクラスだからまだしも、アンジェリンなんて何も関係ないからね!クラスも違うし、あの子は日本人とはいつも一緒にいないもの。うちの学校には友達なんていないんだから。」                「だけどそんな事は分からないだろう?」 「大丈夫だよ、そうだから。」      「馬鹿、そんな事何故断言できるんだよ?!だから絶対に、もし皆でどっかへ行くとか何かの時には、その3人の内一人でもいたら絶対に一緒に行くんじゃないぞ?どんなに他の人間がいても、行きたくても、絶対にだ。分かったな?」              「…うん、分かった。」          聖子は後日この話を小声で仲の良いロイスに話していた。              近くにはアンジェリンがいて、耳の良い彼女は驚きながら、又同意をしながら聞いていた。                  自分が鬱積した人間なのは事実だし、単細胞で自分勝手な朝岡や中身が野生動物の様な、何をやっても自分さえ幸せだし得をすれば それは正しいので誰のどんな犠牲も構わず気にせずのドリーの事も、正にそうだと思った。                  そして又ハクも、自分の事を色々と居達さんに多数の前で話された事で、アンジェリンに激しい逆恨みをしていた…。

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