第13話
「あの、そちらの学校にアンジェリンって 言う女の子がいますよね?」 「?!」 何だ?何の事だろう?居達さんは不思議そうにチャーリーを見た。 「あの、アンジェリンって言う、半分アメリカ人の子…。半分白人の女の子がいますよね?」 「あぁ、いるけど。」 「実は、土曜日の事なんですけど…。」 チャーリーはアンジェリンが同い年位の日本人の女の子と若い男とに挟まれて、その男が彼女を羽交い締めにしていたのを話した。そしてアンジェリンが泣きそうな顔をしながら自分を見たら助けを求めたのを。 彼は警察を呼ぼうとしたが、女の子の方が何でもないと余りにも何度も言って騒いだので、何か内輪揉めかと思い、大した事はないのかとその時は思ってしまった。だから短い休憩時間だったし仕事に戻らなければならなかったのもあるから、結局そのまま中へ戻ってしまった。 だがずっとその事が引っかかっていたし、何とかしてやれば良かったと後から後悔した。もし自分が何もしなかった事で何かあったのなら大変だし、責任を感じる。だから思い切ってあなたにそうした事があったのを話そうと決めたのだと言った。 居達さんは非常に驚いた。彼はチャーリーに知らせてくれた事を深く感謝した。そして財布を出すと中から10ドル札を取り出して渡そうとした。
チャーリーは驚いていらないと数回断った。「いえ、私は何もそんなつもりじゃあ?!」、「そんな、そうした事をされなくても!」 普通、大概のアメリカ人はこうした時には遠慮なく頂く。いつまでも遠慮はしない。しても一回位だ。だがチャーリーは遠慮した。 そんなお金を貰って後から何か言われて、下手したら職でも失ったら困ると思ったのかもしれない?又は金額が、それを伝えた報酬にしては大きかったからかも知れない。 だが笑顔でしつこくその紙幣を渡そうとする居達さんに根負けした。勿論内心は嬉しいに決まっている。いきなりそんなポケットマネーが入るのだから。 基本アメリカ人は余りお金が財布に入っていないし、キャッシュを持ち歩かない。普通、現金で物を余り買わない。又、金銭感覚が日本人と少し違う。 100ドル、(大体1万円位)なら、その価値は大体3万円位の価値観だ。ある時裕福な中国人の若い男にそうだと言われて、そう思わないかと聞かれた。確かにその通りだと思った。100ドルは100ドルだが日本人が思う1万円の価値よりももっと大きい筈だから。 だからチャーリーは大層喜んで何度も感謝しながら、その紙幣をポケットに入れた。 そして居達さんは、又何か生徒達の事で気付いた事があればいつでも知らせてくれと頼んだ。チャーリーは嬉しそうに承諾して厨房へと消えた。 居達さんは食事を終えるとアンジェリンを 待った。もう少ししたら彼女が昼食を取りに来る筈だ。 しばらくしてアンジェリんが食事をしに入って来た。居達さんは名前を呼びながら近付いた。 「アンジェリン、一寸話がある。」 アンジェリンの顔が曇った。 「何?」 「良いからこっちに来い。直ぐに終わる。お前に聞きたい事があるんだ。」 まさかドリーが変な事を言って言いつけた?!朝岡さんと彼女とディズニーランドへ行かなかった事にまだ腹が立って、何かとんでもないデタラメを言って自分を陥れようとしたのかもしれない?!あの子ならやりかねない!!不安な感が物凄く広まった。 「あの、今じゃなきゃ駄目?」 時間稼ぎがしたかった。何か考えなくちゃあ?!何を言われてもちゃんとに切り抜けられる様に。ドリーがあの日の出来事でどんな嘘をもっともらしく言ったとしても!だから座って、食事の時間を利用しながら考えなくちゃあ。 「駄目だ!早くこっちに来い。」 奥にある厨房の近くには衝立があり、そこにはテーブルが2つと椅子が何脚かある。よく厨房の連中が休んだり食事を取るテーブルだ。衝立があるから他のテーブルからは殆ど見えない、少し隠れた様なスペースでもある。 居達さんは嫌がるアンジェリンを急かしてそこへ連れて行くと椅子の一つにかけて足を組んだ。 「お前、土曜日に何があったんだ?」 「エッ?!」 「早く答えろよ。何かあったんだろ?」 「な、何も無いよ。」 「嘘をつくなよ。分かってるんだよ。何かあったんだろう?」 アンジェリンが困りながら立っていると居達さんは少し大きな声を出した。 「お前、何かあったんだろう?朝岡か?あいつと何かあったんだろう、されたんだろう?」 アンジェリンが目を少し見開くと、どうしようかと悩んだ様な表情で彼を見つめた。 「良いから早く言えよ、アンジェリン。何が起きたのかを。自分の口でそれを言ってみろ。」 アンジェリンはどうしようかと悩んでいた。ちゃんとに信じてくれるかな?あのドリーなら口が上手いだろうし、朝岡さんだってもう大人で居達さんと殆ど年が変わらない。その二人の方を信じて、何か言えば自分が責められたらどうしよう…。 だけど腹が立つ。自分は騙し討ちされて呼び出されたり、連れ出された。行きたくもないのに凄くしつこくされて挙げ句にはどちらからも暴力だ!! ドリーは無理矢理に車に引きずりこもうとして全力で引張り、絶対に離さなかった。車を近くに廻せとまで朝岡に言って。 朝岡はずっとその様子を黙って見ていた。元警察官なのに何もせずに。そして何とかドリーを振り払って、その勢いで転んだドリーに味方をしては自分に後ろから飛びかかり、押し倒すと無理矢理に引きずって行ってドリーに謝らせようとした。謝らないと何度も怒鳴りながら腕をねじ上げて痛む様にした。謝らなければ絶対に放さないと脅かしながら。 こんな理不尽な事を何度もされた。 朝岡には前にもこのカフェテリアで付き合いたいと言われて、断ると腕を捕まえて行かせない様にされた。食事が乗った盆を持った自分に、断る理由を言わなければ食事はさせないと言って。 幾ら離してくれと頼んでも聞く耳を持たず、理由を聞く権利がある、食事などそんな物は後にしろと言われて。 それで仕方無く理由を言えば、その内容に怒って掴んでいる腕に物凄く力を加えた。余りに痛くて目から涙が出るまで絶対に放さずに。 そんな恐くて酷い、嫌な思いをさせられた。だからやはり全てを話そうか?もし異常過ぎて信じないとしても? そうして迷っていると居達さんがこう優しく言った。 「アンジェリン、心配するな?大丈夫だよ。俺は何を聞いても驚かないから。俺はお前達の事を任されてるんだから。だから何を言っても良いんだぞ?お前達の事を、俺は知らなければいけないんだからな。分かるか?それに俺はお前の事を、妹みたいに思ってるんだからな。」 「妹?!」 アンジェリンが驚いて聞き返した。 「そうだよ。俺はお前の事を、可愛い妹みたいに思ってるんだよ。その妹に何かあったんなら、そんな事を黙ってなんていられないからな。だから何があったのかを全部話してくれ。いいな?」 アンジェリンはこの内容に打たれた。自分の様に家族の少ない、兄弟もいない人間をそんな風に思っていてくれている?妹? 何だか嬉しくなった。彼が自分を好きだと思う事もあったが、じゃあそうした事だったのか? アンジェリンは居達さんに全てを話す決心をした。そして話し始めた。 話しながら、悔しくて悲しくて涙が自然と出て来た。まだ、地面に打ち付けられた両膝は傷んでいた。 泣きながら顔が真っ赤になった。涙がボロボロととめどなく流れた。 居達は驚きながら聞いていたが、どんどん顔が険しくなってきた。凄い怒り顔になっていった。 アンジェリンも話しながら興奮して来た。怒りが頂点に達していた。どちらの相手にもだが、特に自分に執着して、暴力を繰り返した朝岡にだ。 だから思わずこう叫んだ。 「今度又やったら、あんな奴殺してやるから!!」、「又あんな事したら、あんな男、殺してやるから!!」、「絶対に殺してやるから!!」 こう大声で何度も叫んだ。 居達さんはアンジェリンのその激しく怒る姿を、やはり驚いた表情でジッと見つめていた。 そして彼女から全て事情を聞いた彼はこう 言った。 「よく話したな、アンジェリン!やっぱり そうだったのか。酷い思いをしたな。俺も、そのチャーリーって奴から話を聞いた時には凄く驚いたよ。」 「チャーリーが言ったの?!」 「そうだよ。お前の事を心配してたよ。何もしなくて悪かった、後から凄く心配で気になったって言って。だから俺に言いに来たんだよ。」 「そうかぁ!!」 アンジェリンはチャーリーに対して嬉しくなった。後からでも、心配して居達さんに話しに行ってくれた事にだ。 だから後から彼を見ると、礼を言った。 チャーリーは直ぐに何もしなくて悪かったと言って、普段は割とそっけないのがその時はそうではなかった。 居達さんはアンジェリンから話を聞くと、急いでドリーを探しに行った。
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