第12話

カフェテリアの裏口から出て来たのはチャーリーと言うアメリカ人のコックだ。中年の白人男で、口髭を生やしていた。彼は比較的に新しいスタッフで、アンジェリンは彼が働き始めてからは直ぐに挨拶をし始めた。   何故なら、このカフェテリアはアンジェリンにとっては特別な場所だったからだ。   彼女は此処に来るのが好きだった。此処には自分に良くしてくれる人達が多くいたからだ。働いている連中だ。又は、知り合いや友達の学生達とも口を聞いたり一緒に食べたりもしたからだ。             彼女の誕生日にはスタッフの皆で誕生カードにサインをしてくれたり、食事の時にKBSのカードでは使えない、お金を出さないと食べられない物をくれたりした。今日は特別だからとレジのロージーに言われて。そして確か、アイスクリームだとか何かを2品位もらったりをした。             そして、チャーリーは自分の休憩時間に外で 煙草を吸おうとして出て来た。チャーリーは出て来ると、直ぐにポケットから煙草とライターを出すと煙草に火を付けた。そうして煙草を吸いながら周りを何気無く見た。   そしてアンジェリンが朝岡に押さえられて、目の前にドリーがいて、彼女が泣き顔で自分の方をジッと見つめているのを見て非常に 驚いた。                彼は少し半信半疑でその様子を見つめた。 アンジェリンは急いで又大声で叫んだ。 「Help !! Charlie?!」        チャーリーは煙草を吸うのを中断して、焦った顔で叫び返した。      「Angelin!!Are you OK?!」      チャーリーが困惑した表情で彼女に叫んだ。「Help me!!」            アンジェリンも必死になって叫んだ。 「Angelin, you want me to c all Police?! 「?! Yes!! Calll the police!!」   チャーリーはやはりそうなのかと、何か異変が起きているのが分かった。       「Yeah! Call police!! Please?!」   アンジェリンは又叫んだ。                     それでチャーリーは警察を呼ぼうとした様だが、この時代にはまだ携帯電話は無い。そんな物はもっと後から存在する。      だからチャーリーは側に近寄って来ようかとした様だ。吸っている煙草を口から離すと、それを足元に捨ててもみ消した。     だが焦ったドリーが必死になって止めた。大声を上げて、アンジェリンに負けない位の大声でチャーリーに懇願した。何でも無いと。それはもう物凄い演技力だった。                           「It's OK!  Please?!It's OK!! 」                      被 害者のアンジェリンでさえ呆気に取られて見入った程だ。朝岡は、英語が話せないから唯困って見ていた。彼には、全てがドリーへの神頼みだった。だからアンジェリンをしっかりと押さえ付けながら、黙ってチャーリーの方を向いて立っていた。       アンジェリンも必死に又叫んだが余りのドリーの懇願する態度にチャーリーはしばらく悩んでいたが、よく事情が分からないのでそれなら介入しない方が良いかもしれないと考えた様だ。そうして、気にはなるが下手な事をしない方が良いのかもしれないと思って中ヘ入ってしまった。            アンジェリンはやっと助けが入ると思ったのに駄目で、悲しくて落胆した。だがドリーが直ぐに朝岡に言った。          「朝岡さん、アンジェリンを離してあげて?!」                チャーリーに見られたので又出て来られたら大変だからだろう。そして無理矢理に押さえ付けられているアンジェリンを、本の少しは哀れに感じたのだろうか?!       朝岡がドリーを不思議そうに見つめる。  「早く?!離してあげて?」       「でも…。」              「もう良いから!!もうアンジェリンを離してあげて。」               朝岡が黙って悩んでいる。        「だって、未だドリーに謝ってないよ…。」「良いから!もう可愛そうだよ。それに、又中から出て来たらどうするの?困るのは朝岡さんだよ?!」             自分もだろうが?!           だがドリーは自分の要求の為には我慢をせずに、思い切り、好きにやる様にと親から教えられていた。親と言うよりは恐らく母親からだ。                  父親は船の船長でいつもいない事が多くて、アンジェリンや彼女の母親も一度KBSの説明会で会ったが、母親は凄い人物だった。丸で女ボスか高級クラブの年のいったママの様な物凄い貫禄で、きつい人だった。きつくて恐いタイプの中年女だった。        だからドリーは自分が悪いとは思わない。どんな手を使っても、汚い手を使っても我を通す。それが彼女の正義だったし、恐らくは今もそうな筈だ。(彼女のその後の生活を考えたらそうだろう。)            朝岡はドリーに命じられて、仕方なさそうにアンジェリンを離した。アンジェリンは朝岡を睨み付けた。朝岡は黙ってアンジェリンを見つめた。               アンジェリンはそれから直ぐに両膝を擦った。物凄く痛かった。なにしろ後ろから飛びかかられてコンクリートの地面に強く身体を叩き付けられたのだから。        アンジェリンはドリーの事も睨んだが、ドリーも黙って彼女を見ていた。       アンジェリンは腹立たしそうに、直ぐに踵を返して歩き出した。足取りは重かった。足を左右引きずりながらゆっくりと歩いた。  「待って、アンジェリン?!」      ドリーが後ろから声をかけた。アンジェリンが嫌そうに振り返った。無視して行こうとすれば、又朝岡が怒って何かするかもしれないし、ドリーが頼むかもしれない。     そうすればこのろくでなしの男は、好きだと騒いで無理矢理に付き合わせようとしている自分よりも、そんな事に協力している相手を、そっちの女を選ぶのだから!!    ドリーはアンジェリンに一緒に戻ろうとしつこく言うと朝岡の側に寄って、割と小さな声で話し始めた。             アンジェリンは何を話しているのか気になってしばらくはそこに立って見ていた。   ドリーは朝岡に何度も謝っていた。計画が失敗した事を。朝岡は落胆していて不機嫌だったが、ドリーのせいではないと言っていた。そして、まさかアンジェリンがあんな風だとは思わなかったし、幾ら何でもあそこまで会話を男としないしできないだとか初だとは思わなかったと勝手な事を言っていた。噂には聞いていたがあそこまでだとは思わなかったと。嘘みたいで信じられない等と。    ドリーは自分も最初は最高に驚いたしまさかと思ったが、本人からそう聞いていたからそうだし、アンジェリンは男とデートをした事が一度もないし付き合いたいと言われた事も無いのだと又説明していた。       朝岡はそれがどうしても理解できない、あんなに可愛いのにと何度か言い、ドリーはそんな事は関係無い、可愛くても外人に見えればもうそれは虐められるしジロジロと見られるだけだと言った。アンジェリンの話や態度で、自分も今はそれを信じるし信じられると。だから気にしないで又何か策を練って、必ず付き合わせてやるからと言った。     朝岡は、外人に見えても可愛いからそんな事をするのが分からないし丸で理解できないとしつこく言い、ドリーはそれがどうやら都会だからだと言っていた。だから東京や横浜はそうなんだと。自分達の様に、それが九州なら違うが、そうじゃないから人が冷たいのだとそう言って繰り返していた。        そんな会話を二人はしばらくしていた。  アンジェリンはある程度聞くと、足も凄く痛いからゆっくりと前へと歩き出した。   少し歩くとドリーが気付き、後ろから待つ様に叫んだ。アンジェリンは足が凄く痛いから早く帰って横になって休みたいと、振り返って怒りながら叫んだ。            ドリーは朝岡と話のけりを着けると朝岡は下を向いて車へと歩いて行き、ドリーはアン ジェリンの方へと足早に近付いて来た。  彼女のかすり傷は大した事はなく、もう普通に振る舞っていた。           ドリーはそうしてアンジェリンの横に並ぶと、ずるそうな顔付きで何度か彼女を横から見た。そして、朝岡さんと付き合った方が良いと何度も言った。アンジェリンが嫌だと ピシャリと言うと、それが彼女の為だと言った。                  アンジェリンが呆れて、何故自分の為だと 聞くと平然と答えた。彼は格好良いし、顔が悪くないと。年も25歳だから大人だし、だからアンジェリンを守ってもらえる。元警察官だから頼りになる。だからハクやその手下の虐めから守ってもらえると。      アンジェリンが嫌だと答えてそんな事は関係無いと言うと、又同じ事を何度も繰り返した。そして何故嫌なのかとしつこく聞いた。アンジェリンは、年が25歳だなんてもうオジサンじゃないか?、自分はまだ19歳だ。だから付き合うならもっと年が近い方が良いと言った。                年上は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。だがそれなら30代や、40半ば位までのもっと年上だ。もっと大人で、ダンディーな渋い大人の男だ。そしてあんな下らない子供じみた事を何度もしてくる男ではなかった!    だがドリーはしつこかった。彼と付き合うのはアンジェリンの為だとまだ食い下がった。アンジェリンは頭に来てついに叫んだ。 「何が私の為なの?!自分の為でしょう?!」                ドリーが驚いた顔をした。        「何で私の為なの、アンジェリン?!」  「だって、そうしたら自分が朝岡さんに喜ばれるからでしょう?だからじゃん!」  「何で私が喜ばれるの?それでそれが何で私の為なの?」                「そうしたら朝岡さんが自分の味方になるからでしょ?あの人はドリーと同じクラスなんだから。だから何かの時に助かるからでしょ?」                 「何それ?何なの、味方になるって?!」 ドリーがすっとぼけた。         「だから、もし何かの時に、誰かと喧嘩して揉めた時とかに間に入って助けてもらえるからでしょ。相手が男だって平気だよ、元警察官なら!喧嘩だって普通の男よりは強いし、そんな事は慣れてるんだから。だからでしょう?」                 ドリーはまずいと言う顔をした。図星だからだ。でなければそんなに必死になって間を取持とうだなんて絶対にしない!!自分に何の見返りも無ければ。           「そんな事考えてる訳ないじゃないの?!」ドリーは大げさに叫びながらアンジェリンを呆れ返る様に見た。           「じゃあ何でそんなにしつこくくっつけようとするの?こっちは嫌だって言ってるし、迷惑してるのに。そうでしょう?!」    するとドリーは悔しそうに言った。    「じゃあアンジェリンが勝手にそう思うなら、それでいいよ!」          「だってそうでしょ?そう思うよ!私は一言も、男と付き合いたいとかあんな事しろなんて言ってないんだよ?ましてや、前にも言ったよね?付き合うならアメリカ人と付き合いたいって。せっかくこっちに来たんだから!なのに何でわざわざ日本人と付き合わなきゃならないの?しかも25歳だなんて!英語もできないし、TOEFLの勉強や大学の話も色々と聞けない人なんて付き合う必要ないんだよ、私は。前にそう言う事は言ったじゃん?」                 するとドリーは又悔しそうな顔をしたが黙った。そうして少し黙っていたが今度は注意深そうに言った。今日の事は居達さんには黙っている様に、絶対に言わない様にと。ドリーは居達さんに言われて問題になるのを恐れたのだ。                 アンジェリンは余計に腹が立った。だから そんな事を考えてはいなかったが、自分は彼に言うつもりだと言った。        ドリーはそうさせない様にと色々な理由を 考えて言った。一つには、もし言いつけても居達さんは初なアンジェリンの言う事等は信じないと。自分達はそんな馬鹿な事をしていないと、違うと言えば信じないからと。  アンジェリンは、自分達が悪いのに言い付けられない様にそんな事を言うドリーに更に腹が立った。朝岡にも勿論そうだが彼女にも、そうした卑劣な行為に憤慨した。      だからこう切り替えした。居達さんは信用する。何故なら自分は一番上のクラスで、一番クラスの中で授業が出来るからだ。      ドリーは、アンジェリンはハーフだし小学校を日本でそうした学校に通っていたのだからそんなのは当たり前だ、だから彼はそんな当たり前な事を気にしないと言った。    だからアンジェリンは、彼は同じ出身地だから自分とは気が合うし、だから自分の理解者だと言った。だから必ず信用すると。   本当は言った事のどちらもそんな事を思っていなかったし気にしてなかった。だからある種のハッタリで言ったのだ。       それに後から分かったが、居達さんは横浜ではなくて東京出身だった。唯少し前に横浜に住んでいた事から、アンジェリンは長い事自分と同じ横浜出身だと思っていし、ドリーも知らないからそう思っていた。      とにかく相手がドリーだから、そうした事を言わないと又ああだこうだと下らない屁理屈を言って引き下がらないからだった。   だからそれを言うとドリーは怯んだ。次には、もしも言い付けたらハクにアンジェリンをもっと年中虐めてくれる様に頼むと言った。そうしたら凄く困るだろうと。    アンジェリンはこれには内心ビビった。あの気狂いのハクがそんな風に扇動されたら余計に喜んでやるだろう?!あんな風に、何もしていない女に暴力を振るう男だ。     だがそんな弱みを見せたら付け入られる。必ず喜んでドリーは何かを言ってハクに虐める様に焚きつける。そしてハクも必ず喜んでやる。                  だからこう切り替えした。構わない、言えば言い。何故なら自分も居達さんにドリーが そうして脅迫しているからと、直ぐに後から電話して相談する。又は警察に相談する。自分は英語でそうした内容を警察で言える。 だからもし後から何かあれば、ドリーもハクも捕まるし困る事になる。自分が怪我をしたり死んだら必ず自分達もただでは済まない。そして母親にも、そうした事をドリーから言われたし、朝岡の件も含めてを全てを手紙に書いて出すと。             だから何かあれば、母親も黙ってはいない。何もしていないのに理不尽に暴力や脅しをされたり、誘拐や拉致もされそうになったのだから。                 するとドリーはとても困った顔になり、今度は下手に出て頼み始めた。お願いだから居達さんには言わないでくれと。       それでアンジェリンは言った。もう二度と 朝岡に協力して騙し討ちをしたり、変な事をするなと。そしてハクにも下らない事を言って、もっと自分に嫌がらせをする様に誘導するなと。そうしたら、今日の事は黙っていてやるからと。               ドリーは仕方無く承諾した。そうして二人はそのまま無言でドーム(寮)まで歩いて行った。どちらも大変に不愉快だった。    だが、チャーリーがいた。チャーリーはアンジェリンの事を助けなかったのが気になり、悩んでいた。あの後何があったのだろうと。だから月曜日になると、たまに食堂(カフェテリア)ヘ来て一人で食事を取る居達さんに彼は近付いた。           「Sir.あの、一寸お時間宜しいでしょうか?」                 居達さんが驚いて顔を上げた。      「あの、僕の名前はチャーリーです。此処の厨房で働いています。」        「何?」                「あの、実は…。お宅の学校の生徒さんの事で、一寸お話があるんですが…。」     チャーリーは居達さんを見ながらおずおずと切り出した。

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