第10話

ハクがアンジェリンに暴力を振るった事が 発覚したのはこうした事柄からなのだが、KBSの男子生徒の中にはアンジェリンに  付き合ってほしいと言う者達が何名か出て 来た。                 そしてアンジェリンは過去に男と付き合った経験が一度もなく、付き合ってほしいと言われた事は日本では皆無だった。だから自分にそんな事を言うのは、どこか女子ばかりが行く様な食べ物屋ヘ入りたいが一人では行き辛い為に自分にそこへ行くのを付き合ってほしいと言っている、そう思った。又は、体の付き合いをお金を払うからしてほしいと聞いているかのどちらかだと思い込んでいた。  基本はこの売春目的だと思い込んでいた。相手が日本人なら必ずそうだと思い込んでいた。自分の顔に自信が無い訳ではないが、上手く東西の血が交じった中間的な顔ではないので、日本人にはモテないのは熟知していた。可愛い、綺麗と言われても、又自分をすれ違いざまに感じ良く見るのは同年配の男ではない。皆、自分よりももっと年上の人間達だった。                だからアメリカに来てから、年の近い、中には5,6歳上の男もいたが、日本人の男に付き合ってほしいと言われてもそれが恋人になりたいと言う意味だなんて丸で分からず、想像さえできなかった。          だから必ずこう答えた。悪いが自分は売春はできない。だからそうしたお店へ行ってほしいと。                 それを言われた男達は驚愕した。するとアンジェリンは申し訳なさそうに又同じ内容を繰り返した。するとその男達は怒り出した。 中にはアンジェリンに、馬鹿にするんじゃないと叫びながら彼女の頬を叩いて髪を掴んで、暴力をふるおうとした18歳の青年もいた。                  アンジェリンが泣き喚いて逃げようとしているのを偶然彼女の同室のドリーこと弘子が 見て慌てて止めに入った。人がまだ殆どいない時間帯の食堂、カフェテリアでの出来事 だった。                その叫び声にアンジェリンと仲の良い、彼女を大好きなメキシカンの従業員のジョージまでが驚いて中から出て来て、髪を掴まれた アンジェリンを見て怒り顔になりながらその生徒に殴りかかろうと近寄って来た。それを必死でドリーが大丈夫だから喧嘩をするなと何度も叫んで頼んだ。ジョージはやっと渋々止めたが最後まで様子を見守っていた。  ドリーがアンジェリンとその男子生徒の間に入りながら髪を離せと大騒ぎをした。その生徒はやっと掴んでいる手を離したが、顔は引きつっていた。ドリーが訳を聞くとその生徒は話した。そしてアンジェリンは自分を馬鹿にしていると言った。          ドリーは違うと説明した。アンジェリンに 悪気は無いと。彼女は日本で一度も彼氏が いなかったしデートも一度もした事がないと。ハーフだから外人に見られて苛められていたから、本当に体目当てだけかと思ったのだと。                 その生徒はそんな話は信じられないと言った。可愛いのにそんな馬鹿な話を信じられないと。                 ドリーは自分も最初はそうだったが、ハッキリとアンジェリン本人からそうした事を聞いている。嘘だと言って何度も確認したが、事実だと言われて逆に彼女は怒りだしたと言った。だから本当の事だと。        男子生徒はやっと信じた。それでドリーは その生徒に、アンジェリンに謝らせてから 帰らせた。               こうして彼女へ告白した者達は皆腹立たしいし信じ難い思いをした。一人はその言われた内容で、憂鬱状態になった。彼はアンジェリンの着ている服のセンスと同じ様な格好をした娘に付き合おうと言って、付き合った。 その子は直ぐにアンジェリンと同じ様な長いレイヤードスタイルに髪を切った。顔は正直良くなかったが、その男子は浅黒くて割と可愛い顔をしていた。           アンジェリンにカフェテリアでランチタイムに会うと普通に声をかけてきていた。クラスが違い、アンジェリンは知り合いのアメリカ人や大学の講師達と食事を取り、彼は同じ クラスの男達と食べていたから一緒に座って食事をした事は無かったが。       だからアンジェリンにはランチタイムの混む時間帯にいつも挨拶をしてきていたが、そうしたある時に彼女に付き合ってほしいと言った。                  アンジェリンは凄く驚いて目が真っ赤になった。自分と売春をしたがっている!!   ショックで悲しくて、泣くのを必死で我慢しながら小さな声でだ「駄目。」、と一言きつく言うと直ぐに側を離れた。        相手は驚いて理由を聞きながら追いかけようとしたがめちゃくちゃ混んでいて簡単には通れない。自分はこれから座って食べなければいけないし席を見つけないといけない。  アンジェリンは直ぐに知り合いを見つけて離れたテーブルに着いて食べ始めた。それで彼はその日は仕方無く諦めた。       その日の夜、アンジェリンはショックで部屋で落ち込んでいた。ドリーに訳を聞かれて、その生徒に付き合ってくれと言われた、自分を売春の相手にしようとしたと泣きながら 訴えた。                ドリーは驚き、それはアンジェリンを好きだからボーイフレンドとして付き合いたいと 言う事だと説明した。アンジェリンはそんな事は信じられないと言った。       翌日、ドリーはその男子生徒に訳を説明した。彼もその中身に驚いたが訳が分かり納得して元気を取り戻した。その日のランチタイムにアンジェリンに又話しかけて、もう一度もっと上手く説明しようとしたが彼女は避けて離れて行った。            それからは毎回必ずそうした。だから彼は アンジェリンに似た服装をした子を代わりに彼女にしたが本当は好きではない為にノイローゼになり、クラスの勉強にも身が入らないしいつもイライラしていた。そしてその彼女とも直ぐに別れた。           そして結果、日本に戻る事を選択した。最後の日、帰国日にはアンジェリンがよくいる カフェテリアに居達さんと来た。     彼女はドリーとお茶を飲んでいたが、居達さんは奥へコーヒーを取りに行った。訳を知ったか頼まれたのか、最後にアンジェリンと話をさせようとしたみたいだった。     ドリーがそれを察して、嫌がるアンジェリンを無理矢理に彼の側ヘ連れて行った。しつ こいのでアンジェリンは嫌だが彼の前に立った。                  彼は髪をぴしっと横分けにして普段の様に前髪を垂らしていなかったし、茶色いスーツを着ていた。               ドリーは直ぐに二人から離れた。アンジェ リンが慌てて自分も彼から離れようとすると、ドリーが何かを話せとわあわあ言った。                  困りながら黙っていると相手も気まずそうに黙っている。だがアンジェリンから何かを言うのを待っている様だった。       だがそんな事を丸で分からないアンジェリンだ。男とまともに長く口なんてきいた事は無い。一度もデートをした経験も無い。家族は皆、女だ。父親も会った事が無いし、一度も一緒に生活をした事が無い。       だから黙って困りながら立っていると居達さんが戻って来た。手には発泡スチロールの 白いカップにブラックコーヒーが入っていた。                  「どうだ、もう良いか?」        「はい!」               その男子生徒は諦めた様な、嫌な悲しそうな顔付きでアンジェリンを見ながらそう答えた。                  「よし、じゃあ行くぞ。」         そうして二人はカフェテリアから出て行った。                  ドリーが近付いて来た。         「ちゃんと何か話したの?」       「何を?」               「話してないの?!駄目じゃないの、ちゃんとに話さなきゃ。もう最後なのに!」   「何を話すの?だって、話なんて無いもの。」                「だけど、アンジェリンのせいで戻る事になったんだよ?!」            「エッ、どうして?私、何もしてないよ?」アンジェリンは当時本当にこんな感じだった。もしかしたら、男女関係についてはその後も凄く鈍感だったかもしれないし、恐らくは死ぬまでそうだろう。         そしてこの青年は日本ヘ戻った。だが、他に一人、物凄くアンジェリンにしつこくした25歳の青年がいた。彼もカフェテリアで彼女に付き合ってくれと言った。アンジェリンが キッチンから食べ物の乗ったトレーを運んで来て席を探していると近付いて来たのだ。                  アンジェリンは、自分よりも6歳程年上のこの青年が発したそのセリフに驚愕した。そして直ぐに逃げようとして行こうとすると、いきなり腕を掴まれた。          驚いて顔を見る。            「ねぇ、ちゃんとに答えて?僕と付き合ってくれる?」               「駄目!」               腕をしっかりと掴まれて、アンジェリンは何とか返事をした。            「どうして駄目なの?!」        男は驚いた、意外そうな顔付きで聞いてきた。                  さっき言った、日本に帰った青年もそうだが、この男も顔立ちは悪くなかった。だからだ。                  アンジェリンは後から男達が話していたのを聞いた。見た目が悪くない男は女に付き合いたいと言うと、大概上手くいく。断られない。だから自信を持っている。だからどこででも簡単に言う。混んだ食堂でも、相手がお腹を空かしてこれから食事をしようとしていてもお構いなしだ。            要は早い物勝ちで、早く言えばすぐその相手と付き合える。そう思っている。だから簡単に、気に入れは直ぐに、どこででも言う。              そして断られるとショックを受けたり、物凄く怒るのだ。そして相手に執着して、ストーカーの様になったりする男もいる。この男が正にそうだった。             この男はCクラスで、ドリーと同じだ。そして日本では警察官だった。そしてドリーと 同じに九州出身だ。だからドリーとは割と仲が良かった様だ。            何故かアンジェリンを好きになったり付き合いたいと言ったのは殆ど皆が九州の男達だった。今から40年も前だから、時代はまだ アンジェリンにはとても厳しかったが、九州はオープンな土地柄な為か、だから皆はアンジェリンに対しての偏見や差別がなかった。だが、熱しやすい気質でもあるのかもしれない?それも手伝ってか、この元警察官で20代中間の男はアンジェリンに執着する。それが、ハクが彼女に暴力を振るった事を聖子が居達さんヘ告げ口するきっかけとなる。  「あの、放してもらえますか?」       アンジェリンが弱々しく言った。腕を掴まれて困惑している。            「なら理由を話して。」         「エッ?!」              「じゃあ駄目な理由を話して。」     「放して下さい!!」          「だから理由を言ったら放すと言ってるでしょう?!」               「でも、…食事しなきゃあ。」      「そんなの、後からだって良いでしょう?!」                アンジェリンはカチンとした。何がそんなのだ?!自分はもう既に食べ終えている。カ フェテリアに来た時にテーブルに着いて食べているのを見た。その時も自分をじーっと、ねっとりとした目付きで見つめていた。前から何度か偶然カフェテリアで自分を見ると、そんな風だった。             「でも、お腹空いたから。」        そう言った。本当に空腹だった。早くご飯が食べたい!               「だったら早く答えて?そうしたら食べられるでしょう?」             こんな事を平気でやる様な男なら、普通誰でも嫌だと思う。             「早く理由を言って?僕もちゃんとに自分の気持を伝えたんだから、だからちゃんとに理由を聞く権利があるから。」        権利など無い。自分が勝手に言ってきただけだ。しかも食堂なんかで!これからご飯を 食べようと思って、席を探している人間にだ。                  だがこの男は一向に動じないしアンジェリンの腕を放すつもりはない。        「あの…私、売春できませんから。だから、そういうお店に行って下さい。」      アンジェリンは仕方無く理由を言った。  続く.

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