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「このままでいいから、聞いてください」
しばらく安田くんに身を任せて年がいもなく泣いて、少し落ち着いた頃に頭の上から声がした。
「俺、新井さんが好きです。あの時から、ずっと」
思ってもみなかった。こんな言葉を貰うなんて。
びっくりして顔を上げようとしたけれど、それを察したのか、安田くんは慌てて続けた。
「あの、『このままでいい』というよりは、できればこのまま顔を上げずに聞いて貰えたら…ちょっと、あれなんで…」
急に弱気になって、モゴモゴする安田くん。けれど、私を包んでいる腕が少し強くなって、声が微かに震えていた。きっと、緊張しているんだなとわかったから。私は大人しくそのままの体勢でいることにした。
何かを音にして発したわけではなかったけれど、その思いが伝わったらしい。安田くんは静かに、けれど深く息を吸って、ゆっくり吐いた。そして続けた。
「新井さん、いつも辛くても何も言わないじゃないですか。上司に理不尽なことを言われても、嫌味を言われても。後輩のミスも、自分のせいにして上司に謝ったり、さりげなくフォローしたり。それなのに皆にニコニコして、頼られるまま頑張って。ミスした後輩には優しく声をかけたりして」
全部見られていたのか。上司に叱責されるのは見られていたとして、後輩のフォローはひっそりしているつもりだったのに。誰にも気付かれていないと思っていたのに。実際、気付かれたことなんてなかったはずなのに。
今日のことだけでなく、安田くんはずっと見てくれていたのか。
「俺、新井さんが弱音とか愚痴を言うの、見たことなくて。飲み会でも、酔って泣いたり怒ったりする人がいる中、空いた食器を店員さんが持っていきやすいようにまとめたり端に置いたり、皆のお世話をしてたりするから。たまには愚痴くらい、言ってもいいのにと思ったりして」
なんだか嬉しかった。今は、こころが弱っているからかもしれない。けれど、私のことを、こんなにも見てくれている人がいることが、嬉しかった。
「だから、素直に泣いたり、愚痴を言ったり、怒ったりする場所を作ってあげたくて。というか、俺がその場所になりたくて」
はじめ、微かに震えていた声は、今は芯が通ったようにしっかりとしていた。表情と同じ、声までころころ変わるのかと思ったら、なんだか少しおかしくなってきた。
けれど、震えるくらい勇気を出してくれて、こんなにも見ていてくれて、想ってくれて。何より、このぬくもりに少しほっとした自分もいて。
だから、いいかも、と思った。安田くんの前でだったら、素直に泣けるのかもしれないと。実際、泣いてしまったし。
こんな状況でもぐるぐる考えてしまうのは私の悪い癖なのか、色恋から離れてしばらく経つからなのか。
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