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「あの、…」
安田くんはそう言いかけて、今度は俯いてしまった。私もどうしたらいいのかわからなくて、しばらくそのまま彼を見ていた。
すると今度は意を決したように顔をあげた。
「あの、えっと…新井さんがさっき、泣くの、我慢してたから。俺、…」
真剣な表情だった。さっきまでとは違う。まっすぐな目で、私を見ていた。
「会社では、声、かけられなくて。でも気になって…」
なぜだろう。鼻の奥が、少し痛い気がする。
「電車、終電だったけど。降りちゃいました」
そう言って、彼はふにゃっと笑った。
見抜かれていたことに驚いた。会社では我慢していたし、いつもの私を演じていた。上司に嫌味を言われてもニコニコしていた。
誰にも気付かれていないと思っていたのに。
「そんなこと、ないよ」
言ってはみたものの、目の奥もなんだか熱いような気がする。
誰にも見られないようにしていたのに。いつもの私でいたはずなのに。
実際、他の誰にも気付かれなかった。私のミスだったから当然だけれど。厳しい言葉はかけられても、優しい言葉はかけられなかったのに。
私が、本当は泣きそうだったことに、たとえ気付いたとしても。
放っておけばいいのに。普通は見て見ぬふりでもするのに。
そんな理由で、わざわざ追いかけてきてくれて、終電を逃してまでハンカチを渡すという理由を作ってまで、気遣ってくれた。
その優しさが、今は嬉しくて。
「新井さん」
涙が零れそうになるのを我慢していると、安田くんに呼ばれた。優しい声だった。その声に、無意識にでも、涙が零れてしまわないように、頑張ってこらえながら安田くんを見た。
「抱きしめても、いいですか?」
思いもしなかった言葉に、一瞬、今度は驚いて固まってしまった。そうしていると、否定しないのは肯定と捉えられたのか、温もりを感じた。私は包み込まれるように、抱きしめられていた。
「これで、泣いても誰にも見られませんよ。俺にも見えないから、思う存分泣いてください。ハンカチもありますし」
言ってることもやっていることも、無茶苦茶だと思った。けれど、なんだか嫌ではなかった。
なんだか嬉しくて、包まれていることに安心してたら、一粒、頬を伝った。そうなるともう止まらなくて。ボロボロ泣いてしまった。
私がそうして泣いている間、安田くんはまるで見当違いな慰めの言葉を投げ掛けていた。
「見えてませんよ、俺。新井さんが泣いてるのなんて、見えてませんから」
なんて、泣いてるのがわかっている時点で意味がないのに。
泣きながら、優しいのに不器用なんだろうな、なんて、少し笑えた。
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