7

 「あの、…」


 安田くんはそう言いかけて、今度は俯いてしまった。私もどうしたらいいのかわからなくて、しばらくそのまま彼を見ていた。

 すると今度は意を決したように顔をあげた。


「あの、えっと…新井さんがさっき、泣くの、我慢してたから。俺、…」


 真剣な表情だった。さっきまでとは違う。まっすぐな目で、私を見ていた。


「会社では、声、かけられなくて。でも気になって…」


 なぜだろう。鼻の奥が、少し痛い気がする。


「電車、終電だったけど。降りちゃいました」


 そう言って、彼はふにゃっと笑った。


 見抜かれていたことに驚いた。会社では我慢していたし、いつもの私を演じていた。上司に嫌味を言われてもニコニコしていた。

 誰にも気付かれていないと思っていたのに。


「そんなこと、ないよ」


 言ってはみたものの、目の奥もなんだか熱いような気がする。

 誰にも見られないようにしていたのに。いつもの私でいたはずなのに。

 実際、他の誰にも気付かれなかった。私のミスだったから当然だけれど。厳しい言葉はかけられても、優しい言葉はかけられなかったのに。


 私が、本当は泣きそうだったことに、たとえ気付いたとしても。

 放っておけばいいのに。普通は見て見ぬふりでもするのに。

 そんな理由で、わざわざ追いかけてきてくれて、終電を逃してまでハンカチを渡すという理由を作ってまで、気遣ってくれた。

 その優しさが、今は嬉しくて。


「新井さん」


 涙が零れそうになるのを我慢していると、安田くんに呼ばれた。優しい声だった。その声に、無意識にでも、涙が零れてしまわないように、頑張ってこらえながら安田くんを見た。


「抱きしめても、いいですか?」


 思いもしなかった言葉に、一瞬、今度は驚いて固まってしまった。そうしていると、否定しないのは肯定と捉えられたのか、温もりを感じた。私は包み込まれるように、抱きしめられていた。


「これで、泣いても誰にも見られませんよ。俺にも見えないから、思う存分泣いてください。ハンカチもありますし」


 言ってることもやっていることも、無茶苦茶だと思った。けれど、なんだか嫌ではなかった。

 なんだか嬉しくて、包まれていることに安心してたら、一粒、頬を伝った。そうなるともう止まらなくて。ボロボロ泣いてしまった。

 

 私がそうして泣いている間、安田くんはまるで見当違いな慰めの言葉を投げ掛けていた。


「見えてませんよ、俺。新井さんが泣いてるのなんて、見えてませんから」


 なんて、泣いてるのがわかっている時点で意味がないのに。

 泣きながら、優しいのに不器用なんだろうな、なんて、少し笑えた。

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