これは知り合いの話なんですが・・・

ブリル・バーナード

これは知り合いの話なんですが・・・


「これは知り合いの話なんですが――」


 テスト期間中の勉強会にて、一つ下の学年の後輩が突然そんなことを言い出した。

 二人っきりの放課後の部室、というか教室。本来ならば部活動は禁止なのだが、顧問のおばちゃん先生におねだりしたところ、快く教室を開放してくれたのだ。

 時折ふらりとやって来ては、差し入れとしてお茶とお菓子をひっそりとくれる顧問の先生。超優しい。あざっす!

 実は俺は即座に帰宅しようとしたのだが、教室の前でニコニコ笑顔で待ち構えていた後輩に捕まり、強制連行されて今に至る。

 まあ、家に帰っても勉強はしないから、ここで勉強している分マシなのかもしれない。


「先輩! 聞いていますかっ!?」

「あぁ、ごめん。考え事してた」


 ぷくーっとお餅のように膨れた後輩の頬をプスッと潰し、数回揉みしだいてから勉強に飽きた彼女の話を聞くことにする。

 一旦休憩にも丁度いい時間だ。集中力も切れるタイミング。雑談に興じるのも良い息抜きになるだろう。


「で? なんだ?」

「これは知り合いの話なんですが……」


 ほう? ほっほう? 大抵こういうセリフから始まる相談は自分のことについてだぞ。

 後輩は一体どんな悩みを打ち明けてくれるのだろうか? 実に楽しみである。


「その知り合いには好きな人がいるらしいんです」


 ほぉー。恋バナか。恋のお話なのか!

 良いねぇ。俺、こういう話は好きだぞ。後輩は誰が好きなんだ!?


「どんな人だ? 年上? 年下? 同い年?」

「年下です」

「お、おう……年下か」


 ふ、ふーん。と、年下ねぇ。となると、目の前の後輩が好きな相手は中三!? 中学三年生ですか! 中学時代に好きで、今もなお好きなパターンですか。へ、へぇー。

 なかなか会えなくて辛い、という愚痴でも言いたのかもしれない。


「先輩? 顔が引き攣ってますけど、どうかしました?」

「べ、べべべ別にそんなことはないぞ! ほらほら。相談を早く言いなさい」

「はぁ。内容はご想像できると思いますけど、知り合いは告白しようかどうか悩んでいるそうなんです。先輩ならどうします?」

「……もうちょっと詳しい状況を教えてくれ」

「それもそうですね。知り合いが好きな子は可愛い系です。超可愛いです。滅茶苦茶可愛いです。目に入れても痛くない……いや、目に入れたいほど可愛いのです!」


 ぐ、ぐふぅ! そ、そうか。可愛い系か。可愛い系が好きなのか。男の娘がタイプなのか……。


「ちょっと悪戯っぽくて、笑顔が可愛くて、なにより構ってアピールして猛アプローチしてくれる子なんです。知り合いは、少しウザいときもあるけど、仕方がないなぁ、と受け入れちゃうらしいです」


 がはっ! う、受け入れちゃってるのか。猛アプローチを好ましく思っているのか……。


「告白をしてお付き合いをしたい気持ちはある。OKを貰う確率が高いことも何となく察している。でも、勇気が出ない。この心地良い関係が崩壊してしまうかもしれないという不安もある……みたいです」


 その気持ちはわかる気がした。いや、わかる気がしていた。ついほんの数分前までは。俺は自意識過剰だった……。


「先輩はどう思います? 告白しますか? それとも、ダラダラとこの関係を続けますか?」

「そ、そうだなぁー。俺はダラダラと続けても……」

「ふ~ん?」

「な、なんだねそのジト目は!」

「別にぃ~。何でもないですよぉ……ヘタレ」

「ヘタレ言うな!」


 はぁ、と深いため息をつく後輩。失望とか心底がっかりしたという文字が顔に書かれている気がするのは俺の見間違いだろうか。

 何故そのような感情を向けられなければならないのだ。


「もし付き合って、変に意識し合ってギクシャクしたくないだろう?」

「その考えは無きにしも非ず……あ、あくまで私個人の考えですよ! 私個人の! 恋愛の考え方には個人差があります」


 わかってるわかってる。全部わかってるから。そんなに必死に弁解しなくても大丈夫だから。


「先輩のその顔、なんかムカつきます」


 いつもの顔だろうが! 後輩は何時も俺の顔にムカついているというのか!?

 ちょっとショックである。


「はっ!? もしかして、先輩はお付き合いをすっ飛ばして結婚したいと!?」

「後輩の脳みそがすっ飛んでいないか?」

「ジョーダンですよぉ~。先輩先輩。デメリットに目が行きがちですが、お付き合いしたメリットを考えてみましょう」

「メリットねぇ……」

「堂々とイチャイチャできます!」


 それは……確かにメリットだ。

 好きな異性とイチャイチャしたい。これは人間の根源的欲求である。俺だってそういう気持ちもある。

 でも、相手はそれを望んでいるのだろうか? 過度なイチャイチャが嫌いな人もいるだろうし。


「その知り合いとやらはイチャイチャしたいと思っているのか?」

「知り合い? あ、そうでした……。そうですね、イチャイチャしたいとは思っているけれど、相手がどんな反応をするのか怖くて手が出せない、といった感じでしょうか。時々、無意識に相手に触れてしまう、というピュアなヘタレです」


 知り合いの話っていう設定を忘れていたな、こいつ。

 つーか、自分のことをピュアなヘタレと言うのか。後輩は俺に対して当たりが強いじゃないか。パーソナルスペースは狭いし、俺に誤解させるくらいには密着してくるし。

 好きな相手にこそ、そういう積極性を見せればいいだろうが。


「じゃあ、年下の子はどんな感じかわかるか?」

「超ウェルカム状態です。実はひっそりとアプローチしつつ身体を密着させたりして自分からイチャついてます。健気で可愛いですよね? 可愛いと思いますよね? 可愛いでしょ!」

「お、おう。ちょっと離れてくれ。圧が強い……」

「あ、すいません」


 そこら辺のアイドル顔負けの顔が吐息が吹きかかるほど迫ってきたのだ。心臓に悪い。

 睫毛長いし、パッチリ二重だし、鼻はチョコンと可愛く、唇はプルッと艶やかだ。ムカつくほど可愛い。ふわっと香る甘い匂いとか、男を堕落させる気か!

 こんな美少女が好きな相手か……はぁ、正直考えたくない。


「そんなに可愛いのなら付き合えばいいじゃないか。好きなんだろ? 多少のデメリットはメリットで打ち消せるだろ」

「ですよね! そう思いますよね!」


 もう付き合う気満々じゃないか。

 そう言えば、こんな言葉を聞いたことがあるな。


 ――悩みを相談した時点で、答えはもう決まっている。


 相談相手に軽く背中を押してもらいたいだけ。ただきっかけが欲しいだけ。

 つまり、後輩は元から告白するつもりでいたのか。

 こんな憂鬱な気分になるのなら相談に乗るんじゃなかったなぁ。


「では先輩! 告白する場合はどうすればいいのでしょう!?」

「そんなことまで俺に尋ねるのか? 知り合いとやらに『自分で考えやがれ!』と言ってやれ」

「自分で考えやがれ! 一応言ってみました」


 何故俺の眼を見て言う? 鏡に映る自分に向かって言えよ。


「とまあ、効果がないので先輩に相談です。告白するセリフは何がいいですか?」

「『好きです』の四文字でいいんじゃね? 絶対告白するときは緊張するだろうし、後は頭を下げて片手を差し出したら相手にも伝わるだろ」

「確かに伝わりますけど、せめて『付き合ってください』まで言った方が良いと思います」

「そこはご勝手に。あとは場所じゃないか?」

「そうですね。どこがいいですかね? お互い恥ずかしいので、二人っきりの場所がいいかもしれません。となると……家?」

「おいおい。家に誘うとか告白以上に緊張すると思うんだが!」

「それもそっか……なら、カラオケ?」


 カラオケねぇ。あんな音楽がうるさいところで告白……俺は嫌だな。まだ家のほうがマシだ。

 後輩もカラオケで告白するシーンを想像したらしい。ちょっと嫌そうな顔をしている。後輩の好みには合わなかったようだ。


「あとは……教室とか? 今みたいな状況ならぴったりだと思いません?」

「まあ、無難だな」


 二人っきりの放課後の教室。告白の定番中の定番だ。


「話をまとめると、二人きりの教室で『好きです。付き合ってください』と頭を下げて片手を差し出すってことでいいですか?」

「そうだな。知り合いにそう言っておけ」

「わっかりました! 伝えておきますね!」


 ニコニコ笑顔で敬礼する美少女の後輩。彼女の笑顔が今の俺には辛い。

 今、猛烈に勉強したい。頭を勉強でいっぱいにして、目の前の後輩のことを忘れたい。考えたくない……。


「休憩は終わりだ。勉強するぞ」

「はーい。あ、先輩! 勉強の前に言いたいことがあるんですけど、いいですか?」

「なんだ?」


 傷つくとわかっていながらも、俺は後輩の顔を見つめた。

 彼女は悪戯っぽい光を瞳に宿らせてニヤニヤ笑っていた。


「二人きりの教室で『好きです。付き合ってください』と頭を下げて片手を差し出すと、超ウェルカム状態の可愛い可愛い年下の後輩は必ずOKしてくれて、堂々とイチャイチャできるし、えっちぃことも多少マニアックなプレイにも応じてくれるそうですよ!」

「へ?」

「私はちゃんとにお伝えしました。後は先輩次第です」


 チョコンと可愛らしくウィンクして、『どうします?』と揶揄い気味に期待の眼差しで問いかけてくる可愛い可愛い年下の後輩。

 二人きりの静かな教室。雰囲気は上々。

 どうやら彼女の言う『知り合い』というのは、後輩自身ではなくて『俺』のことだったらしい。









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というわけで、作者のお気に入りのヘタレ先輩と小悪魔後輩の短編でした。

一話完結にしようかとも思いましたが、三つのルートを思いついたので、複数話に分けることにします。


第二話目 <トゥルーエンド>

https://kakuyomu.jp/works/16816700427273777194/episodes/16816700427286589421


第三話目 <ノーマルエンド>

https://kakuyomu.jp/works/16816700427273777194/episodes/16816700427286614467


第四話目 <ヘタレエンド>

https://kakuyomu.jp/works/16816700427273777194/episodes/16816700427286761987



お好きなルートをお読みください。


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