第2話 新米の新妹はエロゲを手にしちゃいけない
「う……わー、これが男の人のお部屋なんですね」
「いや、誤魔化せてないからな」
俺の部屋を見た第一の感想が、「うわー、なんて汚い部屋」っていうものなのはよくわかった。
苦笑いする女の子の顔に思いきり書いてあるのだから。
まあ、汚い部屋だという自覚はあるし、小さな女の子になんて思われようがどうでもいいことなのだけど。
「汚部屋で悪かったな」
「いえ、とんでもないです。妹になるための試練だと思えばこれくらいなんとも」
「……そうか」
なんだよ、妹になるための試練って。俺の部屋が精神と時の部屋とでも?
というか、暗にディスられてる気がするのは本当に気のせいか?
六畳しかない部屋の中心に置かれたテーブルの周りに散らかった衣服を、ベッドの方へと投げやると、代わりに俺はクッションを一つ置いてやり、
「とりあえずそこ座れよ」
そう言って促し、俺はといえば部屋の片隅にある、デスクトップパソコンの前のリクライニングチェアにぼすっと腰かける。
イルカのヘアピンをした女の子がクッションに座るのを見届けると、
「で?」
「で? とは?」
「このわけわからん状況を、アホな俺に分かるように教えて欲しいんだけど」
そう聞いても女の子は首を傾げるだけなので、
「じゃあ、まず君……えーと」
なんて名前だったっけ。確かあのデタラメな免許証には、『海凪』と書かれていた気がするけど、読み方がいまいちピンとこない。うみな? それとも、かいな?
どっちも違う気がする。
俺がそうして言い淀んでいると、察したかのように女の子は、
「
「そう読むのか。んと、じゃあ海凪は何しにうちに?」
外国人に来日した理由を聞いて回る、某番組のタイトルみたいな聞き方をしてしまったのは気にしないで欲しい。
すると、自分で呼び捨てにしてほしいと頼んでおいて海凪は、乳白色の頬をぽっと染めて照れている。
今後呼ぶときに恥ずかしくなって口ごもらないように、あえて澄まして呼び捨てにしたのだからそんな反応をしないでもらいたい。
こっちにまで照れは伝染するのだから。
「何しにって、もー。妹になりにきましたって何度も言ったじゃないですか」
「ごめん、聞き方が悪かった。えーと、じゃあ、どういう経緯でうちの家族になったんだ?」
「んー、美和さんに大河さんの妹になりたいと言ったら、おっけーしてもらって、ですかね」
いや、あり得ないだろ。なんでそんな軽いノリで、しかも主要人物抜きで話が決まってるんだよ。
確かに母さんは頭のねじの数本は外れてるような人だけど、間違いを起こさないようにと月一でエロ漫画を送ってくるような人だけど、にしても今回の話は突飛すぎる。
「でもまさか、大河さんと一緒のおうちに住めるとは思いませんでした」
「本当にな。俺もまさか知らない間に妹ができてるとは思いもしなかったわ」
まったく、話の一つでも通しておいて欲しいものだ。
遠く離れた実家で今頃くしゃみでもしてるであろう母さんに俺が呆れていると、海凪は少しはにかんで、
「本当にまさかですけど、でも良かったです。だって、一緒のおうちに住んだことも、お話したこともなければ、本当の意味での妹になれたことにはなりませんから。だからあたし、嬉しいんです。こうして大河さんの顔を見てるだけでも」
「……そうかよ」
やめてくれよ、そんなにも嬉しそうな顔をするのは。
なんだって、俺なんかに。俺なんかにそんなにも愛らしくて、守りたくなる笑顔を向けるんだ。
っていうかなんなんだよ、本当の意味での妹って。
俺はまだ完全に妹だと認めたわけじゃ……。
でもまあ、とりあえずはいいか。
嬉しさを噛みしめてる女の子に、水を差すようなことを言うのは、きっと神様が許してくれないだろうから。
なんてリクライニングチェアの背もたれに寄りかかりながら思いにふけってると、海凪の様子が変だった。
なんだかうずうずしてたまらないご様子で。
「どうかしたか?」
と俺が尋ねると、
「あのー、早速ですけど、『妹力』発揮してもいいですか?」
「……は?」
『妹力』ってなんですか? 全国の妹さんに備わっている、秘密の力かなにかですか? 岩とか粉々にしちゃう力があったりするんですか?
だとしたら、その『妹力』なるものを使うのは是非ともやめていただきたい。
まだ高校生なんです。俺にはこんなボロい賃貸とはいえ、弁償する金なんか持ち合わせていないんです。
と、全力で拒否しようと思った矢先、ベッドの上に散乱した衣服や、廊下に投げっぱなしのウーバーの容器をまとめたゴミ袋へと視線をチラチラさせる海凪。
「なんか面白いものでもあるか?」
「いえ、そうではなく」
「じゃあなんだ?」
「お掃除、させて欲しいんです」
なるほど理解した。
せっかくだから『妹力』とやらを見せてもらおうと、掃除してもらうことにしたのだが、はてさて実力はどんなものなのだろうか。ちなみに俺の掃除能力は、ご察しの通り皆無だ。
海凪はショルダーバックから、コンパクトに畳まれていた水色のエプロンと三角巾を取り出して、身に着ける。
いつしかの家庭科の授業で縫ったのか、エプロンの胸元にはこれまたイルカのワッペンが。
きっとイルカが好きなのだろう。年相応で似合っていて、いいと思う。ワッペンもヘアピンも。
準備が整ったのか、ふんすと鼻を鳴らす海凪は、
「大河さん、掃除中は邪魔ですのでお手洗いで待っていてください」
「邪魔っておまえ、ここ誰んちだと……っておい!」
最後まで言う前に海凪は、俺の腕の袖を掴んでずいずいと引っ張ってくる。
「終わったら言いに来ますから、では」
俺はされるがままにトイレに放り込まれ、バタンと扉を閉められた。
六畳の居間に戻ったらしい海凪が、「やるぞー、おー!」と意気込んでいるのが聞こえる。
だけど、あれ? なんか扱い酷くないか?
まあでも、掃除を頼んでる身分なのだから甘んじて受け入れるべきかと俺は、ズボンは脱がずに便座に腰かけて待つことにした。
幸い、ズボンにスマホをいれっぱだったので、漫画アプリでも開いて今日の更新分を追ってりゃ時間つぶしにはなるだろうと、チャージされたチケットを消費して今ハマってるサッカー漫画から読み始める。
追っている作品を一通り読み終えようかというとき、突然画面が暗転した。
着信だ。
しかし、こういう画面を注視しているときの着信に、ちょっとびっくりするのは俺だけだろうか。多分そんなことはないと思うのだけど。
俺のスマホを鳴らしたのは母さんで、ラインでの電話だったために画面映ったのは、よっぽど気に入ったらしい件の二股ストローの写真アイコンと『♡美和♡』の文字。
母さんとの電話は長時間になる確率が九割近く、億劫だからと受話器を下ろしたマークの赤いボタンを押したくなるのだが、今回ばかりは海凪の件だと想像つくので拒否するわけにもいかずに、「もしもし、俺だけど」と応答する。
すると、スマホの向こうから五十代とは思えないほど快活な声が、
『あ、大河ー!? 元気してるうー!?』
「ああ、今日も元気に踊らされてるぞ。なんてったって、特大の爆弾をぶちこんでもらったからな」
『えー! なにそれー! よくわかんないけど面白いね!』
「母さんが送ってきたんだろ!? 妹とかいう爆弾を!」
『あーそういうことか! もう、難しい例えしないでよお』
いや、別に難しい例えをした覚えはないのだけど。それとも何か? 母さんにとって一人っ子の息子に突然妹を寄越すというのは、宅急便を送ったくらいの感覚だとでもいうのか?
──……。
そんなわけないだろと、自分に突っこみたくなるのと同時に、母さんだからと言われれば、それはそれで納得してしまいそうで眩暈がする。
「んで、用は海凪のことでいいんだろ?」
『そうそう……って! もう呼び捨てにするまで仲良くなっちゃったの!? 仲良くなるのはいいことだけど、一線を越えたりはしないでね? 法律上は一応問題ないけど!』
法律上は問題ないということは、海凪は養子かなにかなのだろうか。ちなみに一線を越えようなんて性欲は一ミリたりとも起きていない。なにせ、俺の好みは年上のお姉さんなのだから。
まあそれは一旦置いて、海凪との法律上の関係もとりあえず今はいいかと、
「海凪が呼び捨てでいいって言うから、その通りにしただけだ。それ以上でも以下でもない」
『ふーん。まあいいけど! それで、海凪ちゃんと変わってもらえる? 私としたことが海凪ちゃんと連絡先交換するの忘れちゃってさー、てへ』
いい年こいて、「てへ」とか使うな気持ち悪い。
「ちょっと待ってくれ」
俺はそう言うと、そのまま通話が繋がった状態のスマホを持ちながらトイレを出て、居間の様子を見に行く。
そろそろ掃除も終わっただろうと思い、居間と廊下を遮る扉を開くのだが──、
「おい、何してる」
「んー」
油断してたのか、「ほえ?」と抜けた声で俺の方へと振り返る海凪。
海凪が手にしているのは、そんな柔らかそうな小さな手では絶対に持ってはいけない代物で。二次元の女の子の、あられもない姿が描かれている箱で。
──すなわちエロゲで。
「それ、なんだ」
「これですか?」
一度俺の方へと向けた視線を、元に戻すと海凪は、
「『気になるあの子のパンツに大変身! パンツになった俺はイケないところをク○ュ……」
「ダメだろうがああああああああ!」
いやいやいや。マズいだろそれは。
まさかタイトルを読むとは思わなくて、呆気にとられて、言わせちゃいけないところまで続けさせてしまったけど、どう考えてもマズい。
「えー? 大河さんがそれはなんだって聞いてきたんじゃないですか」
「ちげーよ。俺は何でそんなものを手にしてるんだって聞いたんだ!」
「掃除してたから?」
「さいですか……」
俺も少し考えれば、海凪のような小さな女の子に部屋を掃除してもらう前に、見られたらマズいものはあらかじめ隠しておくべきだったと反省はするが、なんだってそんな頭が狂ったようなタイトルのエロゲなんだよ。
何でよりによって、『気になるあの子のパンツに大変身! パンツになった俺はイケないところをク○ュ○チュしまくるぜ!』を手にしてしまったんだよ。
他にもあっただろうに、サノ○ウィッチとかはつゆき○くらとかまだ健全なのが。
「こっちは『生徒会に入った俺、実は美人……」
「だー! 『生徒会に入った俺、実は美人な生徒会長と○りまくり生活を送ってます』のことはいいから! その手にもってるものを全部返せ! ほら!」
パッケージを見るのすら恥ずかしいエロゲたちを取り返すと、海凪は、
「えー」
なんで残念そうなんだよ……。
普通、海凪くらいの年の女の子だったら、こういう過激なものを見たとき、恥ずかしがって「きゃー!」と叫びそうなものだと思っていたのだけど。
最近の子はませてるというのは本当だったのか?
おもちゃを取られたかのような表情の海凪を横目にしていると、手にしていたことすら忘れていたスマホから、叫び声が。
『ちょっとー! 大河ー!? 本当に一線超えたりしてないでしょうねー!? 可愛いからってコスプレさせたりしてないでしょうねー!?』
「してねーよ! ちょっと黙っててくれ! 今から部屋のイケないもの処分作戦を始めなきゃいけねえんだから!」
とりあえず今からでも海凪の教育に悪そうなものは排除せねばと、俺は部屋から間引くようにエロゲとかエロ本を集めていく。
すると何やら壁を隔てた向こう側から──、
「あー! キモチィィィィィイ!」
──……。
このタイミングで果ててんじゃねえよ、お隣さんよ……。
『ちょっと大河!? なんか卑猥な叫び声が聞こえてきたけどー!? 本当に大丈夫なの!?』
「今のはお隣だから! ちょっとは信用して待ってろって!」
『それならいいけど、でも何かあってからじゃ遅いんだからねー!?』
「分かったって!」
引き続きエロ撲滅隊隊長の俺は、玄関にダンボールを取りに行き戻ってくると、
「隊長さん、これも片付けるんですよね? 『不倫、しちゃお?』」
「エロ撲滅隊は俺一人だ! お前のために片付けてんのに何してんだよ!?」
「いや、お手伝いしようかと」
「しなくていいから廊下にでも出て待っててくれ! 頼むから!」
「むー」
口を尖らせるんじゃねえよ……。
『大河!? 私やっぱり心配になってきたんだけど!』
「うるせーよ! 今のは母さんが送ってきたエロ漫画だ!」
『あら、なら大丈夫かしらね』
いや、何も大丈夫じゃねえよ。エロゲと等しくダンボール行きだよ。
ていうか、いつか言ってやろうかと思ってるのだけど、母さんが送ってくるエロ漫画は何でいつも不倫してんだよ。
息子としては母さんが不倫してるんじゃないかと疑いをかけてしまいそうで。
親父との仲の良さからすれば、それはないって分かってるんだけど。
恐らく母さんのことだから、リアルでやらないためにフィクションで済ませておけってことなんだろうけど。
それでもやっぱり俺の胸中は、エロ漫画が送られてくるたび複雑だったよ。
そうして俺の部屋から、男の性欲を仰ぐようなものはきれいさっぱり消え去った。
全てはダンボールの中だ。
ただエロいもんを片付けただけだというのに、肩が重くなってどっと疲れたのが分かる。
あー誰でもいいから褒めたたえてくれ。こんな地獄みたいな状況を切り抜けたこの俺を。それだけで少しは安らげるから。
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