9.キャンプ二日目(戦争終結これでおしまい?)-2


 傷の手当てをして髪と服装を整えた二人は、体を小さくしている。ベッドに並んで座った二人の前に立つ龍治の側には、柾輝と玲二が困ったような顔つきで控えていた。

 教師たちと二人の取り巻きたちは口を挟めない状態が続き、壁際に黙って立っている。

 閉めたはずの出入り口の扉が僅かに開き、恐々とした表情で中を窺っている者がいる事に気付いてはいたが、あえて放置しておいた。


「――で、なんで取っ組み合いの喧嘩なんて始めたんだ?」

「眞由梨様が……」

「まぁ! わたくしのせいになさるつもり?! 龍治様の前だからって卑怯ですわッ!」

「事実ではありませんか! 突然部屋に訪ねていらしたと思ったら、あ、あのような事を……!」

「あー、もういい。恵理香、何があった?」

「ふあッ?!」


 また喧嘩を始めた二人ではなく、恵理香に尋ねる。普段の彼女からは想像出来ない素っ頓狂な声を上げた恵理香は、龍治と花蓮の間へおろおろと視線を向けた。


「わ、私ですか?」

「この中でお前が一番客観性に優れてる」


 きっぱり云われた言葉に、恵理香は口をきゅっと一文字にする。頬に僅かな赤みが差している所を見ると、言外に「お前の言葉は信用出来る」と含めた事を察してくれて照れたのだろう。龍治が褒めると、彼女は大体照れる。

 眞由梨の取り巻き達が騒ぎそうになるのを、「恵理香の話に訂正がある場合は挙手しろ」と告げる事で黙らせた。好き勝手に喋らせていては、いつまで経っても話が進まないのだ。


「あの……私達が部屋でのんびりしていましたら、眞由梨様がご友人方と一緒に尋ねていらしたのです。最初はお断りしたのですが……どうしても話したい事があるのだと仰るもので、お招き致しました」

「うん、それで?」


 先を促すと、恵理香の瞳に怒りの炎が揺らいだ。それは当然、龍治への物ではない。


「そうしましたら、突然、「龍治様につきまとうのはやめて欲しい」などと、意味の分からない事を云い出して……!」

「意味がわからない?! 本当の事でしょうっ!」


 怒りで声を震わせ始めた恵理香に対し、眞由梨が立ちあがって抗議する。その頭を押さえ付けて無理矢理座らせると、部屋に微妙な空気が漂った。気にしない事にする。


「で?」

「あ、えっと、それで、花蓮様も「あなたこそ龍治様に付きまとうのはおやめなさい」と抗議して、その後そちらこそやめろと云う類の言葉の応酬が続いていたと思ったら突然、その、お互いに掴み合いだされて……」

「わかった。大体把握した」


 大体どころかばっちりである。やはり自分が原因の喧嘩である事を再確認出来ただけだった。


「つまり喧嘩を売ったのはお前からだな、眞由梨?」

「売ってなどおりません。真実を云っただけですわ」

「本気でそう云ってるなら、俺はいい加減にしろ、と怒鳴りつけないといけないんだが」

「どうしてです?! 私は何も間違った事は云ってませんわ!」


 そう叫んで立ちあがる眞由梨の頭をまた押さえて、お座りをさせる。玲二辺りから笑いを噛み殺すような気配がしたが、今はスルーしておく。玲二も中々のクソ度胸である。

 龍治は「納得できない、どうして」と訴えて来る眞由梨の目を見返しながら、大きく溜め息をついた。


「眞由梨。お前は本気で、自分こそが綾小路龍治の婚約者だと云うんだな?」

「当然ですわ! 今さら何を仰いますの、龍治様。貴方が私を嫁にすると云って下さったのではありませんか!」


 部屋の空気がざわりと動いた。まさかと云う目をする者と、どう云う事だと顔を歪める者と、その通りだと頷く者とで綺麗に三つにわかれる。

 眞由梨はフフンと鼻から息を吐いて得意げな顔だが、龍治の顔は胡乱気だ。それに気付いたのだろう、何事か云おうと口を開いていた花蓮が静かに口を閉じ、座りなおした。よい判断だと龍治は一人で頷いた。


「俺は云った覚えがないんだが……まぁそれは横に置く」

「まぁ龍治様ったら、またそのような事を……」

「で、俺がそれを云ったのはいくつの時だ?」

「三歳の時ですわっ」

(おっとぉ?)


 素っ頓狂な声を心の中だけで上げた自分を褒めてやりたい。だが、龍治の正直な気持ちを表わしていた。

 周りの空気も「えぇー……?」みたいなものになっている。特に花蓮はヒクヒクと顔を引き攣らせていた。「ふざけないで!」とでも怒鳴りそうな雰囲気だ。気持ちはわかるが落ち着いて欲しい。

 眞由梨の取り巻き達は事前に聞いていたのか、一人口元を微妙に痙攣けいれんさせている奴がいるけれど、他の三人は平然としていた。むしろ眞由梨と同じく「どうだ」と云わんばかりの表情だ。


(三歳かぁ……。俺ってませガキだったんだなぁ、本当に)


 思わず龍治は遠い目をする。三歳の時にプロポーズ。ありがちと云うなら確かにありがちだが、マセガキ呼ばわりは免れまい。自分の記憶にさっぱり無いのが救いである。

 それに。


(そもそも、眞由梨の思い込みの可能性もある訳で)


 こればっかりは、本当なのか嘘――思い込みなのか、本当に判断が付かないのだ。

 龍治は覚えてない。眞由梨は覚えている。他の人間はどうか?――調査中である。判断材料がほぼない状態だ。

 こう云う状態の時はどうするか。決まっている。――自分にとって都合のいい方に持っていくだけだ。


「三歳の時、お花畑で龍治様が仰って下さったんですの。私を嫁にして下さるって!」

「そうか。俺は全然覚えてないけど」

「またそのような事を……」

「……俺が云ったって云う証人はいるのか? もちろん、お前以外で」

「え、いませんわ。だって二人きりでしたでしょう?」

(――ん?)


 三歳の時。

 花畑。

 二人きり――?


「――それ、不可能じゃありませんか?」

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