9.キャンプ二日目(戦争終結これでおしまい?)-1


 柾輝と共に階段を下りれば、問題の場所はすぐにわかった。人だかりが出来ている。花蓮たちの部屋なのか眞由梨たちの部屋なのかは知らないが――外泊先で女性の部屋を訪ねる様な不躾な真似はしていないからだ――、どちらかの部屋なのは間違いないだろう。

 龍治達が駆け寄ると、青ざめて成り行きを見守っていたらしい女子の一人が気付いた。目を見開いてから頭を下げ、他の女子たちへ道を空けるように声を掛ける。


「龍治様っ」

「待たせて悪かった。野次馬ここは頼むぞ」

「はいっ」


 お願いします云う言葉と共に示された室内からは、聞き覚えの在りすぎる金切り声とドタンバタンと云う荒い音が聞こえて来ている。本当に確認するまでもなかった。

 普通ならこの場でUターンかまして逃げたくなる場面だ。明らかに中にいる少女たちは、龍治のせいで喧嘩をしているのだから。

 しかし当然、龍治に逃げると云う選択肢はなく、選ぶ気もない。自分のせいで他者の間にいさかいが起きるくらいなら、自分がぶん殴られた方がマシだ。喧嘩に割って入る事も辞さない。

 これも龍治の性格ではなく、ゼンさんの記憶の影響な気がした。そもそも今の自分を形成するものは、すべからく彼女の影響を受けていると思うが。


「龍治様、僕が先に」

「お前は後だ。俺より前に出るなよ」

「ですがっ」

「命令だ」

「……っ」


 柾輝は明らかに「不服です」と云う目をしながら、不承不承頷いた。龍治の命令に不服を示すのは仕方ない事だろう。世話役はただ日常生活のお世話を焼くだけでなく、危険から遠ざける・守るも業務のうちだ。それを放棄しろと云っているのだから、機嫌が悪くもなる。

 だが、柾輝に割って入られては困るのだ。


(俺の問題なのに、部下に泥被らせる訳にはいかないだろ……)


 玲二が剣ヶ峰と共に追いついて来たのを目の端に捉えながら、龍治は柾輝を従えて部屋へ入った。

 部屋の中には当事者二人の他に、青褪め冷や汗をかいて震えている各取り巻きと、どう手を出せばいいのか分からず右往左往している教師が三名居た。

 龍治が入るなり「救世主降臨」とばかりに顔を輝かせてこちらを見て来る。

 やめてくれ、プレッシャーかけるのはやめてくれと、龍治は真剣に思う。期待と重圧はイコールで結ばれているのだ。


(登場しただけで全て解決なんて都合のいい存在、物語の中だけだって……)


 さて、件の二人はと云うと。

 お互いの胸倉をつかみ合い、髪を引っ張りあいながら、互いを罵りあっている。罵っていても口汚くならないのは育ち故だろう。

「貴方では龍治様に相応しくない」「私の方が優秀ですから」「髪の手入れがなっていない」「もっとお痩せになったらいかが?」――などなど、まぁそう云う罵り合いである。確かに口汚くはない。大変お嬢様らしい口調で云い合っている。しかし内容に対して胸が真剣に痛いから止めて欲しい。

 ちなみに二人とも寝巻姿だ。裾が花弁のように舞う、可愛らしいネグリジェ。レースもたっぷり使われていて、まるでお伽噺のお姫様のようである。

 それを身にまとった令嬢二人が、胸倉掴み合いの罵り合いだ。現実が酷い。


(……好きな女の子のネグリジェ姿見て、こんな哀しい気持ちになる事ってある?)


 そうそうないねぇ、とゼンさんが普段より優しい突っ込みをくれたような気がするが、それは置いておいて。

 龍治は両手を胸元まで上げる。バスでやったのと同じだ。部屋に響き渡るように意識して、手を打つ。

 パンッ――と云う、お決まりの乾いた音が騒がしい空気を引き裂いた。

 前と同じくピタッと動きを止めた二人は、恐る恐ると云った様子で龍治の方へと目を向ける。

 二人とも、片側の頬に赤い引っかき傷がついていた。きちんと消毒しないと後が残るかも知れないと思い、龍治の眉間にしわが寄る。

 途端、ザッと音が立つ勢いで、花蓮と眞由梨の顔から血の気が引いたのだった。


「りゅ、りゅ、りゅ、りゅう……っ」

「りゅう、じ、さま……っ」


 喘ぐように、二人が龍治の名前を呼ぶ。龍治は無言で二人に歩み寄ると、その細い首根っこを掴んで引き離した。まさにじゃれ合う仔猫を引き剥がすが如く、べりっと。

 ぽかんと龍治を見つめる少女二人に、彼は思い切り溜め息をついた。


「何をやってるんだ、お前らは」


 原因が自分である事は分かり切っているけれど――喧嘩騒ぎを起こした二人へぬるい顔など出来るはずもなく。

 龍治はわざと忌々しさを含めた顔付きをして、顔色の悪い二人を見つめ返すのだった。

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