7.キャンプ一日目(医務室で恐怖体験)-2


「ふー……、なんか気持ちよく疲れたーって感じがするね!」

「そうですね。今晩はよく眠れそうです」

「うんうんっ。あ、ねぇ龍治君、これからどうする? ご飯までまだ時間あるしさー」

「んー、そうだな……」


 時間があるとは云っても三十分ほど。わざわざシアタールームや図書室へ行っても中途半端な時間になってしまう。


(じゃぁ休憩所のソファでお茶でも飲みながらのんびり話すのが善いかな)


 そう結論を出して提案すると、柾輝も玲二も異議なく頷いた。

 同じくシャワーを浴びていた女子陣もやって来たので、適当な場所へ座るかと視線を巡らせた時である。


「龍治様!」


 自分の名を後方から呼ばれ、ん? と首を傾げながら振り返る。

 そこには眞由梨まゆりの取り巻きである女子が四人いた。――取り巻きだけである。当の眞由梨がいなかった。

 それでも柾輝と花蓮たちの眼差しがキツくなるのを気配で感じ取る。


「どうした、何か用か?」


 今にも噛みつきそうな柾輝を手で制しながら、尋ねてみた。彼女らは顔を見合わせると、パッと龍治に近寄って来た。近い。本当に近い。パーソナルスペースを侵食しすぎである。

 思わず身を引かせると、斜め後ろに居た柾輝にぶつかってしまった。彼へ謝る前に取り巻き達が「あのっ」と声を上げる。


「眞由梨様が、体調を崩されてしまって……!」

「眞由梨が?」

「はいっ」


 取り巻きの中でも眞由梨と特に近しい関係の少女が答えながら、チラリと視線を花蓮へと流す。その目には「お前のせいで」と云う責める色があった。

 それが分かっているだろうに、それでも花蓮はツンと澄ました顔を少しも崩さない。見上げた胆力である。


「ご家族の元を離れ、こんな山奥に来て体調を崩されて、大変お心細そうなのです」

「そりゃまぁ、そうだな」


 さて、本当マジか仮病か。この段階では龍治にだってわかりはしない。ひとまずは本当であると云う前提で受け答えする事にした。

 確かに、温室育ちの百合の花が温かい場所から離れた山奥で体調を崩せば、心細くもなるだろう。それに対して龍治にも否はない。


「お願い致します、龍治様。医務室までお見舞いに来て下さいませんか?」

「あぁ、それなら――」


 龍治の反応に脈あり、と判断したのか、彼女が健気な態度で主への見舞いを願い出る。

 それに対して龍治は無碍むげにする必要も感じず、不調が事実なら確認して幸子ゆきこ伯母へ連絡しなくてはと思ったので了承しようとした、が。


「その必要はございませんわ! どうせ仮病に決まってますっ!」

「担当の教員がついているのですから、わざわざ見舞いに行く必要はないと思います」


 即座に花蓮と柾輝が拒絶を示した。それに恵理香も「その通りですわ」とあおりを入れる。取り巻きたちがムッと顔をしかめた。

「あちゃー」と呟く玲二の声と「ああぁ……」とうめ莉々依りりいの声が聞こえた。


「わたくしたちは龍治様へお願いしているのです! 貴方がたは黙ってなさい!」

「龍治様のお優しい心に付け込む貴方たちこそ黙りなさいな!」

「龍治様のお世話役として黙っていられませんね」

「だいたい貴方たちはいつもいつも眞由梨様の邪魔ばかりっ! いい加減にして欲しいものだわ!」

「お黙りなさい! それはこちらの台詞ですわ!」

「眞由梨様こそ弁えるべきでしょう。従姉妹と云うだけで龍治様に対して図々しいんです!」

「なんですって――っ?!」


「――お前ら、俺を挟んで喧嘩するなッッ!」


 あっと云う間もなくヒートアップのオーバーヒートし始めた柾輝達を、思わず龍治は怒鳴りつけていた。怒鳴ると云うか、叫んでいた。

 いや本当に、龍治を前後に挟んで喧嘩はやめて欲しい。前から後から喧嘩腰の声をぶつけられるのは精神的に宜しくない。例えそれが、自分宛ての悪意でなくてもだ。

 はっとして口を塞ぐ令嬢たちと硬直する柾輝を順に見回して、大きく息を吐く。


「眞由梨の見舞いには行く」


 取り巻きたちの顔がぱぁっと輝き、柾輝と花蓮たちはショックを受けたような顔になる。

 柾輝たちに落ち着けと云いたい。いくら苦手としている相手でも、具合の悪い親戚を見舞わないのは常識的におかしいだろう、と。

 まだ小学生なので、嫌いな相手は徹底的に避けてよし、と思っているのかも知れないが。


「ただし俺一人で行くから、共はいらん」


 続けて云うと、取り巻き達が慌て出した。「そんな」とか「お一人では」とか言葉にはなっていないが、とにかく自分たちを率いて行けと云う類の雰囲気を押し出して来る。

 だが、御免こうむる。

“龍治が眞由梨の取り巻きたちと共に見舞いへ行った”と云う事実を最大限に誇張して吹聴する気配が満点だからだ。せめて“龍治の側へ侍る事は許していない”と示しておかないと、後々面倒だ。

 柾輝も花蓮も不安げに名前を呼んで来るが、手を上げて全員黙らせた。


「見舞い程度で大人数率いて行けるか。眞由梨の具合が悪いなら尚更だ。お前らは適当に待ってろ、様子を見たら戻って来るから。――花蓮、副班長として任せたぞ」

「は、はい。龍治様……」

「俺がいない間、喧嘩するなよ。じゃ、いってくる」


 一応玲二と恵理香、莉々依にも目配せをしてから、龍治は医務室へ向かって歩き出した。


(……まぁこれが、眞由梨たちの部屋だったら柾輝は連れて行ったけど)


 そんな事を思いながら、頭を掻く。

 背中に焼けつくような柾輝の視線を感じながら、溜め息をついて。


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