7.キャンプ一日目(医務室で恐怖体験)-1


 山頂付近の宿泊施設に龍治たちが辿りついた頃には、日が傾いた空は橙色に染まっていた。昼食休憩を取りすぎた結果である。

 予定時間より少しオーバーしてしまったので、引率の先生が他の教師から叱られやしないかだけが気になった。何かあったらフォローを入れねばと、小学生らしからぬ気を回してしまう龍治である。

 宿泊施設前の広場に入ってふぅと息を吐いてから、登って来た道を振り返った。


「おお……」


 素直に感嘆の声が出る。

 緑に染まる山々の間に、日が沈んで行く。太陽は大きく、濃い橙色に染まっていた。

 天にある時より大きく見えるのは、目の錯覚だとか見かけの距離説とか色々あるそうで、未だ完全に解明されていないと云う。不思議だな、と龍治は感じる。千年万年、人と付き合いのある天体だと云うのに。

 付き合いが長いだけでは、わからない事もあるらしい。


「きれいですわ……」


 龍治の隣で花蓮がうっとり、と云うよりは、しみじみとした声で云った。

 しみじみ。少女が出す声の表現として適切ではない気がした。けれど龍治は、しみじみとした声だなと思わずにはいられない。そして納得もする。


(自分達で登って、見れた夕陽だもんなぁ……)


 ロープウェイで来ようが、自力で登ろうが、同じ景色を見る事は出来る。けれど、感じるものは違うだろう。同じ結果だって過程が違えば抱くものも変わるのは、当たり前の話だ。

 月並みな云い方だが、頑張って得たものは、頑張らずに得たものよりきっと大きな価値がある。きらきらと輝く、何かがそこにあるのだ。

 だから、花蓮の声はしみじみと聞こえたのだろう。「頑張って登って、この綺麗な夕陽を見れたのだ」と云う――自信や満足、充足感と云う感情の色があったのだ。

 それは皆も同じらしい。柾輝も玲二も恵理香も莉々依も、先生すらも感じ入った様子で夕陽を見つめていた。

 その様子を見て龍治は一人、うむ、と頷く。


(みんなと頑張るって、良い事だ)


 沢山の事を頑張って来たゼンさんの記憶が、穏やかに笑ったような気がした。



 *** ***



 やはり引率の先生が他の教師に文句を云われそうになったので、それとなく綾小路を振りかざしながら庇っておいた。

 でかすぎる実家トラの威を借るのは毎回いい気分ではないが、立ってるものは親でも使えと昔の言葉にあるので仕方なしとする。まだ自力では何も出来ないお子様は何でも利用するのだ。

 夕食までまだ時間があったので、龍治たちは割り振られた部屋へ荷物を置いて、シャワーをさっと浴びてきた。

 この外泊はイベント的に云えばキャンプなのだが、正直龍治は、『瑛光学園』にキャンプの意味を辞書で引いて欲しいと思っている。

 キャンプ。

 露営、野営、宿営。野外で一時的な生活をする事、だが。


(して、ない、よな……)


 龍治が思わず遠い目をするのも、仕方ないと云えば仕方ない。

 明け透けに云ってしまえば、良家の子息子女を布で作った小屋で寝かせる訳にいかぬ、と云う大人の事情が多大に絡んでいるのだ。

 山の中の宿泊施設とは云え、平均水準を大幅に上回る設備が整っている。公立・市立の小学生が泊りに来る事は間違ってもないだろう。

 建物そのものの見た目は、割と味気ない。白い角ばってる三階建ての建物、実に施設的な外観だと云えるだろう。しかし中身は外の素っ気なさからは想像出来ないくらい気合が入りまくっていた。

 約百人収容可能な広間、プロ仕様大量調理向けの厨房、男女に別れた大浴場、リラックスルーム、小規模の図書室、シアタールームなどなど。小学生のキャンプに要るのか、と思うものが幾つかあるが、毎年かなり利用者が存在するとの事だ。自然に囲まれた場所で暇なのだろう。その自然を満喫すると云う発想はない。

 二階は毎年女子が使う部屋。内装は知らないが、三階の男子部屋とは壁紙やシーツの色が違うくらいで、設置されている家具類に違いはないらしい。

 宿泊する部屋には、ベッド、クローゼット、ソファテーブルセット、テレビ、冷蔵庫、洗面所とシャワールームがある。三人部屋とは思えないほど広い。ホテルのような設備である。名目がキャンプの時に泊る部屋じゃない。それは断言出来た。

 しかし、最低限この程度揃っていないと、保護者から苦情が出るらしい。


(家を背負う重圧をかけつつ、こう云う所では甘やかすのが上流階級流の子育て法なのだろうか……)


 効果があるか結果が出ているのか、それは今の育てられている段階の龍治には判別出来ないが。「甘やかしを発動する場面が違うのではないかな……」と、一般人知識がある龍治は思うのだった。

 それより頭を撫でてやったり抱きしめてやったりする方が効果的では、と思うが、これは龍治の主観である。世の中には放っておいて欲しい生まれながらのぼっち体質もいるので。

 それに自分も、父に抱き締められるのは少々遠慮したい。厭なのではない。抱擁になれてない父は力の加減が上手く出来ないので、本気で抱き潰す気なのではと思うくらいの圧力を与えて来るので怖いだけだ。

 もう一度云う。厭なのではない、怖いだけだ、と。

 ただ、もしもいつか愛玩動物ペットを飼うような事になっても、父には抱かせたくない。絶対にだ。


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