6.キャンプ一日目(脳みそフルスロットルお弁当タイム)-2
バスの時とは違い男女向かい合っての状態なので、話は自然と男女混合で弾んで行く。花蓮たちは特別男嫌いと云う訳でもないし、龍治達も女子と喋る事に照れ臭さはない。小学生特有の気恥かしさから来る異性への忌避感や強硬な排斥感覚はほとんどないと云っていい。
一般的な家庭とは違い、異性への扱いは極自然に教育されている。細かく説明すると面倒なので簡単に云うと、男性は女性を大切に扱うように、女性は男性を邪険にしないように、と云う具合だ。身も蓋も無い云い方をすれば、男も女もお互いに機嫌を取り合え、である。
男女平等を謳う世の中でどうかと云う意見もあるかも知れないが、こればっかりはただの合理性追求の結果だ。誰も彼も、家の将来を担っている。性差を理由に喧嘩などして余計な不利益を被りたくないのだ。なので「互いに思いやれ」とくる訳だ。
心の底から分かりあうには、喧嘩や敵対も手段の一つだと龍治も思うが。常に悪意にさらされたい訳ではないので、この教育方針は間違ってるとは思わない。普通に友達付き合いをするなら、悪意も害意もない方がよいのだから。
しかし――
(ここまで楽しげだと、水を差せないな……)
どうにかハイキング中に柾輝と花蓮に「お前らこのキャンプで何する気だ」と探りを入れようと思っていた龍治なのだが、この状況で二人の敵である
厭な事を避けてばかりいては先に進めず、人は時に自ら嫌われ役を買って出るくらいの度量がなくてはいけない、とは分かってはいるが。
皆が和やかに食事している所に爆弾を放り込むのは、嫌われ役どころか嫌われ者の行為ではないかな、と思う訳だ。
(……こんな時、ゲームの『綾小路龍治』が羨ましくな……らないな、やっぱり)
うん、と一人で頷く。
『せかきみ』――乙女向けゲーム『世界の全ては君のモノ』に登場する『綾小路龍治』は、場の空気など読まない男だ。「俺が周りに合わせる必要はない。周りが俺に合わせろ」を地で行っている。
遠くから見てる分には愉快かもしれないが、側には絶対いて欲しくないタイプだ。
ゲーム中の『柾輝』と『花蓮』はよく我慢していたものだ――と考えて、そう云えば『柾輝』の方は我慢の限界が来るイベントがあったなと思い出す。
――腐女子垂涎の爆弾イベントが。
(やな事思い出した!)
ゼンさん鮮明に記憶見せて来るな、と考えてぷるぷると頭を左右に振る。それで記憶を振り払えはしないが気を取り直す事は出来た。はふ、と溜め息一つ。なんとか脳はクリアになる。
「……龍治様、どうかなさいましたか?」
「ご気分でも悪いのですか……?」
「えっ」
柾輝と花蓮に声を掛けられ顔を上げると、全員が心配そうに龍治を見ていた。
回転の速い脳が、すぐさま結論を出す。
――黙り込み、一人で頷き、果ては突然頭を振ると云う挙動は明らかに不審である、と。
(うぼぁ)
自分の莫迦っぷりに目眩がした。仕方なく誤魔化す方向へ持って行く。
「いや、なんでもないんだ。ちょっと思い出し……笑いをな!」
「一切笑って無かったよ」
「むしろお悩み全開のお顔でしたわ綾小路様……」
「アレッ」
ばればれである。花蓮越しの付き合いである恵理香にまでばっちり見透かされていた。恥ずかしい事この上なしである。しかも誤魔化したせいで、余計に周りが心配する空気になってしまった。
これどうしようと思っていると、花蓮が悲壮な顔つきになった。
「龍治様……」
「なんだ?」
「もしや、眞由梨様の事をお考えで……?」
ぴくりと柾輝が反応し、他の面子も緊張した面持ちになる。
花蓮の発言は、当たらずとも遠からずと云う奴だ。なので否定に一秒悩んでしまい、それが肯定と判断されてしまった。墓穴とはこう云う事か。
「えっと……」
沈んだ空気に、龍治はカリカリと頬を掻いてしまう。皮膚が傷付くからよくないのは分かってはいるが、気まずいです、を表現するのには良い動作なのだ。
脳を回転させる。頭の出来は悪くない。物事を考えるのは得意と云うか、好きだった。
これは龍治の生まれ付きもあるだろうが、まず間違いなく、腐った妄想大好きな前世記憶の影響もあるだろう。腐った人たちはあれこれ頭の中で空想を広げるのが好きなのだ。中にはそれを文字や絵で表現するのも好きな人たちが居て、そう云う人たちは同人作家と呼ばれる。
ゼンさんは貴腐人な同人作家だった。考え事なら、お手のものである。
龍治は別に腐った妄想などしない。ただ考えるのは好きだった。己の思考に没頭する作業は、楽しいのだと思っている。
だから考える。今この場で、自分はどう発言するべきか。
「…………まぁ、従姉妹だからな。ハイキングに行くって云ってたのに来ないから、心配くらいはするさ」
花蓮達が顔を見合わせる。どこかバツが悪そうに。
「花蓮と眞由梨が俺の見てない所でやりあったんだろうな、ってのも分かるし」
「ですが、それは……!」
莉々依が花蓮を庇うように声をあげたが、当の花蓮がそれを制した。吊り目がちな黒目に不安を過ぎらせながら、花蓮はじっと龍治を見ている。
「……悪いとは思ってる。あいつは、気が強いし、花蓮と柾輝に対して当たりがキツい。二人ともよく我慢してくれてる」
「え……」
「俺に気を使ってくれてるんだろ? ……ごめんな」
――そうなのだ。結局龍治が抱える悩みとは、“コレ”に集約される。
眞由梨に手を焼くのも、風祭を庇いたいのも、自分の意思だ。
眞由梨には困っているが、親戚としての情があるから切り捨てられない。自身の一存で家一つを潰されるのは、罪悪感が酷くて怖いから厭だ。だから必死に宥めて、周りを取り成して、どうにかこうにか取り繕っている。
それは間違いなく、龍治個人の我が侭なのだ。
その我が侭に、花蓮と柾輝を付き合わせてしまっているのが、心苦しいのである。
(二人とも、俺に対して底なしに優しいからな……)
眞由梨は龍治の従姉妹であるからと威丈高に構えているが、総合的な家格で云えば風祭より東堂院の方が上だ。花蓮はその気になれば、眞由梨を潰す事が出来る。しかしそれをしないで精々が厭味の応酬に留めているのは、眞由梨が龍治の血縁だからだ。彼女は、眞由梨に何かあれば龍治が胸を痛めると云う事を重々承知しているのである。
それは柾輝にも云えた。柾輝の立場上、目に余る眞由梨の態度は雇い主である
なのに二人は、我慢してくれている。
今回のキャンプで何かやらかすつもりなのは、予想出来る。しかし、その“何か”はわからない。眞由梨の心を圧し折るのか、それとも全面戦争に持ち込むのか。しかし大人の介入は望まず、自分達で解決する気でいるのは明白だ。本当に我慢ならないなら、力ある大人に云ってしまえば済む話なのだから。
それをしないで、「二人で協力しあってなんとかしようぜ」状態になっているのは、龍治からしてみればいじましくもあった。
それと同時に、凄まじく申し訳ないし、恐ろしいのだが。
下手をしなくとも、女子を二分する抗争に発展する可能性があるので。
「眞由梨の事は俺がどうにかするから、もう少し我慢して貰えるか?」
初等科男子の中に、龍治と
しかし女子は、花蓮派と眞由梨派で二大派閥が出来てしまっている。
龍治の婚約者であり、大財閥東堂院家令嬢花蓮を支持する女子と、龍治の従姉妹であり、血筋的には高位である風祭家令嬢眞由梨を支持する女子は、云うまでも無いが――とても仲が悪い。
二人が対立する度に龍治が間に入るので、表面上は軽い云い合いや足の引っ張り合い程度で済んでいる。
しかし、これが悪化したらどうなるか。
女子の対立の恐ろしさは、ゼンさんの記憶からよくよく学んでいる龍治である。いじめどころか流血沙汰に発展しても不思議はないのだと、知っているのだ。
それが怖い。すごく怖い。自分の周りに居る人達が自分のせいで傷付け合うなんて、恐ろしくて仕方ない。
(チキンだと呼びたくば呼べばいい!)
流血沙汰のキャットファイトを見て喜ぶ趣味を、龍治は持ち合わせていないのだ。周りで起こされるくらいなら、自分が買って出た方が百倍はマシと云うもの。己のせいで女の子同士が攻撃し合うなど、許されない。龍治が「チキン野郎!」と罵られてビンタでも喰らわされた方が絶対にいい。
そんな事出来る女子がいない事も、重々承知はしているが。
「頼む」
重ねて云うと、花蓮と柾輝は途惑った顔になった。玲二達は心配そうに三人を交互に見ている。
先生は口が出せないのか、心底困ったような顔で龍治を見ていた。
龍治は、こてん、と小首を傾げる。
(まずった。一足飛びに行きすぎたか?)
思索に没頭する龍治の悪い癖の一つだ。
ついつい自分の中でだけで考察して、結果まで出し切ってしまうので、突拍子もない言動へ直結する事がままあった。それが挙動不審へ繋がるとわかっているのだが、中々この癖が治らない。
周りをぽかんとさせてしまったりしてから、はっと気付くのだから始末に負えない。ゼンさん記憶も残念な事に、こう云う時は突っ込みをくれないのだ。わざとなのだろうか。だったら性格が悪い。
龍治が気まずさと戦っていると、それを察してくれたのか、柾輝と花蓮が同時に龍治の手を握ってきた。
驚いてのけぞる龍治に、二人は云った。
「龍治様が気に病む事はございませんわ! 未来のつ、つ、妻として! 当然のことをしているだけです!」
「そうです龍治様! 気になさらないで下さい! 僕達、全然気にしてませんから! むしろもっと頼って下さい!」
「そ、そうか? ありがとな?」
なんとか笑ってみせると、二人も安堵したような吐息をついた。
(……また、気を使わせてしまった……。俺も修業が足りないなぁ……)
そのまま和やかな空気へ戻った事には安心したが、根本的には全く解決していないので、龍治はこっそり溜め息をついた。
約九十年分の前世記憶があったところで、自分は所詮小学生なのだなぁと思い知ったと云うか。
(俺、もっとしっかりしないとな。将来は、綾小路を背負って立つんだから――)
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