6.キャンプ一日目(脳みそフルスロットルお弁当タイム)-1

 七月の頭、夏の始まりで気温は高め――とは云え、山の中だと涼しさを感じる。強い日差しも木々が遮ってくれるので直射日光を浴びず、強い暑さを感じないのだ。過ごし易い気候である。


(絶好のハイキング日和だなぁ。雨にならなくて本当に善かった)


 龍治たちが歩くハイキングコースは、緩やかな勾配の山道だった。

 山道とは云っても、自然景観を壊し過ぎない程度の舗装はされている。足の下に感じるのは、踏み慣らされた土と小石。たまに生えるしぶとい雑草。

 幅は大人三人が並んで歩けるくらいで、道の端には木製の転落防止柵が作られていた。

 道の周りは木々が生い茂っている。定期的に人の手が入っているのだろう、日差しを遮ってはいるが、完全に遮断はしていない。木陰で涼しいとは感じるが、薄暗いとか鬱蒼うっそうと云うような不気味さは感じなかった。


(まぁ、『瑛光学園』が選ぶ場所だもんな。手入れが行き届いた山で当たり前か)


 綾小路龍治あやのこうじりゅうじはその道をせっせと登りながら、周囲に気を配る。この程度の坂道ならば彼にとってはどうと云う事はない。同じ年の他の子供たちより、体力気力には自信があるのだ。

 班長として敢えて集団の後方を歩く。すると皆の事が見えてくる。


(やっぱり花蓮は体力あるんだよな。恵理香もしっかりした足取りだし、まぁ大丈夫。莉々依頑張ってるけど、少しフラついてるな。次の休憩所でちゃんと休ませないと。玲二は心配なし。むしろもっとテンション下げろ。柾輝は――)


 ちらっと横を見れば、前を見ながら龍治と同じ速度で歩く岡崎柾輝おかざきまさきがいた。すぐに龍治の視線に気付き、微笑みながらこちらを見る。


「どうかしましたか、龍治様?」

「いや特に何も」

「そうですか」


 にこりと後光が差しこむような笑みを浮かべる柾輝を見ると、具合を窺うだけ無駄だった気がしたが、龍治は班長である。班員の体調に気を配るのは、班長の大事な役目なのだ。

 例え自分よりたくましく強い子だったとしても、心配しない理由にはならない。いくら穏やかな道とは云え、汗一つかかずに登ってるとか凄くない? 柾輝強すぎない? と思いつつ、口には出さなかった。

 目が潰れるレベルの笑顔が返ってくる気がしたので。


「龍治様」


 先頭を歩いていた副班長の東堂院花蓮とうどういんかれんが立ち止まり、体ごと振り返って龍治に声をかけた。他のメンバーも立ち止まり、同じく龍治を見る。


「なんだ?」

「次の休憩所でお昼にしませんか? 頃合いだと思いますわ」

「ん、そうだな」


 花蓮は僅かに息を弾ませている浅井あさい莉々依りりいへ、こっそり視線を流しながら云った。あからさまに見ないのは当然、莉々依を気遣っての事である。

 腕時計で時刻を確認すると、まだ昼食をとるには早かった。しかし食べておかしい時間ではない。だから龍治はあっさりと頷いて、最後尾を歩いていた引率の教師へ振り向いた。


「と云う事で、次の休憩所でお昼にしていいですか、先生?」

「ああ、そうだね。少しペースも速かったし、ゆっくり休もうか」


 教師も頷いたので、莉々依が安堵したように、けれどどこか申し訳なさそうに微笑んだ。それを見たらしい鬼塚おにづか恵理香えりかが肩を優しく叩いている。気にしないで、と云う事だろう。

 うむ、と一つ頷いて、龍治は禅条寺ぜんじょうじ玲二れいじにも目を向けた。


「玲二もそれでいいか?」

「もちろん! 僕もお腹へってたんだー」


 事後承諾であったため、いいかも何もあったものではない。しかし玲二は本当に気にしていないようで、にぱっと明るく笑って龍治の肩をぱしぱしと軽く叩いた。

 それだけで隣りから不穏な空気が漏れ出たような気がしたけれど――とりあえず、スルーしておく。

 僅かな接触で機嫌急降下な柾輝も柾輝だが。

 玲二のこの気安さは、龍治への親しみ故か、それとも柾輝をワザとからかっているのか。


(前者だと、思っておきたい……)



 *** ***



 到着した休憩所は、漆喰しっくいの壁に黒い瓦屋根の小さな家だった。

 山の中の休憩所と云うより、映画村とかにありそうな感じだと龍治は思う。「景観を壊している」とは断言出来ない、微妙なラインなところが小憎らしい。

 出入り口は大きな観音開きになっており、台風や大雨が来ない限りは開けっぱなしだそうだ。明かり取りの窓のお陰か、電灯がなくとも室内は充分明るかった。

 中には木製の背もたれの無い長椅子が二脚と大きなテーブルが一卓、ゴミ箱が一つ設置してある。

 管理が行き届いているのだろう。山の休憩所にありがちな汚さとは無縁で、きっちりと掃除がしてあった。


(俺たちが来るから普段より気合いを入れて掃除しておいた、とは考えたくないな……)


 それが有り得ない、と云い切れないのが『瑛光学園』の怖い所である。日本トップクラスどころか、世界へ名を響かせる子女が通う学校と云うのは、影響力がでかいのだ。

 椅子が丁度二脚なので、男女で別れて座る。先生はテーブルの陰に隠れていた丸椅子を引っ張りだして座った。

 皆がいそいそと背負っていたリュックを降ろし、中から弁当を取り出す。

 弁当に学校側からの指定は特にない。腐りやすいものや、運ぶのに難儀するようなものはよして欲しい、くらいだ。それゆえ、各自の弁当は個性が出ていた。


(こう云うの見るのって、ちょっと楽しいんだよなぁ)


 花蓮は漆塗りの曲げわっぱ。東堂院家は洋風を好む傾向にあるので、これは花蓮個人の趣味なのだろう。蓋を開くと中は二つに仕切られていて、片方は主食の炊き込みご飯、もう片方は色どりのよいおかずが詰められていた。

 恵理香は花柄のサンドイッチケース、莉々依はパンダ柄のおにぎりボックスと、分かりやすく好みが別れていた。

 女子陣は全員一段弁当なのに対し、男子陣は二段である。

 柾輝は小判型の二段弁当。下は紫蘇が混ぜられたご飯、上はおかず入れになっている。

 龍治はスリムなスクエア型で、黒地に白色で白ツメ草が描かれている。ご飯は紫蘇ではなく刻んだ梅干しが混ぜ込まれものだが、おかずの内容は一緒だ。

 内容がほぼ一緒なのに弁当箱が違うのは、お互いの趣味の違いである。正確に云えば、柾輝のは彼自身の趣味だが、龍治の方は父の趣味だった。何故ここでは母でなく父の趣味が発揮されるのかは、龍治本人にもよくわからない。シェフに聞いても、優しく微笑まれるだけだった。

 そして玲二は紺色の二段重。蓋に紫陽花が描かれており、季節感ある上品なものだ。これは玲二ではなく、彼のご母堂の趣味だろう。ちなみに先生含め、男連中の中で一番大きい弁当箱だった。


「玲二はよく食べるな」

「これでも少ないくらいだよ。本当はもう一段欲しい」

「そ、そうか……」


 人一倍食べるのに、何故そんなに細いのか。それは本人が一番知りたい事だろう。

 ゼンさんの記憶を漁ってみると、痩せの大食いである男性は意外と多いようだ。遺伝子の異常だとかお腹の中に虫だとか、なんだか怖い情報が出てくるのでソレ以上漁らないようにする。

 玲二の場合、体が細い以外は全く持って健康体なので、病気とかではないと思うけれど。単純に体質なのだろうか。

 龍治もどちらかと云うと、痩せの大食い体質な気がしている。しっかり三食おやつまで食べているし、運動だって適量こなしているのに、筋肉がついてる気がしないのだ。柾輝は年齢相応に肉がついているのに。


(別に貧弱じゃないから、いいんだけどな! それに成長期になったらいっきに育つかもしれないし!)


 どこかへ向かって――主にゼンさんの記憶へ向かって――負け惜しみ的な事を思いながら、手を合わせていただきますをする。

 この中に唯一神を信仰する者はいないし、『瑛光学園』は宗教系でもないので、食事の前の祈り的なものはいらない。いただきます。なんと簡潔で分かりやすく、素晴らしい言葉なのかと龍治は思う。感謝も祈りも、この一言に全て集約されているのだから便利だ。日本語って素敵。

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