2.クラス替え悲喜こもごも-2


「おはようございます、龍治様」

「龍治様、ご機嫌麗しゅう」

「龍治様、おはようございます」

「龍治様――」


 四方八方から飛んでくる挨拶を、龍治は視線だけで受け、時には軽く頷くことで返す。

 不遜な態度と思えるが仕方がない。校舎に向かう桜並木のレンガ道を歩いていると、同じく登校して来た他の生徒達が“全員”龍治に挨拶して来るのだ。

 お分かりいただけるだろうか。全員である。下級生も同級生も上級生も、全員「龍治様」と呼んで挨拶して来るのだ。

 入学したての頃はゼンさんの記憶「挨拶は人間関係の基本」に基づき律儀に挨拶を返していたのだが、キリが無い上に咽喉が枯れるので諦めた。全員挨拶してくるって嫌がらせか? と真剣に悩んだ事もある。

 結論から云えばまったく違った。挨拶をする彼ら彼女らに悪意はない。ただ単純に『綾小路』の影響力が絶大だっただけだ。

『綾小路』は日本五指に入る大財閥。通称、五大財閥と呼ばれる財閥の一角だ。ゼンさんの記憶では四大じゃなかったか、と思うのだが、まぁ前世とは色々誤差もあるだろう。記憶にない地名とか企業とか沢山ある。

 その五大財閥の中でも『綾小路』は頭一つ分飛び抜けている。一つの分野で並ぶ相手はいるが――総合力で云えば『綾小路』家の一人勝ちのようなものだ。

 血統の良さも折り紙付きである。華族制度の廃止後、財産を食い潰して没落して行くばかりだった元貴族達。中には『綾小路』と同じく活路を見出し現在にまで続き財を成している家もあった。しかし『綾小路』には及ばない。


(ひいじい様は傑物で、じい様もその商才を引き継いだ。父さんは人間性ポンコツ気味だけど、仕事は出来る人だもんなぁ)


 親子三代が築き上げた財は、直視するのが恐ろしい額になっている。本家の一人息子とは云え、龍治の個人資産だけで億はあるのだ。本家が税金をどれだけ払ってるのか疑問だ。既に庶民精神ゼンさんが悲鳴を上げている気がするので、正確に知りたくないが。

「そりゃ財界どころか政界でもデカい顔が出来るだろうよ」、と遠い目をしてしまう。

 やはり自分の家が怖い。そのとんでもない財と血筋と影響力を引き継ぐのが自分なのだからさらに怖い。

 上級生すらもかしずくよね、仕方ないよね、と云うものだ。先生すら一歩下がる時があるのだ。足どころか頭まで下げて来る。「先生、俺、生徒です……」と力なく云いたくもなるだろう。

 そうして思い至る訳だ。

 ――こんな中で育ったら、『綾小路龍治』はああなるわ、と。


(周りはみんな自分に頭下げて、受け継ぐ財は莫大で、親は甘々とくりゃぁなぁ……)


 莫迦にならない理由が見当たらない。勿論、生来の性格もあるのだろうけれど。

 そう思うと、ゼンさんの記憶には強い感謝の念を抱いてしまう。だが、頻繁に頭の中で「萌え!」だの「キタコレ!」だの「てぇてぇ……!」だの騒ぐのは勘弁して欲しい。あくまでゼンさんが騒いでいるのではなくて、ゼンさんの記憶が騒いでいる訳だけど。

 だから全員が声をかけて来る事には納得しているのだが、挨拶して来る連中がこれみよがしに「龍治様」を強調してくるので龍治は大変気に入らない。何故なら斜め後ろには当たり前だが柾輝が居るのだ。「柾輝にも挨拶しろクソったれ」と心の中で口汚く罵ってしまうのは仕方ない事だろう。

 云った所で、「従者にまで気遣って、龍治様はお優しいですね」とか斜め上な事を云い出すので云わないが。時間の無駄と云う奴だ。

 その代わり、柾輝にもしっかり挨拶をする人間の顔と名前は、いい意味で覚えておく事にしていた。


「龍治君! 柾輝君! おはよう!」


 噂をすればなんとやら。とは云っても、龍治の脳内噂だが。

 柾輝はともかく、龍治を“君付け”で呼ぶ人間は少ない。それにこの明るい声は振り返らなくとも誰だか分かるった。しかし礼儀として龍治と柾輝は立ち止まり、声の人物を待つ。


「おはよう、玲二れいじ

「玲二様、おはようございます」

「うん! 朝から会えてラッキーだねっ」


 軽く息を弾ませながら駆け寄って来たのは、三、四年で同じクラスだった禅条寺玲二ぜんじょうじれいじである。

 艶のある黒髪はおかっぱ頭ボブカット。その髪型を見ると何故か脳裏に囲碁がよぎるのだが、深く考えないようにしていた。多分、ゼンさんが好きなキャラに似ているのだろう。気ニシナイ。

 目はくっきりしたアーモンド型で睫毛も長い。他のパーツも収まるべき所へ正しく収まっている、キュート系の美少年だ。男女の体格差がまだ明確ではない年頃なので、女の子に間違われる事もしばしばだとか。

 確かに振袖など着たら、等身大市松人形の出来上がりだ。絶対可愛いと思うのだが、想像すると何故かジャパニーズホラーが浮かぶ。追いかけられる系の。

 体も龍治や柾輝に比べれば細ッこく、突き飛ばせばころんと転がってしまうだろう。筋肉も脂肪も中々つかないのだと、以前ぶーたれていた。女性が聞いたらギリィと歯軋りするだろう悩みである。

 綾小路家と禅条寺家には特別繋がりはない。お互い気が合うので、あまり家を気にしないで友人をやっていた。中等科へ上がれば、お互いの親が子供をダシに親しくするかも知れないが、先の話なので気にしない事にする。

 ちなみに禅条寺家は武家の血筋らしく、玲二は華奢で上品な容姿でありながら、剣術・弓術・槍術を嗜む武人だ。人は見かけによらないとはこの事である。


「今日からクラス替えだよね。緊張するなぁ~」

「初等科のうちはランダムだからな。誰となるかわからないのは面白い」

「僕と龍治様が一緒じゃなかったら学園長に直訴しますけどね」

「あ、うん、そうだね!」

(玲二はこう云う所サラッと流してくれるから有難い……)

「五年はキャンプがあるし、六年は修学旅行があるし……。なるべく仲の良い子となりたいよね」

「そうだな。玲二も一緒だと嬉しい」

「ほんと? ありがとう!」

「……」

(なんでそこで黙るの柾輝! 普段のコミュ力どうした?!)


 初等科は二回クラス替えがある。三年と五年。これはゼンさんの記憶にある市立の小学校と同じだった。

 ついでに云っておくと、中等科からは成績順になる。成績格差社会の誕生だ。最下位クラスには人権すらないとか囁かれているけど、本当だったら恐ろしい。


(どこの漫画だ。……いや、ゲームだったな)


 自分へ突っ込みを入れ、地味にへこむ龍治だった。

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